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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
一章
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新たな刺客

「またお得意のはったりか…。いい加減私に意味が無いと理解できないか?」


 この殺気に気が付いていないのだろう。


「ひひひ……こいつぁ久々の獲物だぁ」


 角から男が急に姿を現す。その気持ち悪い視線と殺気を向けながら。


「な、なんだこいつは」


 先ほどまで睨みあっていた男も急な出来事に困惑している様子だった。


「今夜は宴かぁ?それとも殺戮かぁ?」


 俺は背負っている美羽をゆっくりと降ろす。


「起きろ。じゃないと死ぬぞ」


 俺が美羽に対し冷たく言い放つ。


 その冷え切った言葉に、背中に揺られながらで全く起きなかった美羽がゆっくりと目を覚ます。


「れ、連理さん?どうしたんですか」


 起きた美羽は冷えきった俺の目を見て心配そうにする。


「美羽様!その男から離れてください!!」


 男が叫ぶ。


 その声に聞き覚えがあったのか美羽が振り向く。


「し、しんじさん!?どうしてここに…」


 さっきまで睨みあっていたコイツの名前はしんじと言うらしい。知り合いらしいな。


「連理さんは悪い人じゃありません!」


 美羽が叫ぶ。


「ひひっ!こいつぁ何を見せられてんだぁ」


 男が気持ち悪い笑みを浮かべながら言う。


「美羽、こいつは信じていいのか?」


 しんじと言う男が信用に値するかを尋ねる。それが今最重要な事だ。


「う、うーん。信じていいのかなぁ?」


 なにやら煮え切らない答えが返って来た。


「み、美羽様!今はそんな冗談を言っている暇はありません!」


「だってあなた最近変な事企んでいるの、筒抜けですよ」


 しんじと呼ばれた男が苦虫をかむ潰したような顔になる。


「どういう事だ?こいつはお前の護衛じゃ無いのか?」


「ち、違いますよ!お父様の知り合いのご子息の方です…。最近付きまとってくるのが鬱陶しかったんです」


「だ、そうだな」


「クソっ!クソっ!お前はいつも俺の思い通りにならない!」


 本性を現し始めた。あ、あぶなぁ…。こいつに渡してたらとんでもないことになってたかも知れないな…。


「ひひひ…俺も混ぜてくれよぉぅ」


 気持ち悪い男が言う。常に気持ち悪い雰囲気と笑みを張り付けている。


「お前は何なんだ!いきなり邪魔してくるんじゃない!」


 しんじとやらが怒りに任せ怒鳴りながら男に殴りかかる。


「なっ!?ぐっ………」


 しんじの放ったパンチが男に当たる。


 しかし、倒れたのはしんじの方だった。


「今日は久しぶりに焼き肉だぁ…ステーキも悪くないなぁ」


 男が言う。


「な、何を言っているのですかあの人は…?」


 美羽が恐怖の籠った声で言う。


「そのままの意味じゃねぇか…。悪趣味だと思うがな」


 俺の言ったことを理解したのだろう。美羽の顔面が蒼白になる。


「あいつを助けるのは諦めろ」


「で、ですが…見殺しになんて出来ません……」


「今日は運がいいなぁ。女も手に入っちまったなぁ」


「勝手に盛り上がってんなよおっさん」


 邪魔が無い分やりやすくはなったか。


「綺麗ごとだけじゃ生きて行けねぇんだよ」


「ひひっ!よぉくわかってんなぁ」


 男が言う。ここはそんな甘い世界ではない。


「あぁそういえば…その辺になんか落ちてねぇかぁ?」


 男が意味深な事を言う。こんな瓦礫の山で判別など出来やしない。


 ……本来ならな。


「ひっ…」


 美羽が小さく嗚咽する。


 瓦礫の山、その一角に何やら丸い物がある。


「趣味が悪い事この上無いな…」


 丸いものはボールでも何でもない。人の頭部だったものだ。


 死後間もないのだろう。腐っても無ければ、未だに血が滴っている。


「こ、これ今朝の人……おえっ」


 美羽がついに嘔吐く。一日何も食べていないのか胃液のみであったが、その精神的ショックは想像に難くないだろう。


 それも今朝に出会った男だ。この男もここに来ていたのか運悪くこの男に捕まってしまったようだ。


「胴体はどうした?食べたわけでもないだろ?」


「胴体はよぉ、バラして売っちまったよぉぅ」


 入り口の奴らに売ったのだろう。臓器は”下”でも一定の価値はある。特に若い奴の臓器は価値が高い。


「今日は運がいいなぁ。戻ってきたらまた獲物が増えてやがるなんてよぉぅ」


「美羽、ここからはお前を完全に護れるとは限らない。自分で判断して逃げろ」


 俺が死ぬことは無いが、護りながら戦うのは初めてだ。勝手が分からない。


「ナイト気取りかぁ?そんな奴らを何匹も殺してきたんだよなぁ」


 気色の悪い笑みを浮かべ舌なめずりをする。生理的に嫌悪感を抱いてしまう。


 俺の中のスイッチを切り替える。


 そうでもしないとこっちがやられる可能性があるからな。


「ひひっ…。その殺気只者じゃねぇなぁ」


「俺も殺し合いは嫌いじゃないぜ。特にお前みたいな弱者との殺し合いはな」


 もう一段ギアを上げる。ここ最近はこんな諍いが無かったから久しぶりだな…。


「なんだこの殺気……ひ、ひひっ」


