98 ニャンずの引っ越し
「あ、アーシアお姉ちゃん!いらっしゃいませ!
うれしいわ、来てくれたのね」
可憐な花のように顔を綻ばせてやって来たのは、ニーちゃんだった。
ヘアダイ(合成染毛剤)して、明るくなってより軽やかに華やかになった髪は、心配をよそに綺麗に保たれている。
今日は、白いカッターシャツにカラフルな花柄の釣鐘草の花のような形のスカートに、黒いエプロンをしている。
今日の出で立ちは、ニーちゃんに本当に似合っていて素敵だった。
ハンスさんは、圧倒されたように伸びて細くなって、口をポカンとしたまま固まっている。
「ああ、こちらは錬金科のアレッサンドロ先生の助手で講師をしてらっしゃる、ハンスさんよ」
ニーちゃんは、温かい瞳を向け、ハンスに挨拶した。
「こんにちは、ニーリンデ・オーツと言います。
今日は、ヴィスコンティ先生の付き添いですね。来てくださって、ありがとうございます」
(ニーちゃん、ニーリンデさんって、お名前だったの??!ニーちゃんが本名だと思ってた…)
ハンス以上に衝撃を受けた顔をしたアーシアに、ニーちゃんは如何にも面白いというようにカラカラ笑った。
「ハンス・マームリアンです。先生が、お世話になります」
意外にもしっかりと挨拶したハンスの方にも、驚きを隠せないアーシアだった。
(それに、マームリアンって言ってる…いいの?)
いつも隠していたように感じたアーシアは、態と名前だけを紹介したのだ。
(いらないお節介だったかな…)
ニーちゃんは、カラッとした笑顔で、
「ああ、マームリアンさん、村にいるときはいつもお世話になってました」
と、意に返した様子にも見られず、さらっと返した。ハンスは少し目を見開くと、にこりと笑顔になって頷いた。
「ところで、先生はどう?」
「うん。なかなかよ。店長自らだからね。
なんか俄然、やる気になって、燃えてるみたいよ」
また小声になって、二人はこそこそと楽し気に会話する。
奥の席の様子は見えないが、店長の声だけが時々聞こえて来ていた。
「ところでカラー剤の反応はどう?」
「ええ、とても好評よ。特に短期カラーは。
自宅でやるかたも増えてるみたい…もしかして、そのスリングの中…」
「ニャア!」マドカが、ぴょこっと顔を出した。
「マドカ~、ひさしぶり~」
きゃっきゃと話を弾ませていると、店長の自信に溢れた満足げな声が近づいて来た。丁度、終わって会計に案内されて来たのだろう。
店長に案内されて、細見の黒い服を着た男性が現れた。付き添いで来たハンスはソファから跳び上がり、アーシアも思わず驚嘆の叫び声を上げた。
「「うわ~~~?!すごい!!!」」
好奇心で、なになにと覗いたマドカも驚いた顔をしたが面白いものが見れたニャと念話で送ってきた。
ニーちゃんと店長は、笑顔でハイタッチをしていた。
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冬休みのある月初めの休日、アーシアは、子猫たちの引っ越しをするために寮の自室で準備をしていた。
いよいよ当日である。ノーラ神官と鹿之丞、双方との連絡もバッチリだ。
アーシアの役割は、空間扉エアドアで『扉から扉へ』を開いて、子猫を寮の自室を経由させて通すことだった。
一度に一枚しか空間扉は出せないため、一度閉めて再度新しいエアドアを出さなければならない。
長距離なので少し魔力消費は多いが、いざとなったら、お気に入りのMPポーション・ソーダ味があった。
マドカもワクワクして、尻尾をゆっくり振りながら傍で待っている。
精神を集中して、目的地のイメージをする。イメージが具体的なほうが扉のサイズも調節でき、より安定するのだ。
『空間扉・扉から扉へ』!
