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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第八章 わたしのアルディア 選択と祈り
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193完成と歓声


 イアプト・ワースたちとの決戦の後、驚くほど静かに日々は過ぎた。

 そうは言っても、鉱山の工事は、着々と進んでいた。ソフィアの助けとシュタールによって水車小屋も大部分が出来てきた。

 アーシアは作業が始まると集中して、(しば)し事件のことを忘れて没頭した。

 そしてその方がよかった。


 アーシアたち錬金術班は、大きな部品のほとんどを作り上げていた。


 作業はどうしても年を(また)がねばならなかったが、作業員のほとんどはこのバーデッツ鉱山の村に残った。

 領主の娘であるフロリアーナ・ロカイユは、何度か自分の屋敷に戻ったが、鉱山の工事を影ながら助け続けてくれた。

 年末も役場で、残った作業員への宴会の用意をしてくれたりと、若いが次期当主らしい一面を見せた。




 そして年が明けて――


 その日はいよいよ、水車の組み立ての日だった。

 部品や道具は大方運び込んで貰っていた。

 男たちは、余りの大きな部品のそのサイズと量に、一瞬、呆然としたが岩魔法の念動力が得意な者たちが()ぐに要領を(つか)んで運んで行った。

 アーシアのこのスキル『組立』ビルドアップは、今まで誰にも見せたことはなかった。

 今回も、スキルの使用中は他の作業員の立ち入りを控えてもらうよう頼んだ。

 しかし、ソフィア一人には助手として付いて貰うことにした。その陰にはアーシアのある想いもあった。


「いいの? 私が一緒に居ても?」


「ええ。お願いできる?

 ……わたしのスキルは、ちょっと特殊だから、あまり口外して欲しくないのだけれど……

 それでも、いい?」


「ええ、勿論(もちろん)! こちらから是非(ぜひ)、お願いしたかったくらいよ」


 そんな風に話し合って、今日という日を迎えた。



 鉱山の入り口に立つと、見事な水路が、水のまだ入れていない状態で立派に出来上がっていた。

 ここの鉱夫総出でやったのだから、見事なものだった。

 片方の水門は当然まだ開いておらず、

 水路の前には大きな石煉瓦造りの水車小屋が、まだ自身の主人を抱かぬままに佇んでいる。


 青く広い空に山のなだらかな嶺が見えた。

 水路越しの坑口は、道具も総て片付けられて何もない状態だった。


 アーシアは、その前にすっと立ち、深呼吸をして、自身の中央で貯めるように、気を練った。


 風が爽やかに、汗の(にじ)んだアーシアの額を撫でる。



錬金・組立(ビルドアップ)