 男が汗を滲ませる。相手にとって想定外だったのだろう。


「急いでんだ。こんなとこで諍いを起こすのはお互い不毛じゃねぇか?」


 それに…この騒ぎに乗じて漁夫の利を狙う輩も来る可能性がある。


 そうなった場合に美羽に凄惨な光景を見せる事になる。それは年頃の少女にとっては精神衛生的に良くないだろう。


「ひひっ!それは出来ないなぁ」


 平和的解決は出来ないか。


 仕方がない。切り替えるか…。


「ったく。ここの奴らは話し合いってもんが出来やしねぇな」


 思考が完全に切り替わる。これで後れを取ることは無い。此奴相手にはな。


「ひひひ…。これで”上”に行く金があつまるなぁ」


 なんだと…?今、こいつはなんて言った。


 ”上”に行くための金だと?


「なんだと?お前今何て言ったんだ」


「ひひひ……。お前には関係の無い事だなぁ」


 何だってんだ…。ここ最近ここの奴らの活動が盛んだったのに関係があるのか?


 俺の知らない間に何か良からぬ噂が流れたのかも知れないな。


「じゃあ無理にでも聞くとするか」


「ひひひ…遅いぜぇ!」


 男がこっちとの間合いを詰めてくる。その速度はおおよそ人間とは思えない。まるでネコ科の猛獣の様だ。


「生憎俺には関係ないがな」


 腰の関節に力を入れ。踏み込む形を作る。


 男も俺が臨戦態勢を取ったのに気づき、警戒を固めた瞬間。


 バキっ!っと鈍い音がする。その音の発生源は俺だ。


 関節に溜まった力を開放する。


 その力は相手の想像を遥かに上回った事だろう。


 実際俺の関節にかかった負荷は尋常ではない。要するに身を削った必殺技ってところか。


「なっ!?ふげっ!!」


 男は満足に声を上げることも無く吹き飛んでいく。


「時間の無駄だったな」


 仮にコイツが強者ならば少しの愉悦が得られたのだろうが…。生憎そうでは無かったらしい。


 もっと愉しむならばもっと奥の奴らが良い。


「れ、連理さん…大丈夫ですか?」


 俺を心配してか美羽が問いかける。


 ダメだ…少し好戦的になってしまっている。


「ああ...。すまないな。ちょっと待っててくれ」


 俺にはするべきことがある。今はこいつに構っている余裕はない。


 俺は男に歩みを進める。男は今は完全に意識を失っているのか動く気配がない。


 しかしながらこいつには目覚めて貰う必要がある。


「起きろ」


 一言声を掛ける。大した声量では無いが、男の覚醒には十分な声量だったらしい。


「ひ、ひひっ…なんだお前はよぉ」


 その眼には恐怖や怯えなどの色が見える。


「なに…さっき聞けなかった事を教えて貰おうと思ってな」


「”上”の事かぁ?それはお前には関係の無い事だなぁ」


「それを決めるのはお前じゃない。話さないなら仕方が無い」


 何かに口止めをされているのか。それとも本当に関係が無い話なのか。それは俺が決める事だな。


「うひひひひひ…………お前みたいな偽善者が出来ることは無いねぇ」


 そういった後男が動かなくなる。


「薬でも隠し持ってたか」


 重要な情報を知ることは出来なかったが…まあいい。


 自分の中の思考を切り替える。……これで大丈夫だな。


「すまなかったな。早く戻ろう」


 美羽の知り合いの男を抱えながら美羽に言う。


 コイツを助ける気はさらさら無かったが、敵が居なくなった以上見捨ててしまうと美羽に怒られそうだ。


「あの、その人はどうしたんでしょう…」


 先ほど自死した男を眺めながら言う。


 美羽からは死んだように見えていないだろう。


「少しの間意識を失っているだけだ。心配しなくとも”殺して”は居ない」


 殺しては…な。俺の攻撃で死んだ訳では無い。それは間違いない事実だ。まあ内臓が幾つか壊れていただろうから時間の問題ではあったが…。


「それなら良かったです…。連理さんが私の為に手を穢すのを見たくありませんから…」


 ……まあ知る必要のない真実を知ることも無い。


 そこからは来た道を静かに戻るだけだった。


 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


「ここまで来れば十分だな。お前ひとりで帰れるか?」


 因みに気絶している男は道端に捨ててきた。ここら辺は治安が良い。死ぬことは無いだろう。


 恥をかくことにはなると思うがな…。


「はい!今日はありがとうございましたっ!またよろしくお願いしますね!」


 元気に手を挙げアピールする。この少女からすれば今日の出来事は簡単に受け入れられる事では無いだろうが…。見かけの元気は取り繕っているのだろう。


「ああ...。もっと”上”の事について知りたいからな」


 この少女には期待している。”上”についての情報源は貴重だ。


 そうして俺たちは別れた。今日の出来事を忘れることは無いだろう。それは少女も同じだろう。


 運命の出会いと言うのは得てして突然だ。


 これから激動の人生に成ることを二人は知る由も無いが。既に運命の歯車が動き出していた…。

一章と言うか序章はこれでお終いです。ここまで読んでもらいありがとうございます!

次からの章は”上”の世界の学園生活や、美羽との日々を予定しています。


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