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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第八章 わたしのアルディア 選択と祈り
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188渓谷の奥


 カイトは、国際指名手配犯の殺し屋、ベルク・シムシェクの様子をやや呆然とした様子で眺めていた。

 名うての雷魔法の実力者と評されていた男であった。依頼がある時だけ姿を見せ、狙いは外さない。


 ――――ベルク・シムシェク大尉。


 軍学校で実力によってのみ、のし上がった男だ。

 そして、”堕ちたエリート軍人”。


 カイトのようにセドゥーナ学園を学び舎に選び、1級認定を受けた者は、そのまま実行部に所属することが多い。

 当然学園だけが1級相当の魔術師を持っている訳ではない。

 他の教育機関や行政などでも1級術師は所属しても居る。


 その顕著な例なのが、”国営軍”でそこそこの人数を抱えている、アーテー帝国軍。

 秘密主義のその国は、情報は中々漏れてくるものではないのだが。

 その国営軍で鍛え上げ、道を踏み外し、国際的に指名手配された者が――ベルク・シムシェクその人であった。

 セドゥーナ以外の諸国では、時折、彼の犯罪が行われていた。


「おいおい、冗談だろう……」


 カイトはヴィクトルの方を向くと、ヴィクトルが黒っぽい黄色い丸い目の子猫を抱えて立っていた。


「…のんきだな…」


 その様子に呆れたような、カイトは溜め息を付いた。ヴィクトルは子猫を撫でながらにこにこ笑っている。


 周囲に人影はない。ただ、(すす)だらけで倒れた男と、真っ二つに焦げた一本の木が残されているだけだった。

 そこから導き出されるのは、ただ一つ。


「ああ、ここに来る前、凄い雷の音がしたもんなぁ」


 ヴィクトルが、さもいい加減な調子で言う。


「雷に耐性があるこいつが、雷に当たってこんなになるなんて……よっぽど強かったんだろうよ……」


 ヴィクトルは腕の中の子猫をそっと見下ろした。

 黒灰の毛並みから、ほんのわずかに漂う焦げた匂い。そして、毛先に残るちりちりとした静電気。

 ――気づかないはずがない。


 この黒灰の方のちっこい猫は、兄弟三匹の中では自分が一番の戦闘力があることを知っている。

 マドカはアーシアに貼りつけてもいたいだろう。そう、(そうか、残ったのか)と、ヴィクトルは直ぐに気づいた。(なかなか、男気があるねえ……)しかも、ヤツと偶然にも同じ属性、危険性もよく分かっていたはずだ。


