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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
三章
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幻影

「彼は来ないみたいだね」


「正義の在り方…希望はどう思ってるの?」


正義の在り方、勿論考えたこともあった。だが...俺に課せられた使命はそれよりもずっと重く俺に圧し掛かっている。


「勿論、正義だと思うよ。ただ、彼らも決して悪ではない。寧ろ…全体的に見れば俺が一番のあくかもね」


この世界の番人。それを人類は望んでいないだろう。だが、俺にしか分からないこともある。これを悪と言うならば魔王として世界に君臨してもいい。それが世界を護ることになるならね…。


「私には希望の抱えるものが分からない。でも...一人で抱え込まないで、私を少しは頼ってよ…」


フィルの切実な思い。勿論俺だってそうしたい。でもそういう訳にもいかないんだ。すまないね…。


「その時が…来れば」


「またそれ…でもあなたを信じてる」


この笑顔を護る為に俺は世界を敵に回そう。例え永劫の檻に囚われてもね。



「彼は来なかったか…希望くん」


「理事長、お久しぶりです」


慇懃な態度で希望が対峙する。解ってはいた、この男が学園にずっと居たことは。


解ってはいてもどうすることも出来ないけどね。


「連理…彼はもう来ないですよ」


「そうかな?私は今回の彼は少し異質だと感じたけどね」


記憶が無い事だろうか?ただの世界のバグだと思っているが、理事長はそう思っていないらしい。


記憶を失う事によるメリット何て存在しない。それに…彼の本質は変わらないしね。


「トワイライト…それを発明したことは素直に褒め称えたい所なんですけど、生憎都合が悪いんですよ」


世界の安寧を護る為にね...。トワイライトが普及すれば世界の秘密を知った人類が増えてしまう。


「この偽りの世界を知ってしまうから…そうだね?」


こんなやり取りも何回もした。彼は特別だ、記憶保持しても正気を保っていられる。


「この世界が怖るのが本当の世界の破滅にも繋がるから、理事長もある程度は理解してるでしょう?」


「それはどうだろう。元の世界が破滅するなんて決まった訳じゃ無い。決定論は嫌いなんだ」


「勿論決定論とまでは言ってません。確率の話ですよ。この世界で十分じゃ無いですか?」


そう、普通に生きる分に何も問題は無い。彼の愛する人のように思い出して狂ってしまう事もあるけどね。確率何て極稀だ。


「私が生きる世界はユキと一緒に居られる世界でありたい、そう思うのは我儘だと思うかい?」


「一緒に居られますよ。目覚めることはありませんけどね」


それは死んでいるのと変わりない。自分でだって分かっているさ。このままだといずれ絶望症患者が増えていく一方だって事も。だが、それでも世界を護らねばならない。幾億の時が経っても絶望症の患者は殆どいない。


