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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第五章 セドゥーナ西海岸と旧首都 
123/123

119車窓から臨む海

 

 寮を引き払い、出発の朝が来た。短いながらも大変充実した一年だった。卒業式の後、各先生方や執行部実行部の隊員にも挨拶に行った。

 サムくんを含めた執行部の面々は、ほとんど既に出払っていて会えなかったのが、少し残念だった。


 ニーちゃんとは、卒業式用に髪をきれいにしてもらった時に会うことができた。カタリナ師匠のところに行く予定だと言うと、「よろしくね」と言伝(ことづて)をされた。

 案外ドライな反応で、少し驚いていると、

「しばらくしたら、わたしも会いに行かないといけなくなるかもしれないから」

 と、ニーちゃんは、思わせぶりに微笑んだ。



「なあに、またすぐに会えるでしょ」


 挨拶に寄った時、そんな風にカルラは言って、ふわりと笑った。


「…そうだ、貴女の二つ名っていうか"コードネーム"、決まったわよ」


 そう、1級になると匿名性のためコードネームが付けられるのだ。ただのコマーシャル的な綽名(あだな)だと思っていたが、それだけ高レベルは狙われやすいための必然があったのだ。

 しかも、自分では決められないのだそうだ。ドキドキして、カルラの言葉を待つ。


(どうしよう、とんでもないのになったら……

 ……厨二病全開の綽名…コードネームになったら…)


 否応なしにこれから使うわけだから、とても気になったアーシアはぎゅっと目を瞑って、両手を握った。


「貴女のコードネームは、ーーーーーーーよ」


(あ~? なんか思ってたのと違うけど…すっごく普通。


 なんだか、旅人みたい。…まぁ、よかったー!)


 これで安心して旅ができると、一先ず胸を撫で下ろしたアーシアだった。




 出立(しゅったつ)のその日は、長旅となるだろうと思って、しっかりした旅用の服装にした。ハイウエストの編み上げベルトに暗紅色のフレアースカート、同じ色のパイピングのあるグレーのぴったりした包みボタンのダブルのジャケットに、薄いフード付きのショートマントを羽織った。

 胸にはマドカが入った縞柄のスリングを斜めにかけて、何が入っているというわけでもないが、”普通の旅行者”に見えるように、四角い赤い縁飾りの焦げ茶色の(かばん)も持った。


 《よし、じゃあ、行こうか?》


 《うん。行こう!でも、おいら、寝ててもいい?》


「ふふふふ…」


 《もちろんよ》


 街行の馬車で、街まで行って、そこから長距離馬車に乗ろうと思っていたアーシアだったが、中心街の馬車ロータリーで、急に声を掛けられた。

 人の多いロータリーだから、気のせいかと思って、チケット売り場を探す。




「おい!白頭(しろあたま)!」



(……気のせいじゃない?)見回しても声の主らしき人は誰もいない。



「こっちだ」


 声のする方を見ると、自分のすぐ横の馬車専用のロータリーに、小さいが、がっしりと立派な黒地に赤と金の線が入った馬車が横づけされていて、その馬車を引くのはこれまた立派な魔獣二頭だ。その扉がガタンと乱暴に開いた。すると中から、少し乱雑な紫紺髪に機嫌悪そうな顔が、長い脚と腕を組んで覗いていた。


「こ、こんにちは…ヴィクトルさん?」


 自信がなかったのは、まさか自分の目の前にいるはずがないという先入観と、今日のヴィクトルがいつもより少しきちんとした格好だったからだ。

 光沢のある紺のスラックスに(そろ)いのベスト、ワイン色のクラバットに薄手の洒落たマントも肩にかけていた。椅子の横には山高帽まであった。ただ、ヘアスタイルだけがいつもと同じで鬱陶しいままで、やや違和感がある。



「乗れよ。西セドゥーナに行くんだろう。

 乗せてってやる」


「え?ですが……」


「とにかく、乗れ!!

 こんなところで目立ちたくないんだ」


 そう言われてしまうと仕方がないと、そそくさと豪奢な馬車に乗り込む。

 席に座るや否や、直ぐに重い車輪が地面を蹴ると、馬車が動き出した。


「あわわ……」


 はあ、とヴィクトルがため息をついた。


「お前ね。

 ……しっかり座ってろよ。先は長いんだから」


「あ、あの、どうしてですか?