 だから、ヴィクトルは軽くカマを掛けてみせたのだ。


「……だってさ」


 言いながらエンに視線を落とすと、当の子猫は澄ました顔で知らんぷりをしている。

 ヴィクトルは直ぐに気づき、カマを掛けたのだ。

 自分の腕に抱く子猫から(わず)かに漂う煙の匂いと艶やかな毛に残るちりちりと伝わる静電気を。

 案の定エンは一人でこの怪物のような男を対処したのだ。恐らく、先に行かせたアーシアたちには内緒で、相手を巻くだけだとでも言って宥めたのであろう。


「独りで全部やったなんて、大した奴だ。

 ……随分疲れただろ。ゆっくり休んどけよ」小さく猫の耳にだけ届くようにヴィクトルは呟いた。


 エンはややくったりとヴィクトルの腕に身を預ける。ヴィクトルは鷹揚にその背を撫でながら、小さく含み笑いをした。

 真綿に包むように抱えた腕の端から、長い黒灰の尻尾が垂れて、ゆっくりと揺れていた。



 そんな一人と一匹に気が付かず、カイトは頭を掻いて、面倒そうにぼやいた。


「まあ、こいつもこいつでしぶといよ。こんな状態なのに、まだ死んでなさそうだ。

 ……ああ、生きてるや。曲がりなりにも、雷魔術師ってところか」


「なあ、僕、もう行っていい?」


「ええ? こいつ、どうするんだよ」


「うん、でも、連れを待たせているんだ。きっと心配しているさ」


「……あー、そうだったな。そもそも俺が持ち場を離れてたから……

 嬢ちゃん、一人で困ってるかもしれないな。

 そうだ、ヴィクトル。お前から貰った”カラーボール”…だっけ、

 あれって、追跡を出来るんだったよな」


「ん? ああ、アーシアが作ったやつね。そうだ。

 魔石発見機ってやつで見つけられるらしいよ。

 なに、どうしたの?」


「……じゃあ、身近に持ち歩いてて正解だったな」


 カイトはヴィクトルから渡され、初めてそれを見た時、まるでおもちゃのようで少々面食らったのだ。

 しかし今をときめく新進錬金術師が作ったものだ、念のため直ぐに取り出せるように携帯してきたのだった。

 ヴィクトルは子猫と共に、さっさと林のある方へ去って行ってしまった。

 その飄々とした物言いとは違い、ヴィクトルの目にはアーシアたちを心配する焦燥の色が出て居た。


「ああ……あれヴィクトル、もういない。まったく……

 でも、コイツ、どうにかしなくちゃいけないな。


 にしても、雷魔術師が、雷にやられちゃ、洒落(しゃれ)にならないよ……」



 突然カイトの鼓膜が細かく震えた。掠れるような風の音がカイトに微な違和感に気がしたのだ。

 ただただ、予感でしかない。風魔法の使い手であるカイトにはこういった直感が稀にあるのだった。

 風魔法でしっかり集音しながら、一人頷いた。


「やっぱりだ」


 カイトは素早い動きで岩壁に向かい走った。迫り出した絶壁の向こうの陰で気配を感じた。

 険しく聳え立つ岩壁は、一枚岩のように見えて、実は幾重もの岩が重なってできていた。


「おお……こんな風になってたとは、

 俺としたことが気が付かなかったな」と、小さく呟くと、カイトは、その音と影の方に音も立てず寄って行き、手前の岩壁に身を隠してそこを覗いた。

 そこは、海のはずだった。


 壁の奥の下の方には入り組んだ段になったような岩の道が東の方から続いて見える。

 そして手前側の岩に木も所々に生えていて、上手い具合に周囲を見え(にく)くしていた。

 あの木なら以前も確認した。だが……

 カイトは目を見開いた。


「水が……ない。引き潮か?!」驚きに思わず小声で呟く。


 カイトが覗いている場所は”その抜け道”よりかなり高い位置にあり崖の真上に当たった。

 故に、人の動きがしっかりと確認出来たのだ。


 何かか擦れる音と共に岩陰から女が現れた。黒と、紅茶のような深い茶の色を帯びた旅行用ドレスを纏った女だった。

 女は急いでいるが、ドレスと足場が悪いせいか中々思うように進めず、険しい表情をしているようだった。

 帽子が取れてしまったのか、周囲の岩肌と同じ色をした髪の毛が乱れ、すっかり解れている。

 それでも両手を胸に、何かを、しっかりと握りしめている。


 早くしないと、逃げられてしまう。しかし、流石のカイトもここからは不用意に飛び降りることは出来ないだろう。

「そうだ」と一つ心で呟いて、ズボンのポケットを探り、派手な黄色の球状のものを出した。


「はは、いいもの貰ったな」


 そう呟くと軽く球を握り、風魔法の補助と見事なフォームで、難なく遠くの女に向かって投げつけた。

 女は短く悲鳴を上げると、慌てて周囲を見回した。真っ黄色の染料を頭から浴びせられ、ひどい有り様となった。

 柔らかさとは程遠い(こわ)そうな(おもて)が、憤怒に歪んだ。そして、崖の上をキッと睨むとぶつぶつと呟いた。

 瞬く間に、女の周囲に煙のように霧が立ち昇り、みるみるうちに辺りを充満し隠していった。


「うわ、隠蔽魔法ってやつか……」


 この霧のような魔法は、厄介だった。風の魔法で掃えたとしても、その時には相手は消えているだろう。

 カイトは小さく舌打ちをした。




 その頃、アーシアたちは湿った岩に足を取られながらも林の中腹にやって来た。

 ここまで来たらもう大丈夫だろうと、皆で大きな石の傍で一度立ち止まって様子を見ることにしたのだった。


 林に入るまでは分からなかったが、ここは信じられないほど険しい地形だった。

 あちこちから水の流れる音がするところを見ると、地下水が湧き出ているのか、川縁りなのかもしれない。

『リューデ渓谷』の乾いた粘土質の土と岩場からは考えられないほどだ。草木はあるが石が多く案外土の部分が少ない。

 そのせいか、木は折れ曲がって生えているものもあった。





お読みいただきありがとうございました

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