半透明の扉が現れる。しばらく、不具合がないかドアの様子を見てから、扉を丁寧にノックした。
コンコン、とノックが返って来たので、アーシアはそれを開けた。
「こんにちは、どうぞ、よろしくお願いします」
そうノーラ神官が言うと、部屋の向こうから、籠を抱えてもう一人の若めの神官の女性がやって来た。
時々見る優し気な、少しノーラ神官さんに似ている神官さんだった。
若い神官さんは、ノーラ神官に籠を渡した。
「よろしくお願いしますね。子猫ちゃんたちも、元気でね」
彼女がそう言うと、籠の中からニャーンと元気な3匹の声が聞こえた。
アーシアは、扉の枠に腕を通して、籠を受け取った。
保育器は、教会の乳児院でそのまま再利用して貰うことにした。
因みに、治療をゆっくり継続的にできる宝玉の開発も継続的に考えているため、ノーラ神官たちと今後も暫く、お付き合いをしていく予定だ。
「では、よろしくお願いいたします。
鹿之丞さまにも、よろしくお伝えください。
デイスさま、本当にありがとうございました」
ホッとした表情でノーラ神官は、微笑んだ。二人の神官は、そっくりな深く優しい表情を浮かべて見送っていた。
アーシアも二人にお辞儀して、エアドアを一度閉めると、腕に持っていた籠を持ち上げて、自分の顔にそっと近づけた。
マドカもそわそわと、アーシアの肩のあたりに浮かんできた。
「こんにちは、子猫ちゃんたち。心の準備はいい?」
『もちろんだよ』
『あたちは、ここがいいけど…』
『…ううん…?』
一匹は眠そうで、何が起こっているか分からないようだ。
利発そうな黒灰の子猫が答えると、続けてダイリュート錆び猫の女の子が小さく呟いた。アーシアの胸がぎゅっと痛む。
身体も顔も丸いグレーと白のハチワレは、また眠りだしてしまった。
アーシアはそっと籠をテーブルに降ろすと、エアドア作りに集中した。
『空間扉・扉から扉へ』
空間扉が安定している間に引っ越しを済ませなくてはならないので、素早く後ろを振り返った。
アーシアは、ショックで目を見開いた。
「あっ、あああ~、ニャンずが~~~?!」
『うわあ!おまえたちい~!』
ほんの僅かの間であったのに、籠の中の子猫たちは、ハチワレ以外いなくなっていたのだ。
マドカも一緒に、空間扉作りを見ていたので、気が付かなかったようで驚いて、空中を右往左往と飛び回っていた。
(そうだったわ、マドカに見張っててもらえばよかった…)
マドカと二人で、部屋を探すとキャットタワーの柱と下の板に隠れて、2匹の子猫がこちらを伺うようにじっと丸い目で見つめていた。
当然、作ったエアドアも消えてしまっている。
『あたちたち、ここにいっしょ、じゃないの?』
『いかなきゃ、ダメ?』
うるうると悲しそうに見上げてくる子猫たちに、胸がぐっと沈んでしまうアーシアだったが、マドカが子猫たちの傍に行き、強い調子で言い聞かせた。
『お前たち、お前たちが成長するには、もっと神聖力か聖力が必要なのは、わかるな』
『それなら、あったかい箱があるよ。あれは駄目なの?』
『ねるときは、ちゃんと、あたちたち、入ってるもん』
女の子の錆び猫は、青い目を見開いて、涙をいっぱい貯めてうるうるさせた。
「駄目じゃ、な…」
『駄目とか駄目じゃないじゃないんだ。
お前たちは、ちゃんと聖力を吸収して育つだけじゃなくて、聖獣としての訓練が必要だ。
お前たちの力はどんどん強くなる、そうすると力の制御も覚えないといけないんだぞう。
神殿では…あそこにいる限りできないし……おいらだけじゃ、おいらだって、頑張って来たけれど…力不足だ。
ご主人さまが、いつか欲しいなら、ちゃんと訓練しなくちゃ駄目なんだ!』
最後はマドカも、泣きそうになりながら言い聞かせていた。
子猫たちは、2匹で身を寄せ合って悲しそうにしている。その憐れな様子は、胸が詰まる思いだった。
『力の制御なら…ご主人ができれば大丈夫だって。
それに、アーシアがご主人になったら、あたちたちに力をわけてくれるでしょ』
錆びの女の子は、真剣な様子でマドカに必死に訴えた。マドカは、困った顔をして暫く顔を背けていたが、思い切るように話し出した。
『おいらが言えることじゃないけど…今、アーシアはすっごく忙しいんだ。
きっと、お前たちを、まるまる面倒見きれないさ…』
沈んでいく猫たちを、一言も発せず見詰めていることしかできないアーシアだった。
少しの間、2匹の子猫とマドカが納得いくまで話してもらい、アーシアは、とりあえず遅くなって心配しているだろう鹿之丞のいる森へ、エアドアを開くことにしたのだった。
お読みいただきありがとうございました (=^ω^=)<ニャン




