190錬金術師の狂気
(このまま、わたしだけに注意を向けさせなくちゃ……)
従魔たちが大事なことが一番だが。
自分よりも猫たちの方がいざとなれば戦闘の能力は高いだろう。
そして彼は、そのことを知らない。だから、ぎりぎりまで隠しておかなくてはならないとアーシアは計算していた。
「……どうして、ドゥルラックで、わたしの名前を騙ったのですか?」
ワースは余裕の表情を浮かべると、顎に手を当て、気取るような調子で答えた。
「ふふん、君には名声なんて、必要ないんだろう、寧ろ邪魔なはずだ。
いいじゃないか、私は一言も、あの”発明家のデイス”だなんて名乗ったわけじゃぁない」
(詭弁だわ……なんてこと)
アーシアは厳しい眼差しを目の前の慇懃な男に向けた。
イアプト・ワースは小さく口の中で笑い声を上げると、口角を引き上げ表情を作って、朗々と喋り出した。
まるで、講演台で大勢の学生を前にするかのように。
「ところで、君は、高名な錬金術師だ。
今のこのアルディアでは、一番と言っていいだろう。……なに、謙遜しなくとも良いよ。
そんな君なら、私の、この気持ちがわかるのではないかい?」
アーシアは、上手く自身の嫌悪の気持ちを隠すことができなかった。
思わず顔を顰めそうになってしまう。
しかし、目のまえの男はアーシアの気持ちが目に入らぬようで自身の口上に夢中になっていった。
「どうだ、一緒に高みを目指してみないかね。
私も、中々の錬金術師なのだよ。世間は認めようとせんかったがな……
然しだ! 今の私の研究を見れば……
あの愚か者共もきっと地べたに這いつくばるだぁろうよ」
ワースの演説は次第に熱を帯び、陶酔を深め、最後にはフィナーレの如く激情に轟いた。
翳の黒さそのもののような彼の瞳は、ギラついたように異様に光り、アーシアを見やった。
「”常若の妙薬”……
――――『賢者の石』ですか?」
「『賢者の石』…… はははは! ”永遠の命を得る薬”、その通り!
しかも、命を永くするだけではない!死者をも、蘇らせる!
竜の血を精製すれば、”常若”は我が手にあるというものだ。
たとい、この身が尽きようとも。……そう、竜の貴石を用いたとて同じこと。
命をも創造する!
あの孤高の博士ロックでさえも、それを研究していたのだ!
いや、させられていた、であるかな?
余所者が、アーテー帝国で研究しようなどとしたからな、
……最期には、随分抵抗したようだがな、ははは」
アーシアは顔を曇らせた。胸がずきりと痛む。
(ロック博士……顕微鏡を発明した、オットー先生が敬愛する錬金術師。
研究の旅に出たと聞いていたけど……アーテー帝国に行っていたとは)
確かにアーテー帝国は、金属関係の錬金術が盛んだと聞く。それも国家ぐるみでやっているとか。
錬金術の形式もやや異なるようだ。しかし、得手不得手があるようで、セドゥーナ周辺諸国とどちらが良いとはなく大差はないという。
そして彼のこの物言いで、アーシアは、彼が求めているものの正体に、まだ気づいていないと察することが出来たのだった。
”あれ”が、真に彼の求めるものでないと知ったなら、彼はどうするだろうか。
「……ねえ、あなた。根本が間違っていると思うわ」
アーシアは静かに言った。そう、違うのだ。
ワースは傍から取り合おうとしない態を崩そうとしなかった。
その姿を見て、アーシアの声に我知らず熱が籠った。
「わたしは、錬金術は、
命を創るためのものじゃない、
命を、”壊さないため”のものだと思う。
そして、人々の幸せ、”笑顔” のためのものだわ。
だから、あなたとは相容れない」
最後の言葉を言う時、アーシアは少し悲しくなった。
酷く一方通行の侘しい言葉。
両手を振りながら演説をしていたワースは、興が殺がれたようにゆらりと立ち止まって彼女に目をやった。
「所詮、愚かな、小娘か……」
イアプト・ワースは一人小さく吐き出すように呟いた。
「ならば、この場所を見た者には……
居なくなってもらうしかあるまいな。そうだ!
”放浪の錬金術師デイス”の字は、私が使ってやることにしよう」
そしてアーシアを狂気めいて睨め付けると、自分の懐に手を入れ小さな球を投げつけた。
(ば、爆弾だ!)
