33話
私は無力だ。生徒の一人が半年以上耐え続けていると言うのに、私や、他の教師は傍観するだけ。
あの出来事以来、彼を校舎で見ることが殆ど無くなってしまった。
どうにかするには遅すぎるが…このまま卒業してしまうよりマシだろう。
半年間ただ悩んでいた訳では無い。愚者なりに策は練った。しかし…相手は資本階級の人間である。私みたいな労働階級の人間が立ち向かえる相手ではない。
どこまで通用するか…。
「東先生おはようございます」
「あら、フィリアさんおはようございます」
資本階級にもフィリアさん…叢雲のような家もある。決して権力を振りかざさないし、”上”に立つ者として相応しい振舞だ。
彼も周りが彼女のような人だったら違ったのにな…。
「先生どうされました…?いつにも増して顔が暗いですよ」
彼女は何処まで知っているのだろう。虐めについては知っているだろう。あんな堂々と虐めている位だ。
「いえ...なんでも無いですよ。今日は授業に出てくださいね」
彼女は良く授業をサボる…。私達みたいな人間から学ぶことも無いだろうが…少し不甲斐ないと感じる。
「相談があれば生徒会を何時でも頼って下さいね」
去り際に一言そう告げられる。
私は彼女が少し怖い…。一つはあのなんでも見通していそうな眼…あの相貌に見つめられるだけで体が固まってしまう。何を考えているのかまるで分らない…。
それに…完璧すぎると言う事だろう。これは嫉妬なのか羨望なのか分からない。只…なんだろうこの違和感。
彼女より優秀な生徒は一人居るのに…。
なんて考えていると授業開始のチャイムが鳴る。
「いけない!急がなきゃ…!」
ぼさっとしていて授業のことを失念していた。
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「今日の生徒会活動は…監視です」
監視…?一体何の監視だと言うのだろう。
「監視ってなんのですか?もしかしてまた歓楽街絡み…?」
そういえば前にも歓楽街の監視をしたな。その時は闇バイトに手を出した生徒の出入りだった。
「今回は歓楽街では無く…東先生と言う教師の監視です」
具体的な対象が居る訳か。そっちの方がやりやすくて良い。
「先生の監視…ですか。倫理的に不味いのでは?」
「ずっと監視する訳では無く、彼女の行動をメモに取って欲しいのです」
ふむ…それは東とか言う教師が何か企んでいる…と言う事か。それは生徒会に害をもたらすものかどうかは知らないが…この女はそれを阻止したい訳だな。
「学園での彼女の行動は貴方達に任せるのでお願いしますね」
学園内だけで良いのか。多分だが、私生活では叢雲が監視する…という事だろう。それだけ壮大な企みなのか…?
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「監視って言われても…って連理!?」
「あん?なんだよ」
「なんだよってそこ女子トイレじゃない!!」
「なんだそんな事か、東とか言う女がここに入って行ったんでな」
「そんな事!?連理からすれば女子トイレへの侵入はそんな事なの!?」
別に失禁姿を見たいとかそういう訳では無いんだが。”上”では当然の常識だった可能性がある。
「全く…危ない所だった…」
トイレ位で大げさな。
「それよりも、トイレまで監視しなくて良いのでは…?」
それもそうである。
「美羽…お前って偶に正論を突き付けるよな」
別に俺が張り切ってるって訳じゃ無いんだからね!!
「あっ先生行っちゃった…」
俺達が雑談に花を咲かせているとターゲットは既にトイレから出たようである。
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私…東香織は今人生で一番の決断をしようとしている。
「誰もいない…よね?」
決してこんな事がしたい訳では無かった。しかし、彼を助けるにはもうこうするしかなかった。
自分の担当のクラスにこんなものを設置するなんて教師としてどうかと思うが…仕方が無かった。
教師として恥ずべき…だがそれ以上に恥ずべき事がある。きっとこの先自分は強大な権力に潰されるだろう。
どこで間違えたのだろう…結局こんな事に成ってしまった。生徒会に頼るべきだった?でも生徒会も所詮生徒…。
もう堕ちるとこまで堕ちた。ここから先は外道のやり方だ。
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「あれ...もう授業は終ったはずでは…?」
東という女を尾行していると、既に授業は終わった筈だったが、教室に入る所が見えた。
基本的に授業が終わると部活動の為教室は鍵が閉められる。
「忘れ物じゃねぇの?」
俺からしたら別に不思議でも何でもないが…美羽からすれば変な事なのだろう。
「連理…後を追いますよ」
「待て待て、お前が行けば気づかれる。俺に任せろ」
美羽では物音を消して歩いたり、感づかれた時の対処が出来ない。
「わ、分かったわ…でも後で教えてよね」
そんな訳で一旦美羽は放っておくことにする。
「誰も居ない…よね?」
東が独り言を漏らす。実は俺が居るが、気付かないのも無理はない。
東は奥にある机まで足を運ぶ。
なんだあれ?瓶に入った液体…俺には正体は解らないが…多分人間に害のあるものだろう。俺の直感がそう告げている。
東が奥の椅子と机にその薬品を数滴垂らす。
なるほどな…。その行動原理が恨みなのかどうか俺は知らないが…このままだとこの椅子に座る奴は只じゃ済まないだろう。
「…っ」
泣いているのか?
東は肩を小刻みに震わせながら教室から出て行った。
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「そんなことが…」
俺は美羽に起こった事をあるがままに伝える。
「取り敢えず緊急でフィリアさんに連絡を入れます」
そう言って美羽がどこかに行ってしまう。
少し、妄想してみるか。
東には生徒の彼氏が居た。しかし、その彼氏は東に飽きて別の女に手を出した。その怨恨による犯行…いや無いな。
こんな無駄な妄想を繰り広げても意味は無い。しかし…そこまでするという事は怨恨…あるいは…犠牲か...?
「連理っ!その机と椅子の位置を具体的に教えて欲しいそう!」
美羽がこっちに戻ってきて言う。椅子の位置が重要なのか…?無差別じゃなくしっかりと標的は居るという事か?
取り敢えず美羽に机の位置を詳しく教える。
「はい、そこで間違いないです」




