14 思い出とワンピース
冬が近づき、空気も冷たくなってくる。アーシアの着替えの服も心もとない感じになってきた。見えないところにはこっそり、ヒートテックを着ている。羽織りの服の生地は冬向きとは言えない。
そう思っていると、冬の衣服用に、師匠が太い毛糸のお古のカーデガンと生地が厚めの寝巻を用意してくれた。3年ほど前にモンスターの討伐中に亡くなった、ニーちゃんたちのお父さんのもので、「男物で、ごめんね」と言いながら、出してきてくれた。
カタリナ師匠の旦那さんは、ビッコロ村の生まれの優秀な 風の魔法使いで、ガルドくんのお父さん同様、『森の番人』として警ら隊に所属していたそうだ。平和な村だが数年に一度モンスターがまとまって現れる、スタンピードという現象が発生すると、外部から冒険者も応援にやってくる。旦那さんが亡くなったのは、まだ冒険者たちが到着しない危険な、そんな時だったそうだ。
カタリナ師匠も、冬服を作ってくれようとして、材料を準備してくれているのだが、なかなか時間が空かない。冬の支度でビッコロ村の大人は大忙しだから。
アーシアの自身の時間はあるし、師匠から布等の材料を融通してもらって、自分で作ろうと思い立った。作るのは以前作ったことのある、型紙が簡単な巻きスカートだ。腰巻みたいな形でこれならサイズの調整もいらない。
ついでに寝巻の裾上げもさせてもらおう。鋏を入れないで、いつでも元に戻せるように。
「おや、自分で作るんですって?」
「いえ、ご迷惑をじゃないですか?」
「ううん、ぜんぜん。
どんどん布とか持って行って。どれ使ってもいいよ。
ハサミとかの、道具も揃ってるわ」
「はい、ありがとうございます。上手くいくかわからないんですが…」
布を選びに倉庫へ行く。細い長い曇った窓から、少し明かりが漏れて、ゆるく納屋の中を照らしている。錬金術師の家だから、兎にも角にも、いろんなものがあった。でも不思議と、どこに何があるのかわかるのだ。
壁の隅に立てかけて、大き目の布が幾つかあった。目を凝らして、なるべく暖かそうな布を、指で触りながら探していく。
色々物色して、くすんだ茜色の暖かそうな布を選んだ。予備に、光沢のある葡萄色に近い濃い赤茶色のさらさらした布も用意した。二つ抱えてそこを出る。
「これ、使ってもいいですかー?」
作業場に戻り、師匠に声をかける。しばらくして、「いいよー」と返ってきた。
裁断だけは工房でやらせてもらうとして、残りは自室でできそうだ。
自分で錬金したものをいくつか飾りに使えるかな?最近、やっと形になってきたがまだ、穴も開けられないので、無理かもしれなかった。金属の錬金の訓練は、なかなかものにならず根気がいる。
師匠には、作るものをしっかりイメージすることが大事と言われているが、魔法陣が出たりでなかったりと不安定だ。
呪文も教えてもらったが、呪文の時だけはアルディアの言葉が分からなくなり、うまくいかないのだ。
そんな時はこっそり、師匠を盗み見るのだが、いつも師匠は気にした風でもなく、さり気なくしていた。
自室に戻り作業を開始する。作りながら、初めて裁縫をしたことを、思い出していた。
アーシアの、 蘆屋日奈子の家は、共働きで決して貧乏ではなかったが、両親ともに気難しく、娘の気に入った服やおもちゃなどは、一切、買うことはなかった。
たまに家に親が揃いでいるときに、小さい日奈子が背を伸ばして、どんなに必死に見上げても、話しかけても、いつもフイっと身体を捩って、言葉短く離れていく。二人の背けた頬のラインだけが、ただ思い出されるだけだった。
小学校の頃、同級生がみんな揃って持っていた有名な着せ替え人形も。
夏休みは一人暮らしをする祖母の家に、毎年のように預けられた。
祖母は、動きやすいようにと、涼しい手製のワンピースを用意して待っていた。
ワンピースは可愛くて、スカートの裾がひらひら揺れるのを、幼い日奈子は気が付くと見つめていた。
働き者の祖母は、細々と、静かに真面目に、誰もいなくなった広い平屋に住んでいた。夏休みの日奈子は、そんな祖母の後ろをついて回った。
縁側で、古新聞に沢山の青い梅の実を、祖母に教わりながら、拭いて、並べて、日に干して、塩と紫色の紫蘇をまぶしたり。
自分ではまだ食べられない梅干しだったが、祖母を手伝えて嬉しかった。
実家よりも、のびのび過ごしていたものだ。
そんなある日、祖母の家の納戸の暗い隅にある、大きな箱の上から、塗装の禿げたクッキー缶がでてきた。不思議に思ってそっと開くと、細細したおもちゃがでてきた。
ごそごそ探ると、あの着せ替え人形が出てきたのだ。
髪はぼさぼさで鳥の巣のように絡まって爆発してる《ボンバー》みたいだし、すっ裸で手足が在らぬほうに曲がっていたけど。
「おばあちゃん!!!」
祖母に訊ねると、8歳年上の従姉の物だそうだ。ずっと昔に置いて行って、もういらないと、言われたそうな。
祖母は、(出ていった家族)の残していったものの処分は、一人ではできないのよね、と困ったように言った。
日奈子は、もらってもいいかな、と聞くと、「こんなにぼろぼろだけど、いいの?」「うん」勢いよく答えると、祖母はにっこり笑った。
初めて手に入れた、着せ替え人形。
まず手入れしようと、手足をできるだけまっすぐに伸ばして、鳥の巣頭の髪を丁寧に、根気よく梳いた。全部毛が逆立ち、持ち上がってて分からなかったが襟足の毛は、セミロングくらいの長さがあった。
根気よく梳いていき、最後の最後の箇所になった。
気が付けば、長い時間が掛かっていたけれど、やっと終わるとホッとしていたその時に、頭の片側の一部の毛束が、スパンとまっすぐ、短く鋭く切れていて、生え際が見えていた。
つまり、禿ができていたのだ。
(いやあああああ、時間をかけて丁寧にほぐしたのに、こんなのあんまりだぁ)
わぁ、と泣きそうになっていると、祖母が寄ってきて人形の髪を結って、小さなあまり布で飾ってくれた。努力の甲斐あって可愛くなった。うん、なかなか可愛い。まだ、汚れているし、すっ裸だけど。
それからは、洋裁和裁共に出来る祖母に教わりながら、初めはほとんどまっすぐの布のままで作れる着物から、服を何枚も作った。人形は持ち帰らせてもらい、自宅でも続け、人間の服に手を出すまでになった。そしてそれは、むこうの蘆屋日奈子の趣味の一つになっていった。
思い出に浸っていると、茜色の巻きスカートが形になってきていた。冬物で生地が厚いから、結ぶベルトの紐の部分は、濃い色の別布を使った。結ぶとアクセントになって、意外にかわいくなった気がする。
ワンピースも作ってみたい。思い出の中の、ワンピース。
(どうしても袖のところが難しいからなぁ)
(こんなのも錬金ですすい、と出来るようになるのかなぁ)
集中していて気が付かなかったが、アーシアの手元は淡く光っていた。




