Prologue₋
「はぁ、はぁ、はぁ…」(…助けて!助けて!!)
「はぁ、はぁ、はぁ…」(…、…苦しい、…苦しいよ!)
心臓が破裂するかと思うほど走る。
「はぁ、はぁ、はぁ…」(…助けて!助けて!!)
「はぁ、はぁ、はぁ…」(…、…苦しい、…苦しいよ!)
ばたん、湿った木の根に足をとられ派手に転んだ。重いリュックは前にしっかり抱えていたものをさらにぎゅっと握りしめながら受け身を取った。
蘆屋日奈子はただの大学生だ。ただの貧乏な学生だ、運動部ですらなくバイトに明け暮れている。
(痛い!痛いよ、…このかばんだけは取られちゃだめ!!…見えなくなれ、見えなくなれ、見えなくなれぇ!!)これで5度目の体験である。いつ移転されるかわからないので、このぎっしり詰まったおおきなサバイバルリュックは頼みの綱だった。日々奇異の目のさらされても離さずにいたものである。
痛みと苦しさに視界が塞がれる。
(あ、帰れる?帰れるの?)
痛みは引かず、粗野な男達の声がどんどん近づく。
「ュウ、バントォウ、グオクズゥ!≪ほら、ーーーだ。ーつかーーろ!≫ズ!」
(助けて、嫌だヤダヤダ…早く日本に戻って!)
「ュウ、バントォウ、ュウ!ゾデェ≪ーーあのーをんー!ーーー≫」
なぜか男たちの話す言葉が二重に重なるように聞こえ、何を言っているか何となくわかるのだ。
這いずるように草木に身体を低く斜めに匍匐前進しながら逃げる。ずるずる這っていくと急に地面が崩れた。
(ああ!!)
大きな葉で見えなかったが崖があったようだ。目がかすみ、男たちの声が遠くなった。




