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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
二章
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生きた証


「んだこの騒ぎは?」


今日もまたやって来た。あのガキは元気にしているだろうか。


今日はまだ見てないが、あの騒ぎと関係が有るのだろうか。


「おい?この騒ぎは何だよ?」


近くに居た男に問いかける。


「は?お前知らないのかよ…子供とその母親、それにギャングが死んでたんだよ!」


……まさかな。昨日金を渡した。払えなかったて事は無いだろう。あのガキと関係ないガキが死んだだけ、そう、ただそれだけだ。


「見に行ってみな、惨くて吐きそうになるぜ」


男に促されその死んでいたと言う所に向かう。


ああ、どうしてだろう。俺の嫌な予感は当たるんだ。それなのに嫌な予感がして堪らない。

脳では理解して居る。だが...否定したい。どれだけ理解していても否定してぇんだ。


「………あぁ昨日は元気だっただろ?なあ…」


現場に着くと嫌でも眼に映る。昨日のガキと同じ服を着た死体だ。外傷は見る限り無いが…内臓系統がやられているんだろう。苦しんだ形跡が無いのがせめてもの救いだ。


母親は…喉にナイフが突き刺さっている。刺さり方からして…自分で刺したのだろう。鮮血に染まった床は何処か儚く、美しく…。


「誰だ?」


「え?」


「誰がこいつらを殺したんだ?」


「し、知らねぇけどよ...多分ギャングがらみだろ…お前も喧嘩は売らない方が良いぜ」


この親子に初めから救いなぞ無かった訳か。


怒りか?失望か?...今の俺のこの感情は何だろうか。怒りでは無いな...。赤の他人に対して怒りは湧かない。


「兄ちゃん関係ないだろ?なんでそんな苦しい顔してんだ」


あぁ...そうか。これは悲しみか。悲しいと言う感情がこんなに苦しいとは思わなかった。


あのガキの笑顔、未来に対する希望…すべては奪い去られた。それも一瞬にして。そんな、そんな事が許されて良いのだろうか。奪われる覚悟が無い奴に…。このガキは死ぬ間際何を思っていたのだろう。世界に対する”絶望”?それとも…母親に対する”愛”か?それすらも一瞬にして無くなった訳だがな。


「この死体はどうするんだ」


「どうもこうも…腐る前に燃やしてお終いだ」


「じゃあ男以外は俺に譲ってくれないか?金なら用意する」


「要らねぇって!処分してくれるならそれで十分だ!」


まるで他人事だ。自分の身に起きる訳がないとでも思っている…そんな言い草だ。



「少し揺れるが、我慢してくれ」


今は二人の亡骸をもって歩いている。その影響もあって俺の身にまとっている服が鮮血に染められている。


「問題はあの瓦礫の山だな…」


俺がするべきこと。それはこいつらの墓を建てる事だ。名前も知らねぇ。何も知らねぇ奴だが…こんな結末は可哀そうだろ。


俺にもこんな感情があるとは思っても見なかったぜ。これが偽善か?善を振りまくり、自己陶酔に耽る…これが?…どうでも良いな。俺のすべきこと、それはただ一つだ。自己陶酔だとか、今はどうでも良い。


そういえば…あのガキが一番初めに親しみを込めた愛称を使ってくれたな。


あの時の事を思い出す。「お兄ちゃん!」ガキはそういった。それは俺の中で初めての事だった。

そのせいかもな。変に愛着が湧いたのは。


「母親の方は特に面識も無いが…良い親だったんだろう?お前の息子の顔が物語ってたぜ」


そう、こんな世界であのガキが笑顔で居れた理由。それはお前が居たからだろ?小さい幸せの中慎ましく生きていた。そんな情景が目に浮かぶ。果物を育て、息子の為に金を稼ぐ。息子も母親を手伝いたくて売りに出かける。そんな慎ましい生活の、ほんの僅かな幸せすらも搾取される。


この世界は腐っている。”地獄”、そう呼んだ方が良いだろう。


「くっ…流石にきついな」


この重量を背負いながらこの山を登るのは骨が折れる。だが…ここで諦める訳にはいかない。



「はぁっ!はぁっ!」


何とか登り切った。背中に当たる皮膚の感触は冷たく、固く…。


「後は下りか…」


下りはまだ楽だ…だが...気を抜くと一気に落下する。


「なぁ、お前たちは何を望み、何を希望に生きていたんだ?」


返事が返ってくる訳も無いのに質問をしてしまう。


それは己のエゴで、傲慢で不遜な質問だ。


「なぁガキ、俺の渡した金はどうした?」


帰ってくる訳はない。


「今度はお前達の作った奴買おうって思ってたんだよ」


返事は帰ってこない。


「あの日、俺がお前の言う通り泊りに行くのが正解だったのか?」


返事は無い。


「なぁ、名前もまだ聞いてねぇよな」


無言が周囲を支配する。


「お前の笑顔は…もう見れないのか?」


最後の問いかけ、勿論返事は無い。そんなことは解っている。解っているんだ…。


「はぁっ...はぁ...」


この炎天下の中、この距離を歩くのは苦労する。


残酷だよな。お前達が死んでも天気は晴れてんだぜ?少しは泣いてくれたって良いだろ。


「はぁ...っく…はぁ…」


水分も足りない。思考も世界も歪んでいる。俺の限界も近い。


ただ...辿り着いた。


誰にも穢されることが無い場所。汚染されていない水が流れ、平和な場所。


ここで安らかに眠ってくれ…せめて最後だけは。


そこから何時間くらい掘っただろうか。


人が二人は入れるスペースを掘ることは出来た。


「俺にはお前達との思い出は無い、だからお前達意外に何かを埋めるなんて粋な事は出来ない。だから、静かに休んでくれ」


2人の遺体を並べる。どこかその顔は初めて見た時より安らかになっている…そんな気がした。



もし、もしこの先俺にも大事な人が出来たとして…俺は”護りきる”事が出来るのだろうか?


「出来る出来ないじゃねぇか…」


あの親子みたいになってしまう事が有るのだろうか。それは…嫌だな。だれも幸せになれない。そん結末何てクソじゃねぇか?俺に”護りきる力”があるのか?何も持たないこの俺に?


「お前らが歩んだ軌跡を俺は知らねぇ、だが、その証だけは残してやりてぇんだ」


お前らが必死に生きて来た証、それは俺が遺してやる。だから、次は俺にその果物を買わせてくれよ。そして笑顔でお兄ちゃんって言ってくれ。


目の前の隆起した大地に向かい投げ掛ける。


「ありがとう…心優しき人…」


「っ!?ああ...次はお前とも話させてくれ」


声がした。気配が全く無いのにハッキリと聞き取ることが出来た。幻聴なんかじゃない。そう信じたい。


今日と言う一日を忘れる事は無いだろう。それは自己陶酔か、はたまた正義感の押し付けか、俺にだって分からねぇ。ただ...こんな思いをするのはもう御免だぜ?

これで二章の追憶編は一旦の終幕となります。次からは令嬢の争奪戦!?編が始まります。今まで重たい話が多かった分コミカルなギャグパートにしたいと思っています。

ここまで読んでくれた皆様に感謝の意を。

高評価ブックマーク頂けると作者が泣いて喜びます。

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