101進級試験②
「課題は、錬金術師の玉で、特性がHP増量3%、です。
制限時間は、90分。準備ができたら言ってください」
ヘレンが、厳かな調子で言うと、隣の鑑定官は目を白黒させ、自分のバインダーとヘレン教授の顔を交互に見ていた。
アレッサンドロは、意に介した風でもなく、悠然と脇に立っている。分けた前髪の一房がすっと流れて垂れた。ヘアスタイルが変わっただけでこんなに物腰もダンディで落ち着いて見えるものか。
アーシアも、急いで材料を用意した。
錬金術師の玉とは、宝玉の最も初級のものだった。特性は別のアイテムから移動して移せばいいだろう。
アーシアは、その手順を考えながら、材料を次々に台の上に揃えて行った。
台に出したもの以外は使えなくなってしまうのが、実は難関だった。
(……イベントリウィンドウを見せるわけにもいかないよね。気を付けなくっちゃ。大きな鞄に隠せばオッケー?)
実際には収納魔法の空間収納は、持ち物扱い=バッグとして認められているので問題ないのだ。
それに、来訪者固有スキルのイベントリなどのウィンドウは、アルディア人には見えないし、来訪者同士でも許可しないと見えない仕組みなのだが、普段から人前でウィンドウを開いたことないアーシアの頭からは、すっぽり抜け落ちていたのだ。
まず、錬金術師の玉のレシピは、
【錬金術師の玉(宝玉)】 宝石の欠片2、(水)1、(燃料)1、(金属)1
(出来上がり:1)
なので、宝石の欠片は揃っている、金属には3級の課題の材料の銅のインゴットが多めにあったのでそれでよい。
特性を移すには、水か燃料となるから、より移しやすい燃料の油を作ることにする。
この油はキャナーラ油と言って、比較的簡単に作れて安定もよい。
レシピは、
【キャナーラ油(燃料)】 植物油1、中和剤1,(植物類)2
(出来上がり:4)
だが、この植物類はキャナーラの場合、穀物が好まれるが、今回は特性を優先するため、HP増量3%の特性のついた植物を用意すればいい。
比較的よく出る特性なので、すぐに見つかりしかもその特性の”麦”があって丁度良かった。
全ての必要な材料を出し終えて、真っ直ぐに立って手を揃えた。
「できました!」
試験官がじっくり台の上をチェックすると頷いた。
「では、試験を開始します。課題、錬金術師の玉、特性HP増量3%。
制限時間は、90分です。はじめ」
アーシアは、先に特性つきのキャナーラ油を調合した。普通の油に、品質の良い中和剤、それと特性のついた麦だ。
『調合・錬金』
さり気なく魔法式をなぞる。調合だけでもよいが、魔法式を出す方がより良いだろう。
何度か周囲を確認したが、この魔法式は見えないらしい。傍から見れば「何か変な動きをしているな」程度にしか思われないようだった。
特性HP増量3%キャナーラ油が3つできたので、宝玉作りに取り掛かる。
『調合・錬金』
魔法陣が展開して、光りが強く溢れた。そして、しばらくすると手元には手のひらより少し小さい飴色の玉が出来上がっていた。
自分でも鑑定すると、ちゃんと錬金術師の玉になっている。
「できました」
「の、残り時間、55分…です」
じっと真剣な眼差しで始終見ていた試験官たちは、静かに息をついた。
鑑定士の試験官が、進み出て鑑定を始めた。そして、それをバインダーに刻み込むように書きこんでいった。
書きあがると、3人の試験官は集まって、そのバインダーを覗き込んで相談を始めた。
「…これは…」
「これなら、私も推薦できます。アレッサンドロ先生はいかがですか?」
「我輩もやぶさかでないが、……本人が望むであろうか……」
小さく何を言っているか、アーシアには聞こえなかったが、時間が掛かれば不安も強くなっていった。
ヘレンともう一人の試験官は咳ばらいをした。そして、その鑑定士らしい試験官は、アーシアの傍まで来て言った。
