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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第八章 わたしのアルディア 選択と祈り
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197死の原


空間扉(エアドア)扉から扉へ(ドアトウドア)


 半透明な扉が現れ、そのノブに手を掛けた。

 緊張でその手が震える。

 その瞬間、アーシアの脳裏に、鉱山に残した友の顔が浮かび上がった。


(そうよ、ソフィーたちにお別れも言っていない。

 決着をつけて、早く戻らなきゃ……)


 アーシアはノブを握った手に力を()め、しっかりと回した。



 扉の向こうは、乾いた岩と荒れた大地が広がっていた。


 アーシアは葡萄色のハイネックのセーターに、紅色の巻きスカートの下には薄手の黒いズボンと、その上にがっしりしたロングブーツを履いた。

 その上にグレーのジャケットと、砂除(すなよ)けにフード付きのマントを羽織った。皆、特化が付いていて、防具と同じようなものだった。

 ニャンずにも何か防具をと思ったが、何かを身に付けたりするのは煩わしいと言われてしまった。


 荒々しい地表には大きな亀裂が入った場所もあった。木々もほとんどなく、ただ只管(ひたすら)に荒れた荒野が広がっていた。

 遠く彼方は、砂煙に(にじ)んで蜃気楼のようにしか見えない。


 その中で左の方角からは、濛々と力強く煙が立っていた。



「……なんか、凄い匂いだね」


 片腕を顔の前に寄せると、くぐもった声でヴィクトルが言った。


「ああ、これは大丈夫ですよ。硫黄の匂いだから。

 ほら、あそこの煙が出ているところ、あれ温泉が出てるんですよ。

 温度も丁度いいんです!」


「うん、そうなんだね。でも、入らないよ」


「も、勿論ですっ」


 温泉の方角には水もあり、(わず)かに草も生えている。なるほど、コッコカリスが縄張りに選んだ理由も分かる。


『あの、うるさい鳥いなそうなんだぞぅ』


「ええ、居る時間と居ない時間があるのかもね」


『あの鳥は、めちゃくちゃうまいんだぞぅ』


「高級食材だからね。へえ、君の唐揚げコッコカリスだったんだね。

 道理で美味しかったわけだ」


『コッコカリス……』

『なら、あたちがんばるわ』

『ヨシも』


(コッコカリスは、美味しいから多少はいてもいいんだけど……今は急ぐからな)


「ちょっと、レーダーを確認するから周囲を見張っててね」


『わかったよ』

『はーい』

『ヨシ!』


 猫たちは元気に先に立って進んだ。


 レーダーの点滅は同じ場所から動かず、消えても居ない。

 場所はこの場所から少し南東、ゲアラド岩塩坑の方角に行ったところにあった。

 砂煙の中を進む。

 風はゆるく地表の岩土を巻き上げ、模様を描いた。

 砂は舞い上がり、空は砂塵の色に染まり、その青さをぼんやりと薄鈍色(うすにびいろ)に滲ませた。


(この風の吹き方だと、わたしの用意したモンスターを誘発する薬剤を中和する薬は、飛んで行ってしまうわ。

 なら、モンスターが来てから対応しないと……念のためヴィクトルに渡しておこう)


「ヴィクトル、ちょっといいかな?」

 アーシアは、一度立ち止まり傍に居るヴィクトルに昨晩調合した薬剤を渡した。


 途中やはり、コッコカリスとの戦闘が数回あったが、攻撃力はあるが目の悪く傍に寄っても気づかないコッコカリスだ。

 この直線攻撃しかできないコッコカリスに、子猫たちが、態と向かって行った感も否めない。


『ここは楽しいな』

『いいところね。温泉もあるし』

『……コッコカリス、おいしいんだなぁ』


 こそこそと子猫たちが、口々に言っていた。

 アーシアとマドカは少しため息交じりに、ヴィクトルは楽しそうにその様子を眺めていた。

 嬉々として子猫たちがコッコカリスを倒し、その都度、アーシアがスキル『解体』を使い、空間収納していった。


 そうしている内に、(おぼろ)げに、砂雲の向こうに風蝕(ふうしょく)に形を崩れさせ、欠けた塔の姿が現れた。


「……あれかもしれない」


 アーシアの手の中の発見機は細かく震え、魔石粉の残像を追うように、画面に点滅を黄色く映していた。

 その黄色い光は弱々しいながらも、しっかりと、探す相手がここに居ると告げているようだ。


『多分そうよ。中には一人だけ……だと思う』


 なごみも水が少ない中、懸命に周囲を探ってくれていた。


『アイツの隠蔽魔法が弱くなっているんだぞぅ。

 やっぱり、敵が弱体してるに違いない!』


 マドカは気を付けて小声で言い、皆は確信を深めた。

 緊張がぴりぴりと掠めるように走る。



 砂雲は薄布(うすぬの)のように周囲から岩塔を隠して居る。

 周囲に薄く漂うその魔力の流れは、雪の民のものとよく似ていた。


(もしそうなら、この砂の向こうへ行ったら、入ったことに気づかれてしまう可能性が高い……)


