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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
三章
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過去

昔はそこまで大切に思っていた訳では無い。寧ろ親が決めた許嫁ってだけで少しの忌避感があった。もっと仲のいい女子だって居た。だが、突然現れたその女の子と共に一緒に人生を歩んでいくなんて想像もつかなかった。


「は、ハル君…その、ううん…何でもない…」


そしてこの弱気な態度。自分の機嫌を伺って、言いたい事を素直に言えない少女に、日々鬱憤が溜まっていた。


「なんだよ!言いたい事があるなら言えよ!」な


子供にしては気が強かった方だと思う。喧嘩だってよくしていた。ちょっかいをかけては喧嘩、喧嘩を売られて喧嘩。金持ちの間では気が荒いと思われていただろう。


「ご、ごめん…」


この少女の家は金持ちだ。親の話を聞いていると分かる。親同士が仲がいいため…俺たちは良い様に道具になっている訳だ。それが子供ながら嫌だった。初めて会った時は…あんなに素敵だと思ったのにね。


子供は好きな子には虐めたくなる年頃がある。正にあれだったのかも知れない。勿論、ムカついていたのは本当だけど。


ユキは自分以外と喋る時は弱々しく無いし、楽しそうに話していたのが癪だったんだろう。独占欲の親戚みたいなものかな。


だがこんな生活も長く続く訳では無かった。ある時ギャングに資産家が襲撃される事件があった。それは”上”の世界では初めてで、衝撃的な事件だった。安全だと思われていた”上”の世界の安全神話が崩れたのが…人々にショックを与えた。


そして…ユキも被害者の一人となった。外傷があった訳では無いが…彼女の心に癒えぬ傷を残した。


そこからユキは塞ぎ込んでしまった。友達とも会わず、親とも会話をしなくなった。それは自分も例外では無かった。その事件以来…ユキとめっきり合わなくなってしまった。


そして月日が流れた。自分は大学へと進学し、様々な知見、学を得た。神童として持て囃され、自分も調子に乗っていた。


だが、ずっとユキの事が心残りだった。あれから何かあったのだろうか、そう思い、彼女の家に行くことに決めた。時間が長く流れたから彼女も元気になっていると思った。


だが...現実は非常だった。彼女は心の病で…目覚めぬ体となってしまっていた。どうやら絶望病と言われるものらしい。


自分の婚約者がこんな事になっているなんて…知らなかった。いいや…知ろうとしなかったんだ。


彼女の傍に置かれた手紙には…自分に対する恨み辛みが…書かれて居なかった。不思議だった、こんな自分を憎まず、ただ…慕ってくれている事だけが…綴られていた。不思議…いままで優しくした覚えも無かった。デートをした記憶も無い。なのに…何故?


彼女はこんなにも自分を慕ってくれていたと言うのに…自分は?私は何をしていたんだ?