「これで、アーシア・デイスさんの試験を終了します。
試験結果は、後日個人宛の手紙にて発表になります。お疲れさまでした」
そう言うと、アーシアの目をじっと見てにこりと笑った。
アーシアは、頭を下げて部屋を退出していった。
部屋のドアが閉まる音がすると、ふーっと息を吐く。アーシアは緊張でかなり汗をかいていることに気が付いた。
課題は、難なくこなせたが、何かへまはしなかったかと、元来の引っ込み思案な性格が自分を悩ませた。
それにしても、アレッサンドロ博士が試験官にいたことには驚いた。そんなことをするようなタイプには見えなかったからだ。
(変われば変わるものだなあ…)と、アーシアは深い感銘を受けていた。
このとき試験の事実は、アーシアには知らされていなかったが、主催側、特にヘレン教授がアーシアの試験には主導を握り行われていた。
ヘレン教授は、彼女の発明の数々と錬金術における真摯な態度に触れて、是非にと1級を試させたのだった。
試験官は、最も高い生産錬金術の資格を持つアレッサンドロ・ヴィスコンティ博士と学部長のヘレン・オーウェン教授、それに鑑定士試験官は、学園でも最も実力があるうちの一人、1級鑑定士のランベルト・エーデルシュタイン氏を態々揃えていた徹底ぶりだった。
しかし、教授たちが予想していた以上を、アーシアは上回った。しかも制限時間を悠々残して。
そもそも、この3番部屋は、アーシアだけに用意された部屋でもあった。
残された試験官たちは、1級すらも一発合格の目を見張る出来栄えとなったその鑑定結果に息をのんだ。
「グレードも品質も素晴らしいです。特性も申し分ありません」
「ええ、数量ボーナスもあります。特性を一回でこんなに正確につけられるとは…
そのうえ、高品質で。きっと、もっと高レベルのレシピも確実にできるでしょう。
そうなると…1級どころか特級がふさわしいです」
「実力は間違いない。だが、小娘は本当にその……特級を望んでいるかねえ。
寧ろ、迷惑なんじゃないかね」
「ですが、こんな才能を!もったいないですわ」
「確かに、生産職での特級は聞いたことありませんが、彼女の発明品を考えると…
あの若さで、あれ程のものを創りだすとは、特級に相応しいのではないですか?」
鑑定士のランベルトも自身の観点から、躊躇いながら口を挟んだ。
ヘレンは、純粋にアーシアの錬金術が正当に評価がされるのは当然のことで、延いては錬金術界のためになると考えていたのだが、アレッサンドロの意見は少し違った。
若いランベルトよりもアレッサンドロは、数少ない1級であるからこその事実と推測をより身を以て知っていたのだ。
「1級鑑定士、貴公も――かつてはそうであろう……」と、呟く。
アレッサンドロは、静かに若く優秀であるが故に、そして一度はその重さに押し潰されかけた彼を見つめ、厳しい声を上げた。
「危険だ!特級ともなれば、各三国以上の国主級の者らの承諾が要る。
名が広まれば、利用せんと擦り寄る輩がわんさと湧いて出るのは間違いない。
ヴィクトールは戦闘職ゆえ、貴奴らにとって旨味も乏しかろう。
だが――あの小娘となれば話は別よ。付け入ろうとする強欲者など、掃いて捨てるほど現れるであろう…」
3人は黙りこくってしまう。そう、まだ若すぎるのだ。そして才能がありすぎる。
今後どんな厄介が彼女に待ち構えているやら。
教師たちは、目の前の輝かしい錬金成果を前に、ただ静かに沈みこんでいった。
キャナーラ油は、元の世界でいうキャノーラ油のような植物性オイルです。
アレッサンドロ博士の口調に出てくる「貴奴」は、ちょっと時代劇っぽい癖のある言い方をそのままにしています。
彼の性格や雰囲気の一部として楽しんでもらえたらうれしいです。
お読みいただきありがとうございました




