196シグナル
ピピピ……
小さなシグナルが部屋の隅から響いて来た。
アーシアは、魔石を練り込んだカラーボール用の追跡機を新しく二台作っていた。
以前のモンスター・魔石発見機もあるので、特に広範囲を検索できるようにするためだった。
一つは中型でカルラたちに渡したもの、もう一つはこの大型のものだった。
カルラたちは、持ち運びが比較的楽な中型を選んだのだった。
「あっ、これは……」
『どうした? ご主人』
アーシアはキャビネットの上の画面を見つめた。
「何で急に反応し始めたのか分からないけれど……。
確かに、あの染料はちょっとやそっとで落ちないし、色が落ちても魔石成分が染み込んで残る仕様にしたから……」
『ん? もしかして魔王の配下か?』
「そうだと思う。彼女の本当の名前は、ドゥッケ=リリ。
例の魔族の女……。雪の民ヴァルド族の法術の使い手よ。
元々人を操ったり、隠蔽したりする魔法は得意らしいのよ。
攻撃魔法も、氷。
そこも、カルラさんが言っていた、二十年前の魔王の臣下と総て重なるわ」
『魔族の法術?! そうなんだぞぅ! きっとそいつだ。
そいつは魔王並みに力が、やっぱりあるに違いないんだぞぅ』
「……でも、彼女は……彼女自身の身体を痛めるものを二つも持っているわ」
『どういうことなんだぞ?』
「ええ、前にヴァスキス神聖国で騒動があったでしょ。
その時、何が彼女に盗られたか、マドカは知ってる?」
『……ああ、神官は皆、内緒にしようとしてたけど、おいらたち神獣は知ってるんだぞ。
でも、あんな古くて、使えなくなりかけている“聖杯”なんて、何でもっといいのを持って行かなかったのかなって、神獣同士で皆で言ってたぞぅ』
「……多分、本当に重要なものは、もっと偉い方じゃなければ手に入れられなかったのよ」
『ああ、そういえばそうなんだぞぅ!
重要な宝物庫は教皇じゃないと入れないんだった』
「そうなんだね。
でも、”聖水”は作れるんでしょ?
あと聖杯そのものも神聖力があるんじゃない?」
『うん、作れるぞぅ。量や回数が少ないだけだからなぁ』
「うん。彼女は、きっと聖水も作っていると思うの」
「聖水もエリクサーの材料になるって、知ってる?
それに……魔族にとっての強い神聖力って?」
『そうなのか? ……ああ!
確かに、具合悪くなるのに持って行ったなんて、おかしなやつだなぁ』
「うん、おかしいよね。
……聖水を、”あるもの”と合わせようとしている。
本来なら絶対に混ぜちゃいけないもの――
ほんの少しでも扱いを誤れば、人ひとりくらい軽く消し飛ぶような……」
言いかけて、アーシアは口をつぐんだ。
その名を、マドカの前で口にしたくなかった。
(”あれ”と……『賢者の石』モドキと聖水を合わせたら……)
アーシアは、丁度解放されたばかりの情報を思い出し寒気を覚えた。
『そのあるものってそんなに危険なのか?』マドカは目を見開く。
「ええ、そうなのよ。
そしてイアプト・ワースのラボから、彼女はその危険な道具を持って行ってしまったの」
『なごみが言ってたやつか! 何かを盗んでいったって。
何が目的なんだぞぅ?』
マドカは自分の言葉の途中で気づいたように、尻尾を小さく震わせた。
『え……目的って……まさか?
