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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
三章
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自身の哲学Ⅱ

自身の哲学は存在意義の観点から非常に重要なモノだと俺は考えていた。行動原理とでも言えばいいのか、それは自身の哲学から来るものだと。俺は記憶を求めて行動していたし、最近は記憶よりも美羽の傍に居たいという行動原理で行動していた。


…だが、今回の件はどうだ?俺の関係ない所で作った薬、製造法は問題があるが…絶望症の特効薬でもある。それにより救われる命もやはり存在する。


それに…命の価値は等しくない。それは”下”で痛感した筈だろ?あの親子はどうなった?誰にも悲しまれず、懸命に生きてきたはずが、一夜にして全てを奪われた。命の価値なんて等しい訳が無いんだ。そんなことは俺は解っていた。


じゃあ何故今回の件を阻止しようとしている?己の哲学の外側じゃないか?それに…もし美羽が絶望症に罹ったらどうする?トワイライトが無ければ美羽は人としての人生を歩めるのか?歩めないだろうな。一目見たあの少女はただ、寝ているようで本質は死に近かった。それが美羽にも降りかかったら?俺はトワイライトを否定することが出来るのか?いや出来る筈が無いんだよ。俺だって美羽を助けるために人を殺した。その本質は変わらないんだ。自己中心的、いや自身への甘さ、驕りとでも言うべきか。


行動原理…自己の哲学に対する疑心。まさか、こんな事が自分に起きるなんてな…夢にも見なかった。


今回の件はどうするのが俺の行動原理として正しいんだ?使われている脳は”下”の身寄りも何も居ない人間の脳。居なくなろうが誰も悲しむことは無い。ならば自身の愛する人を助ける為ならばそれは倫理では許されなくとも、自己の哲学では正しい事なんだろう。倫理は作られた虚像だ。その本質は無に等しい。何故人を殺してはダメなのか、何故ものを盗んではいけないのか。倫理は人を檻に閉じ込める為の枷に過ぎない。大事なのは自己の哲学だ。ならば今回の件は俺の哲学の理外だ。


そうだ、これは俺の踏み入れる話では無い…。


「どうしたの連理?神妙そうな顔して...」


美羽が心配そうな眼で見つめてくる。俺はこの眼が好きだ。紺碧の美しい双眼、誰しもが魅了されるその青に…。


「なぁ…美羽は俺が絶病症になったらどうするんだ?」


美羽ならば明確な回答を持っている…そんな気がした。俺の勝手な推測だ。それは美羽に対する羨みもあるだろう。


「連理が…そうなればもしかしたら理事長のようになっていたかも知れない。でも、連理は絶対に私を一人にはしないって言ってくれたもんね!」


はにかみながら言う。変な事を口走ってしまったみてぇだ。実質的なプロポーズをしてしまったのかも知れない。


「そうかもな。いや、そうだな、お前を一人にはしねぇよ」


「私も連理を一人にはしないから、そこは安心していいよ!」


心強いな。少しは気分が紛れた気がする。


「美羽、手繋ごうぜ」


「え…急にどうしたの?勿論良いけど」


俺達は恋人同士だ。もしかしたらそれ以上の関係かも知れない。俺の自惚れかも知れないが。


「むふふ…連理の手、おっきいね」


「お前が小さいんだ」


その小さな手を決して離さない様強く握りしめた。美羽もそんな俺に呼応してか精いっぱいの力で握り返してくれる。


このひと時の幸福が俺には歯がゆく、でも確実に心に清涼剤として機能しているのだった。



生まれながらにして全てを持ち合わせていた。権力、その権力に相応しい学力、身体能力、また己の哲学も。だからこそ退屈だったんだ、この世界が。すべての人間は俺には敵わない。父も母も俺を恐れた。二人とも天才と呼ばれる類の人物だったが、俺を恐れた。叢雲は代々優秀な遺伝子だけを残してきた。優生思想の強い先祖だったんだろう。その結果俺が生まれた。


