迷える子羊
そんなこんなで俺は今絶賛迷子中である。
だってしょうがないだろ。ここどこだよ。
俺の今いる場所はネオンライトが薄く光る歓楽街と呼ばれる所だろう。
周りを見渡しても少し際どい恰好の女が蠢いている。大体は男と一緒に居るが…まあそういう事だろう。
「絶対怒ってるわ…」
今現在の美羽の顔がまるでそこに居るかのように浮かんでくるぜ…。
「お兄さん寄ってかな~い?」
キャバクラやガールズバーの客引きだろう女が声を掛ける。
「生憎だが、手持ちが無いんだ」
「え~残念~お兄さんかっこいいからサービスしちゃおっかな~って思ってたんだけど」
リップサービスと言うモノだ。男はこの甘言に騙され、破滅へと導かれる。
そんな俺の心情を知らない女は、次なる獲物を見つけたのかスーツを着たサラリーマンの元へ走っていった。
「取り敢えずこの場所から抜けた方が良いか…」
こんな所にいては美羽も分からないだろう。なにか目立つものがあれば分かりやすいんだがな。
まったくどこに行きやがったんだあの小娘は。
それからしばらく抜け出すため周辺を歩いていると、なにやら騒ぎがあるのか人だまりが出来ていた。
こういった場所では日常茶飯事な気もするが…。
関係の無い俺はその喧騒から離れるように歩みを進める。が、そんなことはお構いなしに聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「離して下さい!私は人探ししてるだけ!ちょっと退いてください!」
「そんな訳ないっしょ!こんな所に一人で来る訳にないじゃん!」
そう。美羽である。こんな所で迷子になってやがったのか。
仕方が無い。ここから丁度離れたかった所だ。美羽に案内してもらおう。
「おい。俺の連れだ。なんか用か?」
美羽の腕を掴んでいる男の腕を掴む。
「あ?なんだお前!今いい所なんだからよ、あんま邪魔しないでくれよ」
そういい美羽の方へ向き変えり謎の言葉でナンパしている。
「れ、連理さん!探したんですよ!?なんでこんな所に居るんですかっ」
美羽が化け物でも見る目で訴えてくる。
「迷子の姫様がここに居ると思ってな。ちょうど俺も飽きてきた所だ」
「迷子はあなたです!!待っておいて下さいって言ってたのに!」
ぷんぷんと怒りながら文句を言う。
「なになに、本当に知り合い?でもこんな所で女の子置いて行くなんて、そんな男ほっといて俺と遊ぼうよ」
男が尚もしつこく美羽に絡む。
「あなたいい加減鬱陶しいです。行きましょう」
そういい俺の手を引き、人混みから抜け出そうとする。
「ちょっと待てよ!まだ話は終わりじゃねぇだろ」
男の声が少し低くなる。
なんとも根性のあるナンパな事だ。
「これ以上何を言われてもあなたに靡くことはありません」
美羽がキッパリ突き放す。
「く、クソアマ!」
大衆の面前で恥をかいたのが気に食わなかったのか美羽に拳を振りかざす。
生憎美羽は既に後ろを向いているため、このままだと後頭部を直撃することだろう。
仕方ない。誰も得しないこの攻撃を止めるべく間に立ちはだかる。
「なっ!?なんだよお前!」
「なんだお前ってお前…後頭部はやめた方が良いぜ。殺す覚悟がねぇならな」
後頭部と言うか頭部は基本的に危険だ。殺すつもりが無くても死ぬ可能性がある。
こいつに人を殺す覚悟があるならば止めないが….生憎だれも得しない事になる。俺にとってもな。
こんな所で初仕事とは俺も思わなかったが…。
「連理さん早く行きましょう」
何があったのか知らずこちらに振り返り、美羽が一言申す。
全く呑気な女だ。
「ああ」
先ほど言った俺の言葉が頭から離れないのか、男が呆気に取られている。
この間に離れるのが良いだろう。
野次馬を押しのけ美羽が歓楽街から抜け出していく。
手を引かれるのは初めての経験だな。
”下”に居た頃はずっと独りだった。寂しいや恋しい等と言った感情は無かったが…。もしまた”下”に戻るとなったならば…俺は寂しいと思う事が出来るのだろうか。
そんな意味のない事を考えながら、歓楽街を抜けていくのであった。
”上”編が始まりました。暫くは上での日常?をお楽しみください。