「魔王の復活……」?!』
「ええ。でもね、その道具は強力な毒性があって、持っているだけで身体を蝕んでいくのよ。
彼女の法術を使って、聖水とそれを組み合わせていたら――もっと、猛毒になるはずよ。
この急なレーダーの反応も……隠蔽魔法を維持できないほど、彼女が弱ってきているのかもしれないわ」
『!! なら、今すぐ、おいらたちが行かないと!』
「――うん。決着をつける時が来たんだ」
アーシアは、アルディアの地図を広げると、画面の点滅がどこであるかを割り出した。
「ああ、ここは! そんな、最初から……」
庭のある方から、長い大きな影と小さな三つの影が、その中から子猫たちが尻尾を立てて興味津々に寄って来た。
『ご主人、どうちたの?』
『なに?』
『……ヨシ、協力するんだなぁ』
『おまえたちも、気合を入れないとダメなんだぞぅ』
「何があるの?」
『いよいよ、決戦なんだぞ!急いで行かないといけないんだぞぅ。
今がチャンスだ。あいつがまた力を付けたりしたら……』
『チャンスなの!』
『早く行かなきゃ』
『……決戦なんだなぁ』
皆で小さく円陣を組んで、頭を突き合わせそう話し合っていた時――
「へえ、決戦なんだぁ?」
「ん?」
『ああっ』
「『うわあああ~』」
ひょっこりと出てきたヴィクトルの姿に、飛び猫も飼い主も揃って肩を跳ね上げた。
『あ、長いひとだ』
『どうちたの? ヒレのない人魚』
『……どうして?』
「君たち~ 僕を置いて、抜け駆けしようとしていただろう?」
ヴィクトルが、拗ねたような口調で、腕を組んだ。
「あわわ…… そういうわけじゃ。
でも、そうかな……いや、そんなことは」
(考えていませんでしたって、言えない……)アーシアはモゴモゴと言い淀んだ。
「はいはい。何でもいいけど、今度こそ連れてってよ。魔王の討伐」
「どっ、どこから聞いていたのよ。
そ、それに、魔王じゃないわ。臣下の方よ! 魔王じゃないって!」
「ふうん。前魔王の配下の方か」
「ああ~っ、もしかしてカマかけた?」
「ふふん、じゃあ、やっぱり俺のこと連れてってよ。
連れてってくれないと、――拗ねるよ」
顎の下を指で擦りながら、何気なしを装って話していたが、ヴィクトルの目は怖ろしいほど真剣な色をしていた。
(そういえば、ヴィクトルが子供の頃一緒に勇者一行に加わろうとしたのは、丁度、同じ時期。
わたしと同じで、因縁があるのね……
それに、そもそもヴィクトルが前勇者一行に子どもなのに加わろうとしていたのって……)
ヴィクトルの生い立ちを聞いた今なら分かる、それは勇者だった彼のお祖母さんへの想い。
アーシアはじっとヴィクトルを見つめた。
(もしかして、初めからお祖母さんのために……勇者たちの力になろうとしていたの……?)
アーシアはその考えがすとんと胸に収まった。
普段は少しひねくれた言い方で分かりにくいが、
ヴィクトルの内面はとても思いやりがある優しい人だ。
『ご主人、悔しいけど、一緒に付いて来てもらおう。
こいつはアルディア人族の中でも、一番位に強いんだぞぅ。
でも、おいらたちには作戦があるから、おまえはアシストなんだぞぅ』
ぼんやりとヴィクトルを見ていたアーシアに、思いあぐねているのかとマドカが声を掛けた。
『そうだね。長い人、よろしくね』
『足、引っ張らないでよ』
『なんだなぁ……』
「だってさ」
「……それじゃ、よろしくお願いします?」
「あはは、なにそれ」
猫たちは翌日に備え、早々寝床へと入って行った。
アーシアは、工房に向かいドゥッケに対抗する薬剤を調合することにした。
『調合・錬金』
(彼女がどのくらい弱っているか分からない……弱っていないのかもしれない。
でも、万全を期さないといけないわ。
彼女の精神魔法による妨害を受けないようにしなくては……)
「まだやってんの? 明日、早いんでしょ」ヴィクトルが工房の入り口から顔を出した。
「……うん。大丈夫だよ」
「場所は、どこだっけ?」
アーシアは、地図を出すとその場所を指し示した。
「ここらへんよ。死の原戦場跡と死の原中央の境辺りね」
「わあ、ゲアラド岩塩坑が一番近いね……
こりゃ、あそこが爆破されたのって、自分が動きやすくするためだったのかもな」
「ええ、そんな感じかもですね。
でも、わたしたちはゲアラドから向わない」
「どこから行くの?」
「ここです」
「死の原中央の南……死の原古戦場じゃないか。
君のスキルで飛ぶには、行ったことがある場所じゃないと行けないんじゃなかった?
こんな危険なところに行ったことがあるなんて、皆に叱られるぞ」
(死の原古戦場……あそこ、そんな名前なんだ……)
「……ここに、温泉があるんです」
「言い訳にならないけど」
「……まあ、危ないことは、無かったからっ」
「ふーん」
遂に翌朝、アーシアたちは死の原へと向かうことになった。
皆とは計画をある程度立てていた。
先ずは『扉から扉へ』ドアトゥドアで、学園に入学する際『聖なる森』から使ったルート上にあった硫黄温泉の辺りに空間扉を開くことにしたのだった。
あの辺りは、コッコカリスの縄張りなのか、結構追いかけられたので、そのことを皆に注意しておいた。
しかし、ゲアラドから行くよりは、そちらの方が断然近そうだった。
横で用意するヴィクトルは、紺色の上下に珍しく軽防具を付けていた。手には皮の手袋もはめている。
(あ、指が出てる……もしかして、サムくん六歳の頃、こういうのが欲しかったんじゃ……
あらなんてこと、今気が付いた……)
緊張からか、全く場違いな考えがアーシアの頭の中をぐるぐると回った。
ヴィクトルが、砂除けのマントをひらりと肩に掛けた。
「なに? どうしたの?
俺がかっこいいのは、いつものことよ」
にやっと笑うとヴィクトルは、ちらりとアーシアを意味ありげに見た。
「それじゃ、出発しましょう」
アーシアは気合を入れ、気を練るために瞼を閉じた。
『空間扉・扉から扉へ』
アーシアの声は、魔力を纏い静かに、そして周囲を震わすように響いた。
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