99 鹿おじさんの助言
子猫たちをマドカが宥めている間、アーシアは『聖なる森』への空間扉を作ると、『扉から扉へ』を展開した。
心は鉛のように重く、子猫たちの気持ちが気にかかった。
上手くドアができた。相変わらず昔のタバコ屋さんのような感じになっているが。
「こんにちは~、鹿之丞さん。今いますか?」
扉の向こうから、緑色の鹿の顔がぬっと出て来て、アーシアは驚いて、あっと声を上げてひっくり返りそうになった。
『ははは、やあ、驚かせちゃった?』
「鹿之丞さん~」
『はは、パイセンじゃなくていいの?』
アーシアは、恥ずかしくなってしまって、言葉を濁した。
『ところで、ここに来るという猫の聖獣は?』
「あっ、そ、そこに…」
振り返ると、マドカに伴われて、おずおずと3匹が上目使いで、悲しげな様子でトボトボと歩いて来た。
丸いハチワレも、目が覚めたらしい。ややまだ、眠そうだが一番後ろから附いて来ている。
『おやおや、何があったんだい?』
「実は…」
アーシアは、子猫たちが一緒にここに留まりたいと言って、ぐずってしまったこと、そしてさらに、従魔契約もしたいと言っていたことを鹿之丞に説明した。
自分は、今錬金術師の資格をとるために学園にいて、またこの世界で生きるのに精一杯で、子猫たちの面倒を見る自信がないことなども話した。
それに、勇者たちは従魔を1匹しかもっていないようだった。複数従魔を持つことは、可能なことなのだろうか。
鹿之丞は、静かにアーシアの言葉に耳を傾けながら、時折耳をピクリとさせて、じっと何かを考え込むようにしていた。
『ううん、そうか。なるほどね』
鹿之丞はまた、深い響きを持つ声で話し続ける。
『彼らは、きみのそばにいたいんだね。
うん、顔を見たらわかるよ。従魔はね、主人側だけじゃないんだよ、従魔側でも主人を選んでいるんだ。
このひとって、ピーンと来るもんなんだよ。彼らは幼いけれど…きっと、そうなんだね。
従魔を複数持つこと自体は珍しくはない。相応の魔力はいるが、きみなら心配はないよ。
かなり将来力が強くなりそうな子たちだね。だから、教会も対応に困ったのかもしれないね』
「今は…自信がないんです。マドカだって、
きっと放っておかれることが多くて、寂しく思ってる…」
『おいら、さみしくなんかないぞう!』
マドカが、必死な様子で口を挟んだ。
『うんうん、やはり心配なんだね。でもね、この子たちだって、いつまでも赤ちゃんじゃないんだよ。
きっときみが思っているより、この子たちは…面倒を見るより見られる方になるだろうよ』
鹿之丞の言葉は、アーシアを驚かせるものだった。だって、こんなにまだ小さいのだ。普通の猫ならもう少し大きくなっているだろう、しかし、聖獣への変異でまだ見た目は赤ちゃん猫なのだ。
『神獣や聖獣がつよくこの人と契約したいと願うのは、結構ね、珍しいことなんだよ。
実力がある分、プライドも高いしね。どうだろう、従魔契約を積極的に考えてあげないかい?』
そして扉枠から覗き込んで、3匹に目をやると、子猫たちに声を掛けた。
『やあ、「聖なる森の護り手」をやってる、鹿之丞おじさんだよ。
鹿之丞パイセンと呼んでもいい。
きみたちは、まだもう少し訓練が必要そうだねえ。そっちの丸い子は、いつも眠いんだろう?もっと聖力が必要そうだ。
このお姉さんに、主人になってほしかったら、もっと訓練して健康にならないといけないよ。
どうだろう、おじさんのところには君たちくらいの子供もいるんだ。一緒に訓練ができるよ。
しばらく、ここで特訓を受けてみないかい?』
3匹は驚いた顔をしたかと思うと、話を聞くうちに、期待で目をキラキラとさせだした。
『アーシアもこの子たちを受け入れる気があったら、今契約してほしいんだ。
分かっていると思うけど、そのほうが安定するんだよ。
もう、この子たちの心は決まっているから、そのままだと、訓練をしても不安定になってしまう』
アーシアの心は、不安でいっぱいだったが、きっとこの学園での一年間が一番忙しいくて、それが終われば自分にも余裕ができてくるだろう、そう考えて気持ちが定まってきたのだった。
しっかりと前を向くと、もうドアの縁に乗っていた3匹と、鹿之丞、そして肩の上のマドカまで、期待に満ちた目をしてアーシアを見つめていた。
