21話
「「きゃぁぁぁぁあぁぁ!!!」」
ぎえぇ!肺が押しつぶされる…。
なぜこんな拷問を受けて楽しそうに笑ってるんだ。
「連理のばかー!!」
隣に座った美羽が満面の笑みで叫んでいる。どさくさに紛れて俺の悪口を言うな。聞こえてるわ!
そう、俺たちは今ジェットコースターと呼ばれるアトラクションに乗っている。
まあこれに乗るために一時間くらい待ったけどな。その間喋ることが無くてちょっと気まずかったわ。
「つるペタ暴力女」
ドシっ!
なんでだよ…。めっちゃ小さい声で呟いたが聞こえていたようだ。本気の肘うちが鳩尾に綺麗に決まる。
。
「どさくさに紛れてつるペタって言ったよね?罰としてご飯抜き」
マジギレやん。
「お前だって言ってたじゃねぇか。俺だけ飯抜きかよ」
「次は…この幽霊屋敷に行きますよ!」
無視された。まあ、晩飯の方が楽しみなので問題は無いのだが。
「お前幽霊とか無理だろ、無理すんな」
「バカにしないで、こういう場所の奴は作りものってわかってるから大丈夫なの!」
「なら良いけどよ」
。
「きゃー!!!!れれれ連理…何かに触られた!」
ほらな。結局こうなんだよ。
今や俺を盾にして進んでいる状況である。
「そりゃキャストも驚かすだろ…って作り物は大丈夫じゃ無かったのかよ」
「つつつ、作り物じゃない!本当に触られたの!」
何だってんだ。
「……み....つけ……た」
いつの間にか目の前に前髪の長い女が現れる。
「こ、これくらい作りモノって分かりやすかったら良いんですよ!!」
後ろの美羽が得意げに語る。
……おかしいな。この俺が気が付かなかっただと?それに…なんか様子がおかしい。
髪の隙間から見える虚ろな眼、普通の人間でないことは一目瞭然である。
「美羽、こいつなんかおかしいぜ」
取り敢えず報告はしておこう。
「そ、そんな分かりやすい脅しは通用しません」
「ツツケケケケケタタタ」
「え?なんて言ったんだ」
前の女が何かつぶやいている。
その様子がおかしい事は美羽もやっと理解したらしい。
「れ、連理これって…」
「ああ、どうやらホンモノ…らしいな」
「うぎゃー----!!!!!!!」
美羽が全速力で走っていく。
馬鹿が、変に離れられると面倒くさい。
「お前…本当に人間じゃ無いんだな?」
俺にとって幽霊も化け物もどっちも恐怖の対象ではない。むしろ知的好奇心を満たせる良き相手だ。
「タ………ケテ…おネがい」
はぁん。どうやら俺たちを襲ったりしたい訳では無さそうだ。
「よし、願いを言え。俺がそれを叶えてやろう」
丁度いい暇つぶしが出来たぜ。美羽がどっか行ったが…まあすぐ終わるだろう。
「アアなタイいヒト」
「ああ、完璧超人だからな。なんでも言ってくれ」
幽霊なんかにお願いされるなんてこの先無いだろう。いい経験になるぜ。
「カ、カぎヲミつけテホシい」
鍵だと?こんな所に鍵があるのか?
「何故鍵を?封印を解く鍵とかじゃねぇだろうな」
「おボエてナい。たダたイせツなモノ」
何だってんだ。仕方ねぇな。
「それはこの屋敷にあるって事か?それともこのパーク全体でか?」
「コこダケ…」
この屋敷って事だろう。
取り敢えず何か手がかりがあれば良いんだが…。
「手がかりは?流石にこの屋敷を隈なく探すのは骨が折れるぞ」
「…シんシツだトオモう」
案外話の通じる奴だ。気配が全くない分人間で無い事は確かだろうが、変な人間より話が通じるかも知れないな。
「って寝室ってどこやねん…」
「二かいノカドべや」
何から何まで教えてくれるなコイツ。もう自分で探した方が早いだろ。
「じゃあ行くぞ。お前も付いてこい」
コイツが居た方が見つけるのが早くなるだろう。
「ダめ…こコからウごケナい」
地縛霊か…。仕方ない、俺一人で行くしか無いようだ。
「じゃあ待ってろ。すぐに持ってきてやる」
。
「ここか…と言うより入って良いのか?」
二回に繋がる階段には立ち入り禁止の看板があった。多分入ることは想定されていない場所だろう。
「ま、良いか。今さら俺に倫理を語る資格など無い」
人殺しに比べたら不法侵入なんて可愛いもんだ。
「ここが寝室ね…寂れて悲しい雰囲気だな…」
ドアノブを回す。
「…開かないな。どうすっかこれ」
参った。開かないとなると無理やり突き破るか?
「仕方ねぇ…ていっ!!」
扉に力を込めたキックをお見舞いする。
どっしゃーん!!