ある日気まぐれで”下”の世界に行っていた。本の気まぐれだ、特に目的も無いし、暇つぶしってだけだった。


だが…”下”の世界は俺の知っている世界では無かった。あそこは地獄だった。倫理なんて存在しない、正義も、悪も形は様々だが、そこの住人は各々の正義があった。


ギャングのに興味を持ちギャングの居城に潜入したこともあった。女は犯され、男は殺され地獄何て生温いとすら感じた。だが…何故かそれが醜いとは思わなかった。


そんな地獄で出会ったんだ、天使と。


「うぅ、お母さん…」


その子は満足に食事を与えられていないのだろう。男か女かも判別が付かない程やつれていた。髪の毛もぼさぼさ、肌は黒く汚れきっており、悪臭が鼻を劈く。


その少女の母親は多分あそこで事切れ居ている女の事だろう。多分ギャングに輪された後に殺されたんだろう。運が無かったな。


年端も行かない少女には受け入れる事すらできなかっただろう。泣き叫んで否定する事しか出来ない。


「生きたい?僕ならばそれを叶えて上げられるよ」


少女からすれば虚空から少年が出て来たように見えるだろう。


「だ、誰!?幽霊!?いや!」


反応は拒絶。まあ仕方のない事だ。今やこの世界の全てを否定したくなるだろう。


「静かに、君は生きたいかい?それともこのまま地獄で朽ち果てるかい?」


静かに、ゆっくりと子供をあやすように諭す。少女は少し平静を取り戻したのか、叫ぶことは無くなった。思ったより聡明なレディだったみたいだ。


「い、生きたい…でも私何もない…」


「生きたい、分かったよ。君は今から叢雲の当主として世界を統べて貰う」


少女は俺が何を言っているのか理解していないだろう。今はそれでいい。これは契約だ。


「俺は希望、君は…」


「名前…ふぃりあ」


フィリアか…その意味は友愛、親愛と言う意味だ。母親から愛されて生まれてきたのだろう。その意思、俺が引き受けよう。


「じゃあフィルって呼ばせてもらうね。俺は希望で良いよ」


これが俺とフィリア…フィルとの出会いだった。


その出会いからか、俺が変わったのは。いや、自分で変えていったのだろう。無意識だけど。


フィルは叢雲当主として全面的に出していった。初めはフィルは戸惑っていたが、自分に課せられた契約をちゃんとこなしていた。


これで俺は契約を滞りなく遂行することが出来る。そう...フィルを”護る”っていうね。何時しか、フィルも俺も互いに惹かれていった。いや…俺に関しては一目ぼれに近い。


互いに好意を持ったら行きつく先は勿論一つだ。俺たちは結ばれ、より強固な契約となった。


ある日、俺は叢雲の秘蔵の書庫に籠っていた。世界の在り方に疑問を感じたからだ。叢雲は世界の支配者だ。なにか重要な事が記載されているかも知れない…。


実際その思惑通り、世界の秘密とでも言える事を知ってしまった。叢雲家が代々行ってきたこと。その全てを。


”ヴァニタスの鳥籠”…この装置を我々はそう呼んだ。そこからか世界が歪んで行ったのは。


世界は”廻って”いる。いや、無限に繰り返していると言った方がより分かり易いだろう。永劫回帰と言う言葉があるが…似たようなものかも知れない。


時間の円環的性質は昔から議論されてきた。だからこそこんな神の如きシステムが出来た訳だが…。


本質的な事を言うと俺たちは生きているが…死んでいるのと変わらない。そんな世界のシステムだった。……だが、それは必要な事だった。これが破壊されれば全ての人が、希望が崩れ去る事になるからだ。


世界は永劫の檻に閉じ込められた。だからこそ鳥籠と皮肉ったのかも知れない。閉じこもった…いや、身を護ったという方が正しいか。


そして…思い出した。いつごろか…フィルの”幻影”が見えだした。精神に異常をきたしたのだと思った。だが、この”幻影”は全てを知っていた。世界を、世界の秘密すらも。


そして...”未来”のことも全て知っていた。だが、この世界は”決定論”によって支配されていなかった。フィルの言う未来とは違う事も起こった。


「希望もすぐ思い出すわ…だってあなたは世界の秩序を守る叢雲なのだから」


初めは何を言っているのか分からなかった。だが…思い出した。いや、思い出してしまった。


正直知らないままで良かった。一人で背負うには重すぎる…重すぎたんだ。だが、俺はフィルを死なせないと契約した。それは呪のように俺を縛り付けた。


幾億の時を思い出した。脳が処理をしきれずに廃人になると思った。だが...俺の脳は全て処理しきってしまった。だからこそ役目は俺に託されていた。


中には突如思い出して廃人になった奴もいる。”絶望症”って奴だ。それは世界が廻っても治る事は無かった。この世界が崩壊するまで治る事は無いだろう。それはもう治る事の無い不治の病だ。この世界を壊すことは世界の破滅を意味するからね。


だが、世界には超人と呼ばれる類の人類が居た。思い出して正気を保っていられる奴の事を超人と俺は呼んでいる。超人は世界を元の姿に戻そうと俺と相対することとなった。だが...その力は俺に比べてちっぽけだった。権力も全てを持つ俺には誰も歯が立たなかった。


愛する人を取り戻すために絶望症の特効薬を作った奴も居た。素直に尊敬できることだった。だが、都合が悪いかった。今まで全部俺が壊した。”世界を護る為”に…。いいや…愛する人を”護る為”…かな。


「希望…考え事?珍しいあなたがそんな顔をするの」


天使が目の前に居た。このフィルは現世にしっかりと存在する本当のフィル。俺の愛する人…。


「そうかい?俺だって偶には考え事位するよ」


「その顔…また何か思い詰めてる。でもまだ私には何も教えてくれないのでしょ?」


申しわけないく思う。ただ、世界を護る為、君を護る為…必要な事なんだ。


「いずれ…その時が来ればだね」


「いつもそればっかり。でも希望は選択を間違えない。私がそれを一番知ってるから」


選択を間違えないか…本当に俺は選択を間違えていないのだろうか?この世界を護るという使命も自分のエゴじゃないか?本当は使命なんて託されていない。そうじゃないか?


いや…止めておこう。今さら止まる権利何て俺に無いのだから。世界の秩序は俺が”護りきって”見せるさ。

ちょっと世界の謎が解明されてきましたね。まあ、希望の独白なので主人公たちはまだ知らないんですけどね(笑)


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