111和菓子のお味
「あのう、この後少しお時間ありますか?」
「ん、なになに? もちろん、大丈夫よ」
カルラが直ぐに答えると、フリムカルドも急いで力強く頷いた。
「甘いものを、少しですが、持ってきたんです。……一緒に食べてもらえませんか?」
「まあ、大歓迎よ! ああ、でも、フリムカルド君は……」
「俺も、喜んで!」
被せ気味に、フリムカルドが大声を出した。アーシアは、少し不思議に思ったが、お茶の準備をしようと周囲を見渡した。
(あまり……ピクニック出来そうな場所じゃないわね)
そんな風に思っていると、直ぐにカルラが気を利かせて言った。
「そうだわ、ここから行くといつもの裏庭の反対側に出るんだけど、
あそこで食べましょう。きっと、お花も綺麗よ」
アーシアは、笑って頷いた。(そういえば、丁度よくガゼボがあったっけ)
フリムカルドが、愛馬を厩舎に連れて行くと、皆で裏庭へと向かった。
人が一人通れるくらいの両脇に木が茂った細い道を行くと、皆慣れた庭が現れた。
(こんな抜け道があったんだ……)
この裏庭には、学生はほとんど訪れない。もっと、手前の華やかな庭で十分だからだ。
そもそもこんなところに裏庭があるなんて、知っている者は少ない。ちょっとした隠れ場所だった。
植えられた植物も表の庭が作り込まれているのと対照的に自然な感じで、蔦の花が絡まったり、木々の葉が揺れている。
今は、白いかずらのような花が、小さな細いベルのように鈴なりにしなだれ、甘くよい香りを放っていた。
植えられているのはオールドローズ系のようで、少し自由な感じで枝と葉を茂らせ、蕾を讃えている。
一見、なにもしていない自由に伸びて見える枝であるが、よく見たなら、緻密に手を加えられデザインされていることが分かるだろう。
花が咲くころが、楽しみだ。緑の高い生垣には、薄紫と白色のクレマチスが見ごろを迎えるが、この裏庭では控えめに自然に垂れ下がっていた。
白い方は小さ目の一重で、薄紫はやや大きめで形も少し違った。
「まだ、薔薇は咲いていないけど……それはそれで素敵でしょ」
三人で、ガゼボの中のテーブルと椅子を少し綺麗にしてから、やさしい味のハーブティーと、和紙をイメージした薄黄色に、裏側が濃緑の紙皿を用意する。
古い貴婦人の趣味から伝わる装飾術――紙に樹脂を重ね、陶器のような艶を与える“デコパージュ細工”を施したそれは、淡く上品な光を宿す皿。
その可憐で愛らしいピンク色の桜餅と、艶やかなみたらし団子を添えた。
「あらまあ、なんて可愛いのかしら……これが、お菓子?
ふふ、まるで、お花みたいね」
と、カルラが皿を手に取って目の前に掲げて、少女のように目を輝かせて言った。
確かに、くるりと巻かれたピンクの生地は、斜め横から見ると縁が繊細に、ひらりと巻かれていて、まるで花びらのように見えるかもしれない。
「そうですね、これはお花を見立てたお菓子なんです。
味はちょっと変わっているかもしれないですが……是非、試してみてください」
二人はそっと、その和菓子を口に運んでみた。アーシアはどきどきして固唾を飲んでそれを見ていた。
(どうだろう……
こちらの人たちには、甘さが足らないかもしれないし……バターも使ってないからな……)
「んっ、これは……とっても、やさしい味ね。名前はなんていうの?
まあ、ちょっとこの緑の葉がアクセントの飾りかと思ったら、食べられるのね!
とても、美味しいわよ!」
「ええと……」
(どうしよう……そのまま言う?桜なんてアルディアにあるかな?)
「さ、桜餅といいます。”お花”の名前のお菓子なんです」
まあ、と言ってカルラが手を口にあてる。
「さくら、ね……名前は聞いたことがあるけど……
生憎どんなものかは知らなかったの……
そう、お花だったのね……きっと、アーモンドの花のような色のかしら……
――それにしても、アーシアは、お菓子も作るのが上手なのね!」
カルラが少し、懐かしそうにしていると、フリムカルドが慌てた様子をしながら口を挟んできた。
「本当ですね。これは、甘さが丁度いいです!