 アーシアは落ち着いた声を出そうと、静かに低めの声を出して告げた。


「ここを通り抜けたら、多分相手は気が付くから、()ぐに戦闘に入ると思う。

 気を付けてね」


 ヴィクトルは、雪の民との出会いを思い出したのか直ぐに頷いた。


『これは……魔族の張る隠蔽結界の一種みたいだぞぅ』


(そう、雪の民ヴァルド族は大勢で張っていた隠蔽の結界。

 それを一人で張るなんて。

 弱ってはいるけれど……流石(さすが)魔王の臣下、凄い実力者なんだ……)


 そのマドカの言葉にアーシアは頷いた。


『なんだか武者震いがするね』


『あたちがんばるわ』


『……なんだなぁ』


 エンの言葉に子猫たちは互いを見つめ、顔も気合に引き締まった。



 皆で横一列に並び、その砂のヴェールに手を(かざ)した。

 砂雲から薄く魔力の流れが移動していくのを感じた。あたかも幾万もの蛇がグルグルと周囲を巡回するように。

 その蛇のような感触を感じた瞬間、冷や汗が意図(いと)せず滲んだ。


「……大丈夫。行こう」


 自分に言い聞かせるようにアーシアが言うと、皆が一同にぴたりと(そろ)い、深く頷いた。

 互いの息遣いと動悸が重なり、敵の(ふところ)である砂雲に触れる。

 そして、しっかりと一歩を踏み込んだ。


 砂雲を潜るのはほんの(わず)か一瞬、

 その間、ねばつく様な魔力の蛇の感触がひたりと、


 アーシアたちを舐めるように撫でた。

 ぞわりと嫌な感触。――憎悪、悪意、憐憫、そして執着。


 これがアーシアたちが初めて、残像でしかないはずの、魔王という存在を生々しく体感した瞬間だった。


 砂雲の向こうは周囲の景色とはあまり変わらず、低く削れた岩肌があった。

 そしてただ、崩れかけた大きな岩の塔があるだけだった。


 しかしその塔は、とても人工物とは思えぬ姿で、ただの寂れ果てたものなのに怪しい存在感があった。


 ――その傾くように(たたず)む岩塔は、抱えきれぬほどの昏い闇を抱き、その残りの禍々しい(もや)を塔の先から微かに漏らし、ゆらゆらと立ち昇らせて、陽炎(かげろう)のように揺れめかせているようにすら感じた。

 入り口がたった一つ、闇の穴がぽっかりと開いているように真ん中に見えた。


 その暗闇の中から、鮮やかな赤茶色の服の裾をはためかせるように、ゆらりと人影が現れた。

 小さかった影は、徐々にアーシアたちの前に進んで明瞭になっていった。

 アーシアたちも、その人影に向かって静かに歩く。


 ゆらめいた人影は、女性の形を取り、赤茶色のドレスは炎のようにゆらめいた。

 女は長い髪を周囲の砂と同化させたようになびかせ、くすんだ土色の顔を浮かび上がらせた。


 その顔は、セドゥーナ学園で見た、

ワースの偽名イヴァン・イアヴェドウズの私設秘書だった

 ダフネ・トラシオンと同じだった。


 ただ、その時よりも瞳は昏い色を灯し、荒れた険しい表情になっていた。

 ゆらゆらと身体を左右に揺らし、近づくその姿は、吐く息も荒く苦しげで、乱れた服装にも(こだわ)らず、鬼火のように、激情だけを爛々(らんらん)とその(くら)い目に燃やしている。


(これが、ドゥッケ=リリ。本当の彼女の姿……)


 アーシアは息を呑んだ。

 よく見るとドゥッケは、雪の民ヴァルド族の面影が多くみられた。

 生壁(なまかべ)色の髪と血の気を感じない灰白の顔立ち、少し違うとしたら、背格好が他のヴァルドの民より僅かに細いくらい。

 (むし)ろ、容姿はそのものだった。

 しかし他のヴァルド、魔族よりも魔力が強く、どこか不純で歪な波動を出しているように感じた。

 それに、一族特有の翡翠(ひすい)のように凪いだ色をしているはずの瞳が血走り、酷く濁ってみえた――




お読みいただきありがとうございました

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