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異世界放浪~クラフトワークス~  作者: 紫野玲音
第四章 セドゥーナ学園・後編 春の訪れと卒業の道
122/125

118さざめく声、卒業の門

 

「あの保育器なるものを発明したのは、”デイス”という者で間違いないのだな?

 あのポケットコンロでも有名な…」


 ——ヴァスキス神聖国、中央神殿内。


 総ての神をあまねく崇めるこの国は、神獣の生まれる『ステアの庭』を有し、教会を中心として成り立っている。

 しかし、このところ急激にヴァスキス神殿のある一派、「絶対正義」を掲げ、他の思想を一切受け入れない集団が強く権力を握るようになっていた。

 『正義』を信条とするため、元は魔王の調査、勇者の管理をしていた者たちだ。

 初めの頃は大人しくしていたが、教皇が臥せり始めると急に力を付けだしたのだった。

 この多神教の神殿内で、こっそり隠れて一神のみを信仰している一派は……推奨されるものではない。本来なら、異端であった。しかし、彼らの存在を分かっていても目を瞑る寛大さが神殿にはあった。


 豪華なトーガ風の神官服を(まと)った男が、暗い色のマントに金の揃いの飾り布をぶら下げた部下たちに、せわしなく声を上げ命令している。衣装に似つかわしくない、この小さく暗い部屋には、神殿にふさわしくない甘い“匂い”が立ちこめている

 部屋の角の壁際には、ウィンプルを乱暴にずらされ、顔が露わになったシスターが、痛々しく床に転がされている姿があった。その顔は、暗くても分かる程に赤く腫れている。


「…はい、鑑定士に確認させましたところ、その通りです」


「まだ、何奴(なにやつ)か見つからんのか?これほどの才を持つ者、下賤(げせん)の錬金術師であることは、目を(つむ)ろう。

 我らの手中に必ず収めねばならん!何としてでも探し出すのだ。

 ——あのノーラの老いぼれはまだ何も吐かんか?」


「………はい、本当に知らないのかも…

 あまり長く拘束していると、(いず)不味(まず)いことになります。

 彼女は、それなりに(くらい)もありますゆえ…」


「黙れ、その女はもういい!兎に角、錬金術師のその()、”デイス”を探しだすのだ!」


 新生児の出生率が上がり始めて、不審に思った中央はノーラ神官の管轄(かんかつ)する外れにある乳児院に向かった。

 その時は、喜ばしい意味で注目を集めたが、その後がまずかった。中央神殿から派遣されたのは、密かに異端派と謂われる、イ・ペイガスに属している者だった。


 そこ、乳児院には見慣れない器機が、数台あった。

 彼は中央神殿とは別に組織の(めい)で赤ん坊が入っていない一つを取り上げた。そして更に、乱暴な手を使わざるを得なかったが、乳児院の責任者であるノーラ神官も連れ帰った。


 その後、酷い乱暴を受けたノーラだったが、保育器の制作者に関する情報は貝のように口を(つぐ)んだままだった。「放浪していた錬金術師に偶然作ってもらっただけ」、「相手がまったく見えなかった」と、繰り返すのみだった。


 賢明なノーラ神官は、こうなることはある程度予期しており、乳児院の看護シスターたちとも打ち合わせをしていたのだった。

 聖獣になってしまった子猫たちをかくまっていたのも、”彼ら”に見つかれば大変なことだっただろう。


 乳児院の窓の外では一本の白雲木(はくうんぼく)が白い花をしなだらせていた。

 白雲を渡るそよ風で、その明るい緑の若い葉はようようとささめき揺れている。

 その清らかな風は、乳児院のシスターたちの休憩室に静かに吹き込んだ。


 静謐な部屋では、看護シスターたちが心配げな眼差しで集まり、身を寄せて小さく話していた。

 その中で、一人の頭巾(ずきん)の娘神官は静かに、決意めいた青嵐の眼差しを秘めて虚空を見つめていた。清風が淀みを、吹き飛ばそうとするように。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ポルタベリッシモの中心街商業ギルドはその日も忙しく、至る所で話す声と小走りする靴音が木霊し続けている。

 

 そんな中、ただ一人、周囲とかけ離れて落ち着いた、──身なりのよい人物が静かに直立していた。

 まるで、そこだけが時間が停まっているように。

 スマートで切れ者と知られるベルナルド・ペプローが、たった一人の顧客を見送るために、態々ざわめきに満ちたホールに立っているのだ。


 ここまでするのは月に一度だけ、”誰を”については、重要機密であり、ギルド内の暗黙の了解だった。

 しかしこの人物こそが、ギルド員たちを最近悩ませているのだった。


「ああ、困るよな。また問い合わせか。

 …こっちはマニュアル通りにしか答えられない決まりなのに、


 よくもまあ、懲りないね」


「それだけ卓越した才能なんだから、仕方ないよね」


「まあ、しつこくするようなら……


 あのおっかないペプローエリアマネージャーが、控えてるから…」


 しゅっとして隙のない、穏やかな微笑を浮かべた姿からは想像できないほど、若いのに恐ろしい人物で、商品の品質などほんの一瞥で見抜き、凄まじい記憶力で相手を打ち負かす。