「分かりました。子猫ちゃんたちも、本当にいいの?」
にゃ~んと嬉しそうになくと、それぞれ弾むような声で答えた。
『わあ、うれしい!』
『…ほんとうにいいの?』
『ぜったい、後悔させにゃいわ』
アーシアは、にこりと微笑んだ。しかし、ここで問題だ。アーシアは壊滅的に名づけがへたくそだった。
空間扉の維持は、一度開けてしまえば思ったより魔力消費が少ないので、このままでいいが、どうしたものだろうか。
アーシアは、1匹1匹よく特徴を眺めて考えた。
(黒灰の子は、目が黄色くて、尻尾も長くてシュッとしている…3匹の中でもリーダータイプみたいだ。
マドカとも関連のある名前もいいな…
あ、円、エンはどうかな?かわいい。
それなら、女の子は縁エンをむすぶ、和み…
なごみちゃんがいいかも)
自分の中では、かなりいい名前が浮かんだものだと、内心自惚れてしまった。
子猫たちも、嬉しそうにアーシアを見守っている。
そうだ、はやく契約してあげないと。アーシアはそう思って、黒灰の猫の前に行った。
「じゃあ、準備はいい?」
猫は、しっかりと頷いた。『お願いします!』
『従魔契約・あなたの名前は、 エン 』
『ぼくのなまえは、エン!』
ザアッと魔力が大きな波のように自身から出ていき、今度はまた大きくチカチカと小さな刺激を伴って戻って来た。
決して、痛いという訳ではなく、心地よい刺激だった。二人で目を合わせ微笑む。
『気に入ったよ。ありがとう、ぼくのなまえは、エンだね』
アーシアはにっこりと頷くと、錆び猫の前に行った。女の子は嬉しそうに両手をついて座って待っていた。
『従魔契約・あなたは、なごみ!』
『あたちは、なごみ!』
また大きな魔力の波に曝される。今度は、暖かくて心地いい水の中にいるようだった。
『あたちのなまえ、すてきでしょ!なごみよ』
『それに、なんだか、からだが楽なんだ。力も湧いて来るみたい』
『あたちもよ!』
2匹は、嬉しそうに周りを飛び跳ねた。
残ったハチワレの子が、期待の眼差しで見ている。
あとは最後の子、早く考えなくては、とアーシアは焦った。丸い体系にグレーと白、目が緑で丸い子だ。丸い背中にはグレーのハートのような模様が腰の辺りにあった。首を伸ばしている所をよく見ると同じようなハートマークが小さく覗いている。両腕がグレーになのも相まって、白のタンクトップを着ているみたいだった。
顔は丸くて耳は小さめのお餅のようで、灰色のハチワレ模様が印象的だ。
ハチワレの子は、時間が掛かっているせいか、次第に不安そうな表情になってきてしまっている。
『どうして…』
目を潤ませている。アーシアはその様子にひどく胸を撃たれた。
ふと、なにかが心に引っ掛かった。この顔をどこかで見たことがあると。
確かポスターにもなって、近所のがちゃがちゃで直ぐに売り切れになっていた…
…ここに黄色いヘルメットを被せたら………
(ああ、もうそれにしか見えないよ!)
マドカの時の状況が再到来だ。それにしか見えない。そっくりだ!
(ええい、ままよ)
『従魔契約・あなたの名前は、 ヨシ!』
『なまえは、ヨシ!…なんだな』
また大きな魔力の波動があって、今度はかなり増量して魔力が帰って来たが、アーシアの心には余裕が全くなくて、まったく気が付かないでいた。
(ああああああああ、ごめんね。安直すぎるね。ところで名前なんて言うのかしら、あの猫…)
アーシアの心はもがき乱れていたが、鹿とニャンずは、楽しそうにその場をはしゃぎ続けていた。
すっかり満足した子猫たち、エン、なごみ、ヨシは、張り切って空間扉を潜り、去って行った。
残されたアーシアは、椅子の上で真っ白になったポーズをずっと取っていた。
『ヨシ!』
猫さんたちの一人称が、名づけまで安定してませんでしたが、ここから安定
エン(♂)黒灰、ロシアンブルーのような体型、長い尻尾、黄目
一人称「ぼく」
なごみ(♀)ダイリュート錆び、目が水色、見た目には分からないが短め鍵尻尾
一人称「あたち」
ヨシ(♂)グレーと白のハチワレ、緑の目、丸尻尾 丸い顔
一人称「ヨシ」口癖「…なんだなぁ」
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