31話
「なんだよお前ら!俺に関わんなよ!」
いつ頃の記憶だろう。入学して半年くらいの頃か。
「は?そんな事言われてやめる奴居んのかよw」
目の前の男たちが笑いながら言う。本当に気持ち悪い奴らだ。自分より立場が下の奴にだけ威張り散らかし、上の奴には媚び諂う。どうしようもない。
「なんだよ?貧乏な成金野郎がこの学園から退学するだけじゃねぇか」
成金の何が悪いんだ?努力し稼いだ金で子供に良い学園に通わせる。一体それのどこに虐める要素があると言うのか。
「だから関わらないでくれたら静かに卒業するじゃねぇか!」
「今すぐ退学して欲しいんだよ。目障りなんだ」
それはもう俺にはどうすることも出来ない。もともとサッカー部に所属していたが、サッカー部の奴らからも虐められ、退部した。それまではまだよかったよ。退部すれば済んだんだからな。
でもこいつらは違う。気に食わないだけだ。ただ目障りなだけで誰かの人生を壊そうとする。
そんな不条理なことってあるかよ。
「せめて退学意外にしてくれ。お前らの目に入らない所に行く…」
逆らっても相手は良家の令息だ。家族にまで迷惑を掛ける訳にはいかない。特に妹だけにはな…。
「じゃあずっと体育館裏の倉庫にでも閉じこもってろ!」
冗談のつもりで言ったのだろう。しかしそれで済むならば俺は構わない。
先生方は俺の置かれた状況を把握してくれている。今までも何度か相談し、授業を受けない代わりの課題を提出することで何とかなった。
「分かったよ!倉庫で過ごせば良いんだろ…」
諦めなのか、まだマシと思えるからか、すんなりと受け入れることが出来る。
「コイツ本気で言ってんのwww」
取り巻きも含め大笑いしている。こいつ等には分からねぇんだろうな。別にこいつらを恐れている訳でもない。こいつの親と親戚を恐れているだけだ。こいつが普通の家庭ならば今この瞬間にも殴り飛ばしてやる。
ここから俺は倉庫で学園生活を過ごすことになった。
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「お兄ぃお帰り!学園はどうだった?」
家に着くと必ず優香が出迎えてくれる。それは中学の時からずっと変わらない。
「ただいま優香。学園?普通だ普通」
嘘だ。しかし無理な心配をさせることも無い。
それにダサいからな…虐められてるなんてよ。
「いつもそればっか!お兄ぃ運動も勉強も出来るんだからもしかして、モテモテだったり!」
純真な笑顔を向けてくる。それが苦痛で苦痛でたまらないんだ…。
「おい優一、先生方から聞いたぞ。お前授業をサボっているそうじゃないか」
なんでだ!?先生は俺の味方じゃ無かったのか!?なんで...。
「たまにくらい良いだろ親父、年頃の男なんてそんなもんだろ」
バレたら不味い…何とか誤魔化さないと…。
「ふん、そんなんだから落ちこぼれるのだ。お前は近藤の跡を継ぐ気が無いのか?」
「跡を継ぐって何だよ…親父の仕事が上手く行ってるのか知らねぇけど、俺たちに関係ないだろ!」
「なんだとこのバカ息子!お前なんかっ…!」
「やめてよ!!なんでいつもいつも喧嘩ばっかするの!?」
優香が見かねて止めに入る。
「俺は眠い…そこ退いてくれ」
「お兄ぃ…」
後ろから声がするが今は喋りたくない。
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「結構居心地いいな...ま、あいつらの顔を見なくていいだけで快適だぜ」
倉庫はジメジメしているが、適度に光もあり、そこまで窮屈でもない。
ここで何をするかは、今後考えていこう。ここで過ごす時間が殆どになるだろうからな。
「はぁ…親父あの事真剣に考えてんのかよ...」
優香をこの学園に入学させない事を親父に訴えてはいるが…望みは薄いんだろうか?
親父の関心はもう俺には無い。跡継ぎも優香になるだろう。
「全くこんな学園潰れてしまえば良いのにな」
教師も生徒に逆らえない。権力を恐れてな。そんな学園で学べることなんて無いだろ。
「そういえば…来年から烏丸の令嬢が入ってくるんだっけ」
烏丸と言えばこの世界でも有数の家系だ。それこそ、今の勢いのままだと、叢雲にだって追いつけるかも知れない。
「どうせ庶民なんかに興味も無いだろけどな」
個々の奴は基本的に不干渉だ。俺が特殊なだけだな。
俺を虐める奴もあいつ等だけだしな。
ただ、助けようなんて考えても居なければ俺のことは透明人間だとでも思ってるだろう。
それだけこの学園は互いに無関心な奴が多い。
「ただ…優香だけは護らなきゃな」
それは兄としての義務感からなのか、それとも別の物なのか。俺には分かんねぇけどさ。
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「おい聞いたかよ。あいつ倉庫に引きこもってるらしぜ」
「マジか!最近教室に居ねーと思ったんだよ」
男たちの笑い声が響き渡る。
私は教師としてどうすれば良いのだろう。あの生徒たちはこのままだと碌な大人にならない。
ただ...ほかの教師が彼らの家に怖気づいて何も言えなくなってしまっている。
「やめといた方が賢明ですよ…彼らの両親に知られたらどこに飛ばされるか分からない」
先生の一人が言う。この人も…。彼らの標的になっている生徒は一般家系の生まれだ。救う価値が低いと先生の間でも言われている。
でも、それはあまりに不条理で理不尽な事だ。彼は入試の成績も上位だったし、中学の時はサッカー部で全国に出た位運動神経も良い。
「でも…このままだと学園の威信に関わるのでは?」
「彼らが卒業さえすれば私たちは関係ないからね…」
どいつもこいつもそうだ。教師として恥ずかしく無いのだろうか。…………そんな私も同じ穴のムジナだけど…。
「優一くん…あなたの状況は私たちも把握しています。でも…」
先の言葉を言い淀む。その先の言葉は彼にとって死の宣告に成りえるからだ。
今は耐えて欲しい…そんな言葉は彼にとって無価値で意味が無い。むしろ絶望を与えるだけだ。
私たちが使えない…ってね。
「はい。先生が居なかったら既に退学でしたから」
優し気な瞳だ。彼は強いのだろう。暴力に屈することもなく、精神的苦痛も耐えている。
「ごめんなさい…私たちが不甲斐ないばっかりに…」
「いえ、東先生の事は信頼しています。悪いのはあいつ等だけですから」
子供に言わせることじゃないのにな…。こんな学園じゃなく普通の学園だったならば文武両道で結構モテてただろうに…。残酷だ世界は。
「本当にごめんなさい…」
私には謝る事しか出来ない…。それが悔しくて、恥ずかしくて、申しわけなくて…。




