悪夢
長い夢を見ていたようだ。
あの女は元気にしているのだろうか。あれ以降会う事は無かったが、それは安全な”上”の世界で暮らしているという事だろう。無茶をする必要も無い。
「連理さん朝食の用意が出来ました」
メイドの声がする。今日は思っていたより長く眠っていたみたいだ。
”下”で目覚めた時の夢。あれから一向に俺の記憶は戻る気配が無い。むしろ記憶なんて元から無かったんじゃ無いかと勘違いする位に…。
「すぐ行くぜ…」
足が、体がいつもより重たい。こんな事は初めてだ。
「はぁっ…はぁ…」
視界も揺らいでいる。これはもしや…風邪か?
初めてだな…。だが、この程度で止まる訳にはいかない。
。
「連理、どうしたの?いつもなら猛ダッシュで朝食に来るのに…」
俺から何か違和感を感じるのか、美羽が聞いてくる。
「あぁ...いや、寝すぎたみてぇだ」
食欲も湧かない。だが、食べれるときに食べなければ…。
「ちょ、ちょっと連理!?ねぇっ!連理ったら!」
駄目だ…意識を保てそうにない。美羽の心配そうな声が俺の脳を揺らす。
今起きたばっかだってのに…。
「ユキ!病院に急いで連絡を!それと今日は学園を休むのでその連絡を」
「は、はい!」
。
。
。
「お兄ちゃん!今日は泊って行ってよ!」
これは夢だ。そう...夢なんだ。
「あぁ...そうするか…」
しかし…子供の顔が崩れていく。
「オ...二いチャン…タすけ…テ…」
やめろ…。やめてくれ…。
「……り!連理!」
あぁ...心地よい声だ。不思議と安らぐ…そんな声がする。
。
「……どこだ?」
知らん天井がある。と言うより嫌な夢を見た気がする。今までこんな事は無かったんだがな…。
「連理っ!大丈夫なの!?」
心配そうな眼で美羽が覗き込む。その完璧な紺碧の双眼に少しの間見とれてしまう。
「ここは何処だ?…俺の飯は何処に行った…」
「もうっ!心配ばっか掛けさせて…ご飯食べてる時に倒れちゃったんじゃない!」
あぁ、そういえば…そうだったな。
「俺はもう大丈夫だ。早く学園に…ぐっ…」
全く大丈夫では無いらしい。
「もう、無理はしないで。今日は安静に…熱が四十度もあったんだから」
「失礼するよ…おっと、目を覚ましていたんだね」
部屋に初老のおっさんが入ってくる。その身なりからして医者であろうことが分かる。
「それで...連理は大丈夫なんですか...?」
「…単刀直入に言おうか、分からないんだ。原因も何もかも」
おいおい、不穏だな。
「そんな…今までずっと、ずっと元気だったんですっ!」
病気なんて罹った記憶は無い。初めての感覚だな。
「ウイルス性でもない、それに内臓系統がやられている訳でもない…すまないが…お手上げ状態だ」
多分だが…ある程度の検査はしたのだろう。俺の手には採血をした後がある。
只の風邪だと思ったが…意外とそうでもないらしい。
「どうなっちゃうの...連理…」
今にも泣きだしそうな顔をする。何故、俺の為にそんな顔が出来るのか。逆の立場になった時に俺は同じ顔が出来るのか?
いや…そんな仮定に意味は無いか。
「解熱剤も全く効いていないからね…彼には何か特別な抗体が有るのかも知れない」
おいおい、俺は薬中でもなんでも無いぜ。
「おいおっさん、何勝手に話を進めてやがる。俺はもう大丈夫だつってんだろ」
点滴、その他の俺に繋がれている管を全て引き抜く。
「れ、連理!?今は安静に…」
「はっ...食って動いてたら治るだろ」
「き、君…最後に…もう一度だけ検査をさせてくれ」
「やなこった。俺はモルモットでも何でもねぇ」
「連理…お願い。私をこれ以上心配させないで…」
涙目の美羽が懇願してくる。それ以上に俺が心配で仕方が無いのだろう。
そう思われている事が照れくさくて、歯がゆくて。
「………おいおっさん。早く済ませろ」
。
検査で分かった事と言えば…筋繊維の密度が普通より高かった位だ。それ以外は特に異常は無かった。
「彼は一体…それにあの烏丸があれ程大事そうに抱えているのも気になる」
そう、彼はあの烏丸のご令嬢が自ら連れて来た。普通ならばあり得ないが…烏丸のご令嬢も少し変人だと聞く。その影響下も知れない。
「お父さん…またこんな時間まで…ってその人!!」
娘の響が入ってくる。
「知っているのか?烏丸の屋敷で従者をしているらしい」
「知ってるも何も…まさかまた会えるなんて…」
知り合いなのだろうか。響はこの年になっても男の一人も連れてこない。それに…数年前に”下”であんな事もあった。それは世間に瞬く間に広まった…年頃の少女には辛い出来事だっただろう。
親として反対するべきだった。
「なんだ、学園時代の知り合いか?婿に連れて来たらどうだ」
「そんなんじゃない!この人は…私の恩人…”下”で私を助けてくれた人…」
そういえば…娘が”下”から帰って来た時にそんな事を言っていた気もする。あの状況だ、妄言だとばかり思っていたが…。本当の事だったのか?
「彼が、その”下”で助けてくれた青年だと?でも何故”上”に?」
「そんなの知らない!でも間違いないわ…あの日の事なんて一度も忘れたこと無いんだから…!」
「だが、彼は烏丸の従者だぞ?」
「えっ!?烏丸の!?ど、どういう事かしら…」
「でも絶対に私が彼をものにして見せる…!!」
今、乙女の熱い恋心が動き始めたのだった
この章から投稿頻度が落ちると思います。申しわけないです