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ヴァニタスの鳥籠  作者: 鮭のアロワナ、しゃろわな
二章
46/74

ザクロ

少し残酷な描写があります。閲覧注意です。

「”ヴァニタスの鳥籠”…鳥の居ない鳥籠…か」


それでは只の鳥籠ではないか。果たして鳥が羽ばたいて行ったのか…朽ちて死んでいったのか。


自由に飛べない鳥など死んだも同然だろう。それを皮肉った言葉なのかも知れない。


「今日は珍しくゲートの近くに行くか」


特に理由は無い。只の気まぐれだ。


この世界の根幹、それが何なのか俺は分からない。只、この時が無限に循環する時間の牢獄ならばそれは果たして、生きていると言えるのか…そう考えてしまう。



「おい...お前どこのモンだ?ここが誰の縄張りか知ってんのか?」


いつも通り歩いているといきなりチンピラに絡まれる。


縄張りもクソも無いと思うが、こいつ等は変に縄張り意識をもってやがる。犬かよ。


「あん?うるせぇな…犬っころが」


「なんだと!?おいお前ら!コイツをひっ捕らえろ!」


奥からぞろぞろとチンピラたちが出てくる。犬と言うより蟻だな。


こんな奴らに付き合っている暇などない。ここは逃げるが勝ちだ。


「あばよ」


短くそう言って崖から落ちる。


「なっ!?…何もんだあいつ?」


流石にこっちまでは追ってこれないのか、気配がどんどん薄くなっていく。


戦う事だけが全てじゃない。特にこの世界ではな。



「お兄ちゃん…これ買っていって!」


治安の良い街に来た。ここでは幼い子供たちが商売をしている。


今目の前には6歳ほどの少年が立っている。


「あ?いらねぇな…これは何だ?」


要らないが、一体何なのかだけ聞いておこう。


「これはね…お母さんが育てた果物!甘くてすっぱくておいしいよ!」


満面の笑顔で答える。はん…ここでは果物も育てれるのか。それは良かったじゃねぇか。奪われるだけじゃ生きていけない。こうやって自給自足できるならば心配は要らないだろう。


「じゃあ売らなくてもこれ食って生きて行けるじゃじゃねぇか」


無理に金を稼ぐことも無いだろう。それにまだガキじゃねぇか。


「…ううん。今お母さんお金が必要だって…みかじめりょう?みたいなものが必要って言ってた」


ギャング絡みか。こんな世界で取り立てても誰も幸せにならんだろうに。


「何円だ?」


さっきギャングのポケットからくすねた金ならある。それで買ってやろうか。


「2円!ありがとうお兄ちゃん!」


二円がどれか分かんねぇが…まあ良いか金なんて俺に必要ない。全て渡しておこう。


「ほれ、全部やるよ」


ギャングの財布意外の全てを渡す。流石に財布を渡すと要らぬ誤解を招くかも知れない。


「えぇ!良いの…?」


「遠慮すんなガキのくせに」


「ありがとうお兄ちゃん!また買ってよっ!」


もう買わねぇよ。ったく、ガキの元気さに少し当てられたな。


「ちょっと待てガキ、ここら辺ちょっと案内してくれよ」


手間賃は渡した。これくらいの頼み聞いてくれても良いだろ?


「いいよ!お兄ちゃん良い人だしっ!」


満面の笑みで答える。何故かこっちまで元気になってきそうなほど眩しい笑顔である。


「じゃあ適当に案内してくれ」


「うんっ!」



「ここがね...町のきょーかい!朝にここでお祈りするのがいいんだよ!」


はぁん。こんな世界でも神に祈るのか。ご苦労なこった。


「それでね、それでね!お腹空いたときはここにくればくっきーもらえるんだよ!お兄ちゃんもお腹すいたらたべれるよ!」


それは多分ガキだけの特権だろう。こんな所で俺みたいな奴が乞食したら気味が悪いだろ。


「ここがみんなでべんきょーするとこ!まだあまり通えてないけどこれからべんきょーしていくんだぁ」


何処か自慢げに言う。そうか…教育もあるんだな。ここら一体はやはり特別らしい。人が人として暮らせる所だ。


「お兄ちゃんはどこから来たの?今日は僕の家で一緒にねようよ!」


期待の眼差しが向けられる。が、そういう訳にもいかない。母親にも迷惑だ。


「バカ言ってんな、それよりありがとな、ここまで案内してくれてよ」


純粋な感謝。俺一人ではこの町を知ることは出来なかった。思わぬ買い物が出来たな。


「うんっ!お兄ちゃんもおかねありがとう!これでお母さんに褒められる!」


そりゃよかったな。


「気を付けて帰れよ。金は落とすな」


「うんっ!またねお兄ちゃん!」


また金が手に入ればあの果物を買うのも良いかもしれない。甘い香りがして美味しそうだった。




「お願いします…子供だけは…子供だけは許してください…」


活気がなくなる夜更け、ボロボロの小屋で女が許しを請っていた。


「ああん?俺らのシマで勝手に商売してんだ、使用料ぐらいねぇとなぁ!」


「き、昨日払ったじゃないですかっ!?」


そう、先日払っていた。だが、性懲りもなく毎日毎日やってくる。


「そりゃお前使用料つったら一日の使用量だろ?ふざけてんのか?」


そんな理不尽な事あるだろうか。毎日毎日これでは商売どころではない。


「お母さんを虐めないでっ!!」


男の足に小さな子供が縋りつく。


「あん、ガキ…誰に向かって歯向かってんだ!?死にてぇのか!!」


まだ幼い子どもは大人の蹴りを食らって壁に向かって吹き飛んでいく。それは小さな子供にとっては死に至る程の威力であった。


「やめて!!子供は…子供は関係ないじゃないっ!!」


女が叫ぶ。が、既に子供はピクリとも動かない。気絶しているのか…あるいは。


「あ?なんだ...俺に逆らうってのか?」


男の眼光が鋭くなる。それは脅しでも何でもなく、このままだと殺されしまうだろうことは想像に難くない。


「うぅ…子供だけは...子供だけは許してください…私にできる事ならなんでもしますっ!!!だから…」


ああ、何故こんな所に生まれてしまったのだろう。満足に食事もとれず、娯楽もない。有るのは搾取だけ。こんな歪な世界を生んでしまった運命が憎い。


あぁ...私の可愛い息子…。


ピクリとも動かない子供を見て目じりに涙が溜まる。こんな世界に産んでごめんね…。次は、次はちゃんとした所で不自由なく暮らして行こうね…。私の、私の可愛い…。


「う、うわぁぁぁぁ!」


もうどうなってもいい。今は目の前の男が憎い、憎くてたまらない。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…。


ポケットに入れていたナイフを取り出し男に向かって切りかかる。


「な、この女!!…っぐ…」


その凶刃は男の脇腹に深々と突き刺さった。


ああ、これで私もこの世界に居られなくなるだろう。我が子も動かない。


「………ごめんなさい。こんな、こんな母親で…」


我が子に近づく。我が子は既に息絶えており、生命活動を停止していた。


あぁ...子供に罪は無かったのに…。


男からナイフを引き抜く。男も既に気絶しているのか、死んでいるのか知らないが、反応が無かった。


「お母さんはいつも一緒よ…だから、だからこんな私を許して…」


手に持ったナイフを思い切り自分の喉に突き立てる。


「………ゴポッ…」


声の変わりに口から、喉から止め処なく鮮血が溢れ堕ちる。それはまるでザクロの果汁が溢れ出ている様であった。


最終的にはその地には男と女、そして幼い子供の亡骸が転がっていたのだった。

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