 そのぅ、なんで送ってくださるんでしょう?」


 アーシアは、思い切って訊ねてみた。なにしろ、事情が全く分からないのだ。


「ああ、俺…僕ね、ずぅーっと休暇、何年も取っていなかった訳。

 まあ、俺くらいになると忙しくってね。ほら、特級だから…まぁ、お前もなれんだろうけどさ…


 それでさ、まー、実家に顔出せってせっつかれたのもあって、今回長期休暇を取ったの。

 そしたら“ついでにお前の護衛もしろ”って執行部から……ったく、めんどくさ

 でも、まあ、仕方ないからさ。お前、俺んち寄るだろう?」



「え?!びびび、ビィドメイヤーさまのお宅ですか? いいんですか?!」


「あ~、うん。案内するように言われた」


「あ、あ、あざまっす…うっ」(噛んだ~~)



「あははは、なんだそれ~?」



 目にかかった前髪をかき上げるように、目を(こす)りながら笑い転げているヴィクトルを不満げに見ていたアーシアだったが、いつも隠れている彼の素顔が、そのせいで良く見えていることに気づいた。

 幾つだかはっきりしない見た目のヴィクトルだが、笑うと思いの外若く見える。

 そんな表情を見ていると、なんだか仕方がないな、という気持ちになってしまった。



 真っすぐの大通りをグングンと速度を上げながら港町方面に下っていく。港町地区へは行ったことがあったのでこの道は通ったことがある。

 この大通りは、速度を上げてもいい、馬車や騎獣専用道路なので早いのは当然なのだが、この馬車の魔獣は余程(よほど)馬力があるのか、凄い速さで坂を駆け下りていた。

 魔獣の乗馬で慣れていなかったら、かなり見苦しい態度になっていただろうと、アーシアはホッとするのだった。

 港町に降りると、今度は速度を少し落として、右に曲がり海沿いの広い道を進む。小さな商店よりも、水産業系の大きな建物が多く、堤防に繋がれ、船が波にゆるく揺られて停泊しているのが見えた。

 徐々に木の影が濃くなっていくと上り坂になった。速度は下がると思ったが逆に急にここから上がった。

 海は高い防風林に遮られて見えなくなったが、海風に叩きつけられ、窓のガラスががたがたと震えた。

 坂を上りきったのか、安定して平坦な道になった。そこの地点に着くと、スクリーンが開くように太陽の光が明るくなり、目の前にぱあっと広い広い海が広がった。


(わあ!)思わずヴィクトルを振り返る。


 彼は慣れているのか気にも留めず、腕を組んで目を瞑っている。

 しかし、彼が先に座っていた場所よりも、アーシアの場所の方が、この風景をずっと見ることができる位置だったのは、偶然なのだろうか。


(感じのいいひとじゃないけど……もしかして、気を使ってくれた?)


 《ん、なんにゃ?どうしたんだ?

 ……おお?!こいつ、知ってるやつだぞぅ!》


 胸の中のスリングがもぞもぞ動くと、マドカが眠そうに顔をぴょこんと覗かせた。


 《うん。ヴィクトルさん。一緒に連れて行ってくれるんだって》


 《ふーん。そっか。まあ、いいぞぅ。

 こいつ、態度ほど悪いやつじゃなさそうだしな》


 《ふふふ、そうね……

 ところで、ほら、マドカ、ここの景色きれいね》


 そう念話を送ると、マドカはスリングの中から這い出してシートに乗ると、身体を伸ばして両手を窓において、外を見た。


 《おおう、外海だなぁ。広いんだぞぅ~》


 車窓からの景色は、ずっと青い海と空の境の水平線を写し、波間はキラキラと光っている。その光る真っ白なラインと並走するように走っている。道と海の間は砂利と土の地面があり、その下はきっと切り立った崖になっているのだろう。

 時々小岩の島が遠くで点のように見えてきたりと、美しく楽しい光景だった。


「あ、そこで、”爪”、()がないでね」


 振り返ると、腕と足を組んだまま片目を薄く開けてるヴィクトルが居た。


 《そんなことしないんだぞ!

 なんて、失礼なやつだにゃ!全然いいやつじゃにゃい!!》


 跳び上がってぷりぷり怒るマドカがあまりに可愛いので、ぷっと思わず吹き出してしまった。そんなアーシアに、マドカがむっとして膝に手を押し当てた。

 アーシアは、マドカを膝にのせてその頭を優しく何度も撫で続け、機嫌を取らなくてはならなかった。







この馬車は通常 四頭立てのコーチ(coach)と呼ばれるものですが

この世界では 馬より大きな魔獣に引かせるため二頭立てもあります


第五章の開始です いよいよ旅が始まりました

お読みいただきありがとうございました

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