いくらでも食べられそうですね……あ、このたれがかかっている丸いのも」
「ああ、お団子ですね。このお団子は今回はそのままですが、
たれをつける前に炙っても美味しいんですよ」
「ああ、さらに香ばしくなるのか……それは、いいな」
二人は口々に、褒めてくれるので、アーシアはホッとして胸を撫で下ろした。
自分も安心して、桜餅を口にする。
(わあ、やさしい甘さ。なんだか、ホッとするわ……)
小さく作ったので、直ぐに食べてしまうが、口にやわらかい後味が少し残って、僅かの間、余韻に浸っていられた。
そして、多大な労力を払って作ったみりんを用いたみたらし団子、外側に纏った、たっぷりの薄茶のたれは艶めいて光り、如何にも美味しそうだ。
ぱくり……
(あ、美味しい~これよ、これこれ。美味しい……)
と、まさに感無量。一人悦に入ってゆっくりと味わう。
それにしても、桜の花はないものの、裏庭の微かに風に揺れる草木の中で、この小さなお菓子は、まさに、桜色の花びらのように感じられるのだった。
「なんだか、まったりとした、いい気分ね……」
カルラが、呟くように言うと、後の二人も深く頷くのだった。
麗らかな午後を過ごして、二人に別れを告げて、アーシアは寮に戻った。エントランスに入ろうとしたその時、急に若い男の声が呼び止めた。
「アーシアお姉ちゃん、よかった、会えて。ちょっといい?」
声の相手は、久しぶりに見るサムくんだった。
今日は赤茶色のシャツにズボンという普段着だ。休日だったのかもしれない。
「ごめん、待たせたのかな? 何か用?」
「いや、そんなには待ってないよ。学生が多いからちょっと気になったけど……
そうだ、学園周辺の店には、行ったことある?ちょっと、お茶しに行こうよ」
さっきお茶を飲んだばかりだが、待たせてしまったことを申し訳なく思ったアーシアは、二つ返事で頷いた。
それに、毎度中心街に行くものだから、学園周辺は、実はまだ回ったことがないのだった。
サムくんの案内で、寮の東側へ行き、裏門を抜けた。こちらはほとんど使ったことがなかった。
学園の境に沿って歩くと、やや広い通りが出て来た。すぐ脇に一軒、奥に馬小屋があるお店屋さんがある。
「あれは、食べ物や文房具、何かを扱っている、学生向けの店なんだ。貸馬とかもやってるよ」
その通りを真っ直ぐ行くと、住宅とちらほらと商店が現れた。この辺りは、学園の職員も多く住んでいる区画だそうだ。
何故か土産物のような店まであった。道も整備されていてちょっとした散歩にもよさそうだ。
「ほら、あそこだよ。あそこもあまり学生が来ない店なんだ」
そう言うと一軒のこじんまりとした木造の建物を指さした。この辺りでは見かけないログハウス風の造りだ。珍しいなと、近付いてみると、外壁には、態々焼いた丸太を縦に半割にした板を腰壁に貼り合わせ、その上から防塗料が丁寧に塗り込まれている。
手作りの温もりがありながらも、屋根の造りまで凝っていて、どこか愛着を感じさせる建物だった。
「こんちわー」
「ああ、いらっしゃい」
口髭のマスターが、カウンター越しに出迎える。
「ここは、店主が結構凝って作っているんだ。学園の教師陣とかがたまに来ているよ」
カウンターではなくボックス席に、連れて行かれ一番奥の場所に座った。
給仕の女性が、気軽な感じでサムくんに注文を聞いていたところをみると、よく利用しているのだろう。
アーシアは飲み物だけを注文した。果物ジュースとミルクを混ぜたものだ。
「ここは、マスターが氷を魔法で出せるから、冷たい飲み物や、デザートなんかもあるんだぞ」
なるほど、火魔法を使うせいか小さいころから暑がりだったサムくんだ、きっとそれは気に入るだろう。
「あ、姉ちゃんにはあったんだろ?どう、元気にしてた?」
「え、会ってないの? ……うん、元気にしてるよ」
「まあ、オレ最近、忙しかったからな……姉ちゃんも、そろそろ年頃だからさ、誰かいないかなって」
「な、何を急に言ってるの? わたしは、知らないよ」
「はは、うん、そうだと思う。姉ちゃん、仕事が楽しいみたいでさ。
前に、同じ風魔法だからって、カイト先輩を引き合わせたことがあるんだけど、お互いなんの反応もなくて……
やれやれ、カイト先輩なら、申し分ない相手だと思ったんだけどな」
「…あんまり、他人がどうこう言うものじゃないんじゃない?」
(この世界での、適齢期っていまいちわからないけど。
今、ニーちゃんは二十……八?でも、本当に楽しそうに働いているよね)
サムくんは、冷たい飲み物が来ると嬉しそうに飲みだした。
「ところでさ、アーシアお姉ちゃんに、実はお願いがあって……」
「なあに? どうしたの?」
「うん、実はさ、オレ今度の懇親会の幹事をしないといけないんだ。一緒にやってくんない?」
「ええ?! ……それはわたしが、そもそもやっていいものなの?」
「うんうん。大丈夫、大丈夫!飲食の費用もちゃんと出るし、
ほら、デリバリーも頼む予定だけど、お姉ちゃんの作った食べ物も欲しいんだ」
(そうか、それが目的か……)
アーシアは、しっかりとサムくんの意図を理解するのであった。
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