 空中に大きな紅紫色の魔法陣が広がった。

 その直後、次の黄金色に輝く魔法陣が、更に青銀色のものと、幻のように重なり合った。


 アーシアの後ろで佇んでいたソフィアは、息を呑みその幻想的な光景に見入った。


 浮かび上がった大きな幾つもの金属類のパーツはその魔法陣越しに、

 周囲を踊るように光を散らし、それでいて整然と組み上げられて行った。

 アーシアがまた手を軽く宙で振るうようにして次の魔法陣を出すと、

 一斉に水車の羽根は宙を泳ぐように繋がり、枠組みや支柱が浮かび上がって場所へと正しく移動し、巨大な輪へと変貌していった。

 それぞれのパーツは、無論、ソフィアも作ったのだから当然見覚えがあるものだ。

 ソフィアは一層、真剣な面持ちで目を見開いた。

 歯車が一際(ひときわ)輝き、浮かび上がる。


 しかし、その部品たちの踊りは、自ら意思を持つかのように動き、互いに決まった位置にまとまった。



 まるで、古の賢者の魔法のようだと、ソフィアは固唾(かたず)を飲んで、祈るように見つめていた。


 長い時間が過ぎゆく中、部品が組み上がり、その組んだパーツがまた更に大きく組み重ねられてゆく。

 ひとつのパーツの『組立』スキルの魔法も他の錬金よりも時間が掛かった。

 流石のアーシアも術中は、一瞬たりとて目を逸らすことができない。

 魔法と魔力調整を必死に行わねばならず、徐々に額に汗が滲んでいった。


 アーシアが、大きく息を吐くとソフィアに向かって、花のように明るく微笑んだ。

 ソフィアは自分でも気づかぬうちに両手をきつく握りしめていた。見つめるアーシアの顔が滲んだ。

 その奥には、見たこともない巨大な水車の輝くような眩しい姿があった。



 作業が終わったことを皆に報せると、わいわいと作業を日々励んできた鉱夫たちが集まって来た。


「お願いします! 水を流してください!」


 水門の傍に行ったジャン・ベットンがいつもの柔和な顔を更に明るくさせて大きく手を振った。

 大きな水流の音が聞こえると、水路に水が張られ始めた。


 人びとの顔は、初めは驚きで目が見開かれ、次いで感嘆に(あふ)れた。そして、静かに水車が回り出すと、激しい奔流のような歓声に包まれた。




 東へ続く山脈の斜面。緑の点在する山肌を()うように開かれた人工水路が、透明な音を立てながら石組みを伝って小屋へと導かれている。

 水路の終点に建てられたのは、石壁と太い(はり)で組まれた堅牢な小屋だ。

 屋根は山の雨風を避けるためにゆるやかに湾曲し、ところどころに湿気を逃がすための細い隙間が設けられている。

 石壁の枠組みの板には防水と魔素安定の錬金塗膜が施され、濡れたはずなのに灰褐色の木肌が艶を失わない。


 からからと、噛み合わせた歯車のように水を受け音を立てた。


 男たちが歓声を上げた。


 作業中少し後ろで一部始終見ていたソフィアが、その真剣な瞳に、いつしか溢れていた涙をひそやかに流し、

 微笑みを浮かべ佇んでいた。

 喜びの中にも、その目の奥には、静かな決意が見て取れた。


「ああ、アーシア、本当にありがとう。

 こ、こんなに素晴らしい……」


 ソフィアの声は水音に消えた。


 小屋の横手、開かれた水門から落ちる水が勢いよく巨大な水車を叩く。

 坑口からの水も、予定の通り水路に集まり飲み込まれてゆく。

 羽根板は通常よりも厚く、金属帯で固定されているため、打ち込まれる水の衝撃に(きし)むこともない。

 回転するたび光を吸って輝き、軸からわずかに白い気配が揺れ、冷気とも霧ともつかぬ薄い(もや)が外気に溶けていった。


 鉱夫たちは水路に近づき、その細かな水の霧を笑顔で浴びる。


「これは…随分綺麗な文様だね。青く光って見える。何の魔法なんだい?」


 グイドが魅せられたように水車の中を覗き込んで尋ねた。


「ああ、これは……坑内にこのロープを伸ばすので、その摩擦で……」


「ああ、そうか。それはありがとう」


 最後まで言わずもがな、鉱山の熟練者であるグイドには通じたようだった。


 水車の中心から伸びる冷却加工済みの錬金軸は、小屋の奥へ通じる厚い支柱に支えられた導管台を通って、坑道へと続くわずかに斜めの通路へと繋がっている。

 軸の根元には刻印板が嵌め込まれており、わずかに青白い紋様が脈動して水車回転の衝撃を吸い込み、熱を霧化させ冷却変換している。

 この特性は必須のもので、摩擦による坑内の火事を防ぐものだった。僅かの火種でも地中のガスにより大規模な発火に繋がるからだ。


 坑道入口は、小屋側とは反対の位置に口を開いている。厚い石で作られた半円形のアーチが組まれ、その天井中央を錬金軸が貫いて奥へ伸びていく。軸受けに使われた岩には魔素遮断符が彫られ、軸が震えても坑道全体に振動を響かせぬよう工夫されている。

 アーチのすぐ内側には小規模なプラットフォームがあり、小型トロッコが数台待機させる予定になっていた。

 レールは岩床に魔術で溝を彫って()め込んだものだが、要所で特性を別に施し、重い荷が滑り出す際に一瞬だけ魔力が弾ける――押し出すような補助のために。



 坑道の吹き出し口からは微かな冷気が返ってくる。それは水車軸を伝い、刻印板から漏れた熱変換の余剰が、坑道内の空気を冷やして送り込まれているためだ。湿った山の息吹の中に混じるその冷たさは、これから始まる採掘が、ただの肉体労働ではなく「技と工夫によって支えられるもの」として生まれ変わった証でもある。

 近くに立つ誰かがぽつりと呟く。


「……粉挽き小屋の車が、まさか山の腹を動かすなんて、誰が思っただろうな」




 人びとは、手を振りかざし、大きく声を上げ喜んだ。


 ――新しい時代の幕開けだった。


 小さな水車が、ひとつの時代を動かし始めたのだった。







 ソフィア・シュタール 旧姓 ソフィア・ベルナール

(メセチナ歴874~971没)


 夫エルツと共に鉱業分野を大きな発展に導くことに貢献した錬金術師。

 彼女は、鉱業に使用する重機を発明するだけでなく、その他の産業にも大きな影響を(もたら)した。

 彼女は、かの有名な”放浪の錬金術師”の一番の弟子とも謂われている。

 その記述には諸説あり、弟子ではなく、何故か親友であったという説もある。



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