 いつの間に現われるか分からない、気が付くと後ろに立っていたりと、役職的には最も若いものの、行員にとっては最も会いたくない人物でもあった。


「それに、もう(じき)に、所属もはっきりするから、こういった問い合わせも落ち着くと思うよ」


「ああ、あのエリアマネージャーが、次の一手も考えているみたいだから…」


 仕立てが良く品のいいジャケットの後ろ姿を見つめながら、行員たちは、溜め息をつき、それぞれ仕事に散り散りになって去って行った。


 ベルナルド・ペプローは、学園の所属を促すようなことを、実際にはしていない。彼にとっては偶然の産物だ。

 恐らくあんな様子の彼女には、信頼のおける庇護者がほかにもいるのだろう。ペプローは、その見知らぬ同士に多大な感謝を贈った。


 現在、ギルド始まって以来、発明を連発しているという”錬金術師の噂”は、急激に広まって来ていた。

 鑑定すれば、誰の銘かは直ぐに分かってしまうので、仕方のないことだ。

 富を持つ者が直ぐに反応し、更なる富を求めて抱え込もうと躍起だ。セドゥーナは勿論、他国にも速い速度で認知され始めている。

 また、やんごとなき方々まで興味を惹かれ出したようなのだ。


「いやはや、危ないですね。

 エクセレントな発明品は、総て”自由”から産まれるというのに……」


 さて、次の一手を進めなくてはならない。これまた上手い具合に、折角、西セドゥーナに行かせることができたのだ。ペプローは、静かに策略を巡らせた。

 本来のルートは、ヴァスキス神聖国まで行ってエゲリアに入るのと、あまり変わらないのだが——そのあたりは、あえてぼかして彼女には伝えたのだった。


 錬金術師は魔導師に比べると特に政治的に力が弱い。世間に軽んじられている風潮のせいであるが。

 発明品の数々を少年の(みぎ)りより触れる機会があったベルナルドは、いつもその評判は的外れで、大変無礼なものであると常々思っていたのだった。

 そして、唯一の例外的存在にして、最も外部に力もあるであろう一族がそこにある。なんとか自然に接触できればよいとは思っていたが。


 ペプローは、若輩者である自分が「親しい」と言うのはおこがましいと思いつつも、取引のある相手ゆえ、アーシアのために恥を忍んで一筆したためた。




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 やや暑いくらいの暖かい日差しに、さわやかな風が吹く中、セドゥーナ国際総合学園大学の卒業式が(おごそ)かに始まっていた。

 学園から貸与されたアカデミックガウンに角帽をかぶり、整列した。


 人数が多いため、一般教学部と魔法学部は別日だった。(ちな)みに、一般学部在学中の勇者たちは、旧来ならば卒業なのだが、諸事情でもう一年延ばされ学園に残っている。


 アーシアは、代表挨拶と答辞をと勧められたが、編入生だからと断った。なので、今日は他の学生と同じように席に並んで座ることができたのだ。

 マドカは誇らしげに肩に乗っている。物珍しげにちらちらと学生たちの視線が流れてくるのを、ふさふさの尻尾を悠々と揺らして、得意げにしていた。


 証書を貰う。——これで晴れて公認錬金術師だ。

 最後に列になって在校生で作った列の間を並んでエントランスに進んだ。

 在校生はすべては入室出来ないため、各学部三年生から選ばれている。でも、中にはどうしてもという者はエントランスで待機しているのだった。


 さざめきの歓声の中、お約束の帽子を一斉に振りかざす。——日本ではほとんど見られない風習だ。

 何となくそれに憧れを持っていたアーシアも、ずっとワクワクして楽しみにしていたものだった。


(高く飛ばすことができるかな…)


 《任せといてよ!》


 突然聞こえた肩の上からの念話に、弾かれるように驚いて、丸い緑色の可愛い目を見つめた。


 《やりすぎないようにね》


と送ると、ニャンと小さく帰って来た。


 しっかりと指で帽子の端を握りしめて、代表の号令で力いっぱい振り上げた。

 高く天風に乗り、しゅっと昇って、小さな点のようになっていく帽子は、真っ青な空に、まるで存在しない無数の明星(あけぼし)か何かのようで。遠く美しく舞って見えた。

 明るい笑い声を背景に、隣のエミリーたちと顔を見合わせ、アーシアの顔も自然と(ほころ)んだ。





やっと、無事に公認錬金術師になれました

これにて、第四章を終わります——

ここまで読んでくださってありがとうございます

旅立ちの時、

丁寧に描いていきたいと思います

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