「キミは分からず屋だね。私にとってユキが世界の全てだ。そのユキが居ない世界に価値があると思うかい?」


「勿論それも理解してますよ」


「いいや、理解していない。キミは世界とその少女、どっちが大切だと思っている?」


「勿論、どちらもですよ。世界を護ることがフィルを護る事になる」


「違う、違うよ。何故ここまで生きて辿り着けないんだろうね...。キミが全てを持っていた故…か」


「本質は同じでしょう?お互い”護る力”を欲したのだから」


「はは…彼は先日こう言ったんだ…”護りきる力”ってね」


”護りきる力”ね。だから何だと言うのだろう。


「分かっていないようだね。私も後から思い返して違いに気付いたよ」


「少し長話でしたね。そろそろご退場願いましょう…。次はどんな世界になるか楽しみに待っていて下さい」


「ははっ!次はもしかしたら…来ないかも知れないね?」


戯言だ。俺が負ける訳も無い、それに今回の彼は記憶が無いからね。勝負にすらならないさ。


「……彼が来たようです」


外に彼の気配がある。今の彼はここに来れないと思っていたんだけどね。


思ったより早く整理がついたみたいだ。





「ここだな」


病院の地下、研究が行われていたであろうラボがあった。


気配がある、多分だがあのおっさんだろう。


「ちと遅れちまったみてぇだな」


中に入りつつ言う。既に中には理事長…おっさんとキルが居た。


「希望くん曰く、キミはここには来ないと聞いていたけどね?」


何の話だ?来るって決めたのもついさっきだ、強ち間違いでは無いのかもしれない。


「意外だね…どうして来たんだ?」


キルが驚いたような顔で言う。そこまで驚く事なのか俺には分からんが…。


理由は単純だ。


「お前らの正義って奴を見に来たんだよ。邪魔するつもりもねぇ、やり合うなら俺は介入しない」


「薄情だね。理事長が目の前で助けを請っていてもかな?」


「ああ、手出しはしない。それが俺の役目だ」


解答を持たない俺がでしゃばる幕は無い。こいつらにどんな因縁が有るのかも知らない。ただ、正義を見届けたい、それだけだ。


「確かに…”今回”の彼は異質かも知れませんね」


「”今回”だぁ?お前らは何を知ってやがる?」


ずっと気になっていた。会話の違和感に…。まるで世界が多数あるかのような言い方、それに生きている年数が違うという意味。


「話は以上だ。さぁ…キミと私の正義、どっちが世界に祝福されるかな?」


理事長が話を遮る。埃っぽい室内。すえた薬品の香り、肌で感じるこの空気感。すべてがどこか懐かしい。初めてではない、そんな感覚。


「とは言っても、私は喧嘩も強く無ければ銃も持ってない。お手上げ状態だね」


見た目は普通のおっさんだ。体格もごく普通。キルに敵うなんて到底思わない。だが、どこか不気味なその雰囲気はジョーカーのごとく盤面をひっくり返す…それを思わせる程、気味の悪い物であった。


「理事長がどんだけ弱かろうと…ここで退場してもらうのは変わりません」


懐から何かを取り出す。多分だが…拳銃の類だろう。


一瞬で終わりそうな雰囲気がするが…どうするんだ?


「キミにはどんな手を使っても勝てなかった。ならばどうするのが正解だと思う?」


さぁな。諦めるななんて月並みな言葉、価値もない。正解も無ければ不正解も無い。そんな事考えるだけ無駄、以前ならそう思っていたかもな。


「諦めるのも一つの手だと思いますけどね。実際理事長は諦めている」


本当にそうか?この男が諦めているなんて到底思えないが…。この二人は多分だが…世界の謎について知っているのだろう。だからこそ死ぬことすら恐怖と感じていない。


「負ける前提で全て進めたら良いと思ったんだよ。勝とうとなんてせずにね」


「それに意味はあるんですか?貴方は死に、トワイライトもこの世から消される」


負ける前提か、確かにそれは有効な手段化も知れない。このおっさんみたいに自身の生への執着が無い奴ならば特に。


だが…どうすると言うんだ?死んだ後どうなるかなんて分かる訳が無い。


「トワイライトは既に用済みなんだよ。それに私の願いはただ一つだからね」


「愛する人を”護る事”ですか?浅いですね、だから俺に勝てない。これまでも、これからもね」


「本当にそうか?俺はこいつの本質は”護る事”じゃないと思うぜ」


何故だか、そんな気がした。別にこのおっさんの事を詳しくしている訳では無い。過去も知らなければ年齢も何もかも知らん。


「この世界で私の”役目”はもう終わった、後は任せるとしよう」


誰に、何を任せるのか、それすら明かさずに死のうとするのか。


「ユキ、次会う時は一緒に……」


鼓動の音が一つ、鳴りやんだ。自決か?ただ、今おっさんが死んだ事だけは事実としてそこにあった。


「こんな結末は初めてだ。何を考えているんだろうね」


キル…希望が言う。


「ハル君…また逝ってしまったのね…。私は貴方が傍に居てくれるだけで良かった」


誰だ!?気配を全く感じなかった。


「女…か?それにどこかで見たような」


確か…病室で眠っていた少女だった。何故ここに居る?それに…気配が全くない。それこそお化け屋敷の幽霊のような、そんな感じだ。


「幻影…やはり彼にも見えていたか」


希望が呟く。……幻影?なんだそれは?


「幻影ってなんだ?お前は一体何を知っている」


「幻影は記憶の残滓、あるいは愛の可視化」


「どうなってやがるこの世界は!?ヴァニタスの鳥籠だか、なんだか知らねぇけどよ歪なんだよ全てが!」


「記憶が失ってもそこまでは辿りつけたんだね。驚愕だよ俺は」


「何を知ってる!?ヴァニタスの鳥籠も、幻影も、何もかもが分からねぇんだよ!!」


「それを知って何になる?知識欲を満たしたいだけか?」


何か、重要な事を忘れてる気がする。俺の使命…何か、何か重要な事を…。


「鍵は託したのね…ありがとうハル君」


そう言って幻影が消える。鍵?


「鍵だと...?」


鍵…。何故か大事なものの様な気がする。何故だ?


「鍵は確かに壊した筈だ。何を今さら…」


希望が怪訝そうな顔をする。


「っっっ!?!?」


途轍もない激痛が脳を直撃する。


またか…。


俺の意識は一瞬にして失われてしまった。

呆気なく終わりましたね。まあ後々、理事長の言った事が効いてくる時が決ます!

次は理事長の過去編、ユキとの出会いなどをメインとした回になります!

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