神童と持て囃された男が…その時初めて…絶望を知る。




時が流れた。新たに学園長となった。未だにユキは目覚めない。


「永劫回帰」


無限に続く時の牢獄。私は毎度ユキを助ける事が出来ないのだろうか。その苦しみは…耐えがたいものに成るだろうね…。


「天城君か。彼女に会いに?」


「そうだね。君は最近子供が生まれたと聞いたよ。おめでとう」


学生時代からの知り合い…我妻。彼は今幸福の絶頂に居る。愛する妻と結婚し、子供が出来た。


彼にはお世話になった。ユキを預けておくには…最適な人物だ。


「はっは…ありがとう。だが妻が最近冷たくてね…夜は寂しいさ」


子供が出来た人間は皆そう言う。私とユキが…いや、辞めておこう。考えたって虚しくなるだけだからね。


「それより…天城は絶望病についてどう思う?」


不治の病なのは間違いないが…彼はそんな回答を望んでは無いだろう。


「目覚めない理由には皆目見当も付かないさ…ただ、仮説を一つ上げるとするならば…


何かに脳の処理全てを持って行かれている事かな」


「流石天城…。僕も大体同じ結論に至ったよ」


「だが、原因が分からない。何にそんなリソースを吐いている?」


「それは分からないけどね…多分夢を見ているんだよ…長い夢を」


夢…か。ユキも夢を見ているのだろうか…。そこに自分は居るのだろうか…少し不安になってくるね。


「夢が終わらない限り…目覚める事は無い…か?」


「ご名答!夢に終わりがあれば…目覚める可能性があるよ」


それは嬉しい可能性だね。目覚めないと言われるよりは…希望が持てる。勿論、全てが仮説でしか無いのだけどね。


「ユキにお休みだけ言って帰るよ」




そして…それを決定付ける確信を得ることになる。


「ハル君、何?幽霊なんか見るような顔をして」


目の前に宙に浮くユキが居た。


「キミは絶望病で寝たきりの筈では…?」


「ふふっ…それは今の私でしょ?私は私。ユキであり…ユキじゃない」


どう言う事だろうか。仮に…ユキが目覚めたとして…宙に浮いている事、それに口調が説明が付かない。俺の知っているユキとはまた別のユキだ。


「私の仮定の中には…世界が循環すると言う仮説もあるが…まさか君は…過去のユキ…即ち旧世界のユキという事かな?」


「流石ハル君。頭良いね。私なんか”視て”も暫く理解出来なかったよ?」


彼女は幻影だ。命がある訳では無い…記憶の見せる幻影なんだ。だとするならば…循環させている原因がある筈だ。本来時間に円環的性質は無い。だが…今こうして…循環を示唆する事が起こっている。


「あなたに見せてあげる…これまでの軌跡…あるいは…悪夢を」


そうして…私の脳に莫大な負荷がかかることになった。





様々な絶望、希望を見た。ユキと結ばれる世界、ユキと死別する世界。だが、何時からか…ユキは絶望病になる事が運命に決めつけられていた。彼女も思い出してしまったのだろう…世界の全てを。


幾星霜と、世界が繰り返している。それは私たちのせいを無価値にさせる物だ。人は時間があるからこそ…価値を放つ。時間と言う概念から解放された人類に…価値は無い。


そして…幾万と繰り返した。絶望に魅せられながらも…私は諦める事はしなかった。いずれ来る…”明日”の為に。


そして何度も何度も今日と言う空虚な日を繰り返し…歩む。天城としてでは無い…婚約者として。


そしてついに叢雲が行ってきた計画が見えて来た。”鳥籠”...この大きなあまりにも大きい装置について。調べる内に…自身の中の哲学が崩れる事もあった。この世界が存在する理由、終わらせない意思…それら全てが…世界にとって…人類にとって、必要悪として…君臨していたのだ。


そして君臨し続ける…叢雲。奴に出来ない事など無い…。遺伝子操作によって完全無欠な人間としてこの世に産まれたからだ。それは叢雲の意思…あるいは世界の意思。


知らなければ良かったのかも知れない。だが、知ってしまった以上…ワタシには明日を取り戻す権利が、義務がある。勿論、世界の為なんて大それた事では無い。…またユキの……笑った顔が見たいだけなんだけどね。


世界にとって、何が正しいか、正しくないか、それを示す絶対的存在…あるいは”神”とでも呼ぼうか。その神が…死んだ世界ならば、誰が導き、明日を示す?


意思無き人類が目指す先は永劫の時の監獄。徐々に崩壊し…何れ誰もが居なくなる。世界は憶えている…いくら神の如き装置を作ったとしても…世界は徐々に記憶を取り戻す。


ヴァニタスの鳥籠…そして…”鍵”。”鍵”は託せた。あとは任せたよ…この虚無から目覚める一撃を…かましてくれよ?

長らくお待たせしました。すいません...サブで投稿したダンジョンものが思ったよりも書くのが楽しくて...つい

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