数個の小さな球は、不吉な光を放ちながら弧を描いてアーシアたちに向かって来た。
アーシアは慌てて、自分の最も近いその小さい球の一つに唱えた。
『解除』
『鎌鼬っ』
アーシアの頭上の木の陰から、マドカが鋭く葉音を立て、さらに左上の高所へ矢のように飛び上がった。
そのまま素早く攻撃を仕掛け、空中で爆発させる。
なごみの声が響く。
持ち前の錆び色の被毛で周囲に溶け込みながら、アーシアの傍で防御魔法を展開し――
『防御盾!』
『ふんっ………クラッシュロックス』
ヨシも緑の目を輝かすとアーシアの少し離れたところから、一番外れに飛んだ爆弾のために岩魔法で応戦した。
一瞬の間で猫たちは、自分のすべきことを迷わず選び素早く対処した。
『疾風!』
それどころかマドカは、間髪入れず、素早く、空からワースに風魔法で反撃した。
「くっ……」
疾風に煽られたワースは、それでもアーシアたちを周り込むように移動すると次々に爆弾を投げつけた。
周囲の木はメリメリと折れ、岩は砕け飛ぶ。アーシアは木々の破片が散らばる粗いごつごつとした岩の傾斜を昇った。
子猫たちは、身軽に跳ねるように岩を渡りアーシアについて行き、マドカもワースの攻撃の手を止めなかった。
マドカは、できれば相手を捕まえることを前提に致命傷を与えないよう空からアーシアたちを追随した。
その岩の直ぐ後ろは滝の端で、手前の木々の葉を叩きつけるように、流れる水の飛沫が散っている。
水の流れる音が段々と近づいて来る。
ワースの爆弾はかなり小型化されたのだろう、威力は初めのほどはないが次々に繰り出され、アーシアたちを翻弄する。
イアプト・ワースの目は血走っているが、計算高く周囲に目を配り爆弾を投げる方向を変えてきた。
『分解』
『解除』
(なによ、どれだけ持っているの。小型で……ややこしいっ)
『クラッシュローーーックス!』
アーシアとヨシは移動しながら、爆弾の対処をする。
ヨシは、一度の詠唱で幾つもの爆弾を同時に爆発させた。
坂の下で破片が大石に激突した。鋭い音を立て跳ね返って戻って来た。
《任せて、なの!》
素早くなごみも防御シールドで防いだ。
(滝の方に、誘導されてる?)
岩場で滑りそうになる足元に気を配りつつ、アーシアは心を落ち着けた。
(落ち着いて…ここで焦ったら、私たちが落ちる…)
気が付くと遂にほとんど断崖を昇り切ってしまい、下方向にいたイアプト・ワースは風を受け、崖の端近くに立っていた。
イアプト・ワースは何を思ったのか、にやりと笑った。
「ふん、ここまで追ってくるとはな…愚か者め」と捨て台詞のように言うと、そこで大きく腕を広げた。
気が付けば左の手がきらりと光った。
その手には、赤い鈍い光を放つ何かが握られている。
「見たまえ! 私は、既に錬金術の高みに到達したのだ!
これは、なんだかわかるかね?
……はは、その顔を見れば、分かっているようだな。
そう、これこそが、”常若の妙薬”を更に錬金させる、究極の素材だ」
イアプト・ワースは、片手を高らかに上げて、小さな赤い塊をアーシアに見せつけた。
滝の轟音にかき消されるように、敵の冷たい笑い声が響く。足元には水が飛び散る。
「……それはっ」
アーシアには正体までは掴めなかった。だが――本物なら、彼女は知っている。
ワースはアーシアが想像したような反応をしなかったことに落胆し、訝しむように口元を力ませた。
「あなたは、無駄なことをしている!
『常若の薬』なんてない!
『常若の薬』と呼ばれる『賢者の石』は、
そもそも薬なんかじゃないの、猛毒なのよ」
ワースは、冷たい目でアーシアの心からの言葉をあざけるように見つめていた。
アーシアの目は熱くなった。
同じ錬金術を極めようとしたものだ。
――ただ、目的があまりにも違い過ぎた。
(仕方ないのね)
そうして覚悟を秘めた唇で、その言葉を紡いだ。
『錬金操作』
アーシアは練習を重ねていた新スキル、『錬金操作』を発動した。
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