虚無主義
「れ、連理!理事長がああなったのは何故なの?」
美羽が後ろから追いかけ質問してくる。
「知らん。ただ、あの質問自体意味が無いって事だ」
美羽が頭に?を浮かべている。俺にもそう説明するしか無い。
「で、でも!理事長って厳しくて生徒たちから嫌われてるのに…」
あのおっさん嫌われてんのか。ざまぁねぇな。
「そんな事より、俺は授業を受けるのか?」
「え?そ、そうね。私の隣の席になると思うけど…」
そういえば従者や関係者などはなるべく近い席にされるらしい。
俺も例外では無いだろう。
「多分自己紹介とかも無いはず。従者っていつの間にか居るし、消える」
それはそれで薄情と言うか…虚しいだろ。
ま、俺もその位気楽な方が良い。
「一応忠告と言うか…あまり喧嘩とかは吹っ掛けないように」
俺をなんだと思ってやがる。喧嘩など時間の無駄無駄。
「安心しろ。俺は無意味は行為はしない主義だ」
「どうだか…」
俺の事は全く信用していないらしい。
「烏丸さんおはようございます。そちらの男性は?」
「あ、先生。こっちは従者の連理です。少し生意気ですがよろしくお願いします」
「生意気ってなんだ。俺は礼節を重んじ忠義を持つジェントルマンだ」
「あら、素敵な紳士さんですね。授業まで時間があるのでクラスの皆と顔合わせしていて下さい」
怠いな。挨拶なんて慣れていない。決してコミュニケーション能力が無い訳では無いと思うが。
人と接することも無かったしな。
「大丈夫よ。貴方から行かなくても向こうからやってくるわ」
そう言ってナイスバディな女教諭が去っていく。
一回くらいは揉んでみたいものである。
女教諭の言っていたことはすぐわかる事になる。
「まさか美羽さんが護衛を付けるなんて…」
「一体どんな方なのかしら。気になるわ…」
喋りかけてくる訳では無いが、こちらをちらちら見ながら様々な事を喋っている。
「烏丸さんったらいつの間にこんな素敵な方を…?」
「偶然ですよ。本当に先日知り合ったばかりですし…」
「あの美羽さんがっ!?先日知り合っただけの男性と!?」
何が意外なのやら美羽の言葉により波紋が広がっていく。
「勘違いしないで下さい。恋仲という訳ではありませんから」
「でも頑なに護衛を付けなかった美羽さんがどうして急に?」
それは多分無くしたものを探すため…だろう。”下”に行くとき俺が居ると便利だから…と予測している。
俺を雇う理由はそれが大きいだろう。能力云々と美羽は言っていたが…実際は便利の一言に尽きるだろう。
「それに男子が泣いています」
「あの烏丸さんが…」
「何故俺では無いんだ…!?」
端っこに居た数人の男子が嘆いていた。多分美羽に恋心を持っていたのだろう。
それからは延々と質問をされたが美羽のフォローもあり何とか切り抜ける事が出来た。
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授業の時間になると群がっていた群衆が席につき教室全体が静まり返る。
「おはようございます。それでは出席を取ります」
入って来たのは今朝に会った東城と言う女だった。
教員が出席を取り始める。
「全員いますね。それでは今日の一限は哲学なので教科書を出してください」
この女は哲学の担当をしているらしい。
「それと烏丸さんは教科書を見せてあげて下さいね」
隣の席の美羽に告げる。確かに俺は教科書類を何一つ持っていない。
「連理机をこっちに」
そう言われ机同士を繋げる。
「それでは始めます。三十二ページを開いてください」
言われるままページをめくる。
「永劫回帰…?”下”で読んだ奴で少し覚えているな」
三十二ページにはニーチェの哲学らしい。
”下”での暇つぶしは読書くらいだったからな、こういう哲学書は結構読んだ。
「知ってるの?意外かも」
小声で言われる。美羽は心底意外そうな顔をしているが、こいつは俺の事をなんだと思っているのだろうか。
「詳しくは知らねぇけどな。でもこいつの哲学は好きだぜ」
ニーチェは”神は死んだ”と言う虚無主義の哲学者である。
「ニーチェは当時の宗教を批判する”神は死んだ”と言う言葉が広く知られています」
。
それ以降は既に本で読んだ内容と殆ど同じだったため半分寝ていた。
「ではここ、分かる方……それでは転校してきて早々寝ている連理君!」
「連理起きなさい!」
「なんだ?俺になんか用か」
「先生に当てられてる」
美羽が言う。
なんて答えよう。寝ていたので質問が全く分からない。
何て考えていたら美羽がノートを見せてくる。
そこに今聞かれているであろう質問が書いてある。
「虚無主義について自分の考えを述べよ…ね」
少し長くなりそうだが…仕方ない。ありきたりな言葉でも述べておくか。
「凄く良いと思います!」
「えっ!?それだけ...?」
東城教諭が困惑の色を浮かべる。流石にありきたり過ぎたらしい。
「連理…もっと真面目に答えなさい」
美羽からしっ責を受ける。
どう答えたものか…哲学は嫌いではない。しかし語る程深く考えても居ない。
ここは何とか乗り切るか…。
「あー…虚無主義か…そうだな。さっき”神は死んだ”と言ってたな。これには続きがある。”我々が殺した”だ。キリスト教と言う既存の価値感から脱却し、己が価値を見出すことがこの哲学者が言いたかったことだろう?虚無主義なんて名前だが、実際は力強い助言みたいなものだな」
「え、ええ。それは正しいわ。今の人類にも響く格言であると私も思います」
何とか乗り切ることが出来た。実際は問われた事の本質については何も語っていないが、騙せたので良いだろう。
「お、思ったより知的に答えないでよ。吃驚するじゃない」
美羽から言われる。真面目に答えろだの、知的に答えないでだの注文が多い奴だな。
「それでは時間も時間なので今日はここまでとします。課題はありません」
課題無しと言う言葉により教室がざわめく。
やはりいつの時代も課題は好まれないらしい。
そこからは特に何もなく一日が過ぎていった。