「これでよし。探索だ探索」
「あなた誰…?」
うん?また幽霊か。扉の先には気配が全くしない女の子…年齢は五、六ってところか。
「鍵を探している流離の旅人だ」
取り敢えず今は無視だ。鍵を探すことが先決だ。
「お兄ちゃん…私って死んだの…?」
唐突だな。年端もいかない少女になんて答えるか迷ってしまう。
「いんや、意識があるなら死んでねぇだろ。実際俺と話してるじゃねぇか」
取り敢えず傷つかない範囲で答えるか...。
「お兄ちゃん…わたしこわい…これからどうなっちゃうの...?」
…確かにな。今こうして俺と喋っている以上こいつには意識がある。だが...どれだか過ごしてきたのだろうか。普通ではないことに気づいては居るのだろうな。
今後こいつの意識が無くなり、無に帰すならば…その恐怖は想像に難くない。
こんな子供に酷な話だぜ。
「大丈夫だ。実体がない事が生の基準では無い。俺が生きていると言ってんだ」
「お兄ちゃんやさしいね…。あとかぎってこれのこと?」
あ?気になる言葉が聞こえてくる。
「鍵だと?これが…特殊な形状だな」
嫌なもんを見せられたもんだ。
「これ...ままにつき纏っていた変な男の人が落としていったの」
まま…あの女の事か?って事はこの幽霊たちは家族だった訳か。何があったか知らないが…気の毒だな。これから幸せな人生が待ってただろうにな。
「何があったかは聞かねぇ…ただ胸糞悪いな」
この鍵…手錠とかの鍵に形状が似ている。よく拷問に使われる奴のな…。
”下”にはこれに似た奴が多かった。
取り敢えず...ピースは揃ったな…いったん下のあいつに渡しに行くか
「いっちゃうの...?」
「すぐ戻ってきてやる。だから今だけは我慢しろ」
「うん...わたし待ってる」
参ったぜ。時間も時間だ。美羽を待たせてしまっている。
。
「これか?お前…娘がいたんだな」
下の女の霊のところに戻り、鍵を見せる。もし違っていたのなら一から探しなおしだ。
「ああ...これ、これなの…」
鍵を大切に抱きかかえる。
って普通に喋れるのかよ。さっきまでの片言口調はどこ行ったんだよ。
「何があったかは聞かねぇ…ただあの部屋にまだお前の娘が残されてるぜ」
「ええ…でもどうしようも無いの…私ももうすぐ消えてしまうわ…」
「お前はそれで良いのか?たった一人の娘じゃないのか?」
女の子の顔が浮かぶ。長年一人だったのだろう、俺と会ったとき安堵と言った表情を浮かべていた。
「時間が経ちすぎたの…もう娘の顔も名前も思い出せない」
「それは大事な事かよ、会いたきゃ会う、逝く前にもう一度抱きしめてやるのが母親ってもんじゃねぇのか」
さっきから女の髪の隙間から覗く目には涙が浮かんでいる。その涙は実体は無いのかも知れない。しかし、今まで見て来たどの涙よりも儚く美しかった。
「だって!もうここから動けないのっ!会えないじゃない!」
女が慟哭する。魂からの訴えだな…。
「だったら俺が会わせてやるよ。その足についている枷が原因だろ」
さっきは気が付かなかったが…こいつは地縛霊なんかじゃない。こいつの足には足枷が付いており、それが原因で動けないだけだ。
だから目的を忘れていても鍵を探していたのだろう。娘に会うためにな。
「あんた立派な母親だぜ。決めた、最後まで見届けてやるよ」
女の足につけられた枷に鍵を差し込む。
カチャ…。ビンゴだな。女の足に付いていた枷に鍵穴を差し込んで回すと、枷がすんなりと外れた。
「あ、ああ…動けるっ!足が動くっ!!」
「だから言っただろ。あとこっちこい、その髪じゃ娘も泣くぜ」
リングの貞〇を彷彿とさせる女を招き、髪の毛をある程度整えてやる。
「結構美人じゃねぇか。こっちの方が似合ってるぜ」
口説き文句を入れておく。女はキョトンとしているが、その眼に映る涙は決して偽物では無いだろう、俺の勘がそう言っている。
「ありがとう、名も知らない優しい人。もうどうして死んだのかも覚えていないけれど…あなたにもっと早く会いたかった…」
「はっ、それも運命だ。次の人生は俺と早く出会えたら良いな」
人生は平等ではない。ただ、人生を嘆いても悲観しても意味は無い。だからこそ力強く生きる必要がある。
「ええ、そうね。でも決して悪くなかった人生だった気がする」
先を急ごう。この女…消えかけている。時間はもう残されていない。
。
「あ、お兄ちゃん!え………..ま、ま?」
扉は俺が壊したので無いが…女の子が女を見るなり言う。
「ああ....ああ...私の可愛い娘…ごめんなさい」
「あやまらないで、まま。わたし誰もにくんでいないよ」
ここであった悲劇を聞くことはしない。赤の他人である俺が覗き見るのも無粋だ。俺はただの鍵を探している流離の旅人だ。
「ごめんねっごめんね…。私が”護らなきゃ”いけなかったっ!」
慟哭が木霊する。それは魂からの本心だろう。娘もその言葉に含まれた愛を感じ取ったのか、一緒に泣いている。
愛か…美しいが、儚く脆い。いや…儚いからこそ放つ美しさか。
「ままっ!わたし次生まれ変わってもままと一緒にいるっ!」
「私もよ…かならずまた会えるから。絶対に会いに行くからっ!!」
その慟哭を聞き届けられるのは俺だけだが…
どれだけ離れて居たのだろう。それを俺が知ることは無い。ただ…来世の二人が幸せになってほしいと心から思ったのだった。
「逝ったか…俺も美羽のところに行くか」
部屋から出る時、ふと目につくものがあった。
「日記…か」
埃を被って紙も劣化を持つだけで今にも崩れそうだが…まだ文字は読める。
「いや、この思い出は二人だけのものだ。俺が覗き見るのは趣味がわりぃな」
ただ…あの二人の思い出を埃に埋もれたままにして良いのか…判断に迷うな。
「仕方ねぇ、呪うなよ」
お前らの”生きた証”、俺が一生刻んでやる。
ぼうっ!
儚く燃え行く、思い出の欠片。心なしか…その炎は暖かい気がした。
明日は多分更新が無いです。実家に帰ります。