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マブイロスト  作者: カーシュ
第1章 影の島への帰郷
32/34

第32話 月夜の戦い

 白い砂が月光を返し、遠くまで見通せる。


 波の音が近い。


 浜の先に、人影が立っていた。


 距離は二十メートルほど。


 フードの奥は闇で、顔は見えない。


 視線だけが、まっすぐこちらに向いている。


 陽翔は息を吐いて、足の裏に力を入れた。


 人影の周りに、白いものが浮いていた。


 最初は紙に見える。


 薄い短冊が、宙で止まっている。


 風に流されない。


「……なに、あれ」


 璃子の声が落ちた。


 玉城先生が目を細める。


「紙? いや、夜目のせいでそう見えるだけかもしれん」


「紙が浮くのは、変ですよね……」


 美琴が真面目に言う。


 その言い方が、余計に怖い。


 数秒見ていると、端がまっすぐに見えてくる。


 折り目の影もある。


「……札っぽい」


 真帆が小さく言った。


 言い切れない声だ。


 陽翔は立ち位置を固める。


 前に真帆。


 右に美琴。


 陽翔は二人より少し後ろ。


 璃子と玉城先生は、さらに後ろで並木寄り。


 黒猫は前に出たが、砂の上を音を立てずに歩く。


 月明かりの下でも、体の輪郭が薄く見えるだけで、目を離すとすぐ見失いそうだった。


 真帆が足元を見た。


 砂に混じって、貝殻や珊瑚の欠片が転がっている。


 いつもの浜だ。


 なのに今夜は、目が離せない。


「……光ってる」


 真帆の声が細くなる。


 欠片の表面に、淡い光がある。


 点じゃない。形がある。


 文字みたいだ。でも読めない。


 真帆は喉が乾いた。


 その光を見た瞬間、頭の中に古い光景が戻ってくる。


 自分の意思とは関係なく、勝手に。


          ◇


 縁側の板の上。


 ツルが貝殻を並べ、珊瑚の欠片を選び、溝を刻んでいた。


 口は、ぼそぼそ動いている。


 当時の真帆は、それを遊びだと思っていた。


 ツルが貝殻を四つ選んだ。


 板の上に置く。少し離して、向きを変えて並べる。


 幼い真帆が顔を近づけ、じっと見てから、無邪気に言った。


「……四つ葉みたい」


 四つ置かれた貝殻を指して、笑う。


「ほら、ここ。クローバーみたい」


 ツルは返事をするまで少しだけ止まった。


 視線が貝殻に落ちたまま動かない。


 刻んだ溝と、四つの向きだけを確かめるように見た。


 でも、すぐに表情を戻した。


 いつものツルの笑い方で、真帆の頭を撫でる。


「そう見えるね。いい目だよ」


「四つ葉って、見つけたらいいんでしょ?」


「うん。見つけたら、嬉しいね」


「じゃあこれ、嬉しいやつ?」


 真帆が胸を張ると、ツルは一度だけ貝殻を指で押さえた。


 四つがばらけないように。


 それは、子どもの遊びにしては静かすぎる動きだった。


 ツルは笑ったまま、言い方だけ少し変えた。


 怖がらせないために、でも隠し切らないために。


「嬉しいだけじゃないさ。使い方しだいで、守りにもなるし……道を開くこともある」


「道?」


「今は遊びでいい。怖くなった時にだけ、思い出しなさい」


 幼い真帆は「はーい」と返事をして、貝殻を動かして遊び始めた。


 ツルは怒らず、刻む作業に戻った。


          ◇


 回想が消える。


 浜の光が、目の前に残る。


 真帆は小さく息をのんだ。


 今なら分かる。


 あれは遊びじゃなかった。


 形を残すための作業だった。


「真帆ねぇねぇ、どれ? 私も見たい」


 璃子が身を乗り出しかける。


「璃子、前に出るな」


 陽翔がすぐ止めた。


 美琴も足元へ視線を落とすが、首を振る。


「私は……見えません」


 玉城先生が小さく笑う。


「俺も見えん。見えないほうが楽だな、これは」


 真帆は貝殻に手を伸ばしかけて、止めた。


 確認している場合じゃない。


 浜の先の相手が、ゆっくり片手を上げたからだ。


 ひらり。


 白い札が一枚、増えた。


 次に、もう一枚。


 少し離れた場所にも増える。


 札の真下の砂が黒く染まった。


 黒い点が、札の数だけ増えていく。


「……砂、黒くなってる」


 璃子が玉城先生の袖を掴んだまま、声だけ落とす。


「先生、あれ、やばいやつ」


「分かる。説明できないけど、やばい」


 美琴が短く言った。


「近づかないでください」


 その直後だった。


 フードの相手の指先が、小さく形を作った。


 宙の札が、ぴたりと揺れる。


 黒い点が反応する。


 砂の上に影が盛り上がり、腕の形になった。


 先が指みたいに分かれ、爪みたいに尖っている。


 影の腕が次々と伸びた。


 正面だけじゃない。


 横からも、低い位置からも、角度を変えてくる。


 陽翔の体が固くなる。


 もう迷う余裕はない。


 影の腕がこちらへ向いた瞬間、真帆が動いた。


 逃げる動きじゃない。


 守るための動きだ。


 真帆は両手を重ねた。


 声がかすれる。


「……お願い。守りたい」


 その瞬間。


 真帆の掌の前に、光の粒が集まった。


 丸い紋様がぱっと浮く。


 外側が回り、細かい光が散る。


 紋様は四つに割れ、扇子みたいな形の光になった。


「……え」


 真帆が息を止めた。


 自分が一番驚いている。


 陽翔も、美琴も、言葉が出ない。


 璃子が後ろで「うそ……」と漏らす。


 玉城先生が「今それ出るのかよ」と小さく言う。


 黒猫だけは、前を見たまま動かない。


 驚いている場合じゃない。


 影の腕がもう来ている。


 ゴンッ!


 硬い音が浜に響いた。


 光の面が前に出て、影の腕を受け止める。


 光の面に、ガラスみたいなひびが走った。


「ひび……!」


 真帆の声が揺れる。


 ひびが広がりかけて、止まる。


 真帆の呼吸が乱れた瞬間、ひびが増えそうになった。


 真帆が息を吐いた瞬間、ひびが少し細くなる。


 陽翔は叫ぶ。


「真帆! 息、吐け! 肩の力抜け!」


 真帆は一回、大きく吐いた。


 指の力が少し抜ける。


 ひびの広がりが止まる。


「……戻る……?」


 真帆が自分の手元を見て、震える声で言った。


 答えを出す暇はない。


 影の腕がまた来る。


 横からも来る。


 低い位置から、足元をさらう角度でも来る。


 光の守りが揺れるたび、ひびが増える。


 真帆が焦ると増える。


 真帆が息を吐くと、ひびが少し細くなる。


 守れているのに、安心できない。


 美琴が動いた。


 大きく踏み込まない。


 腕を振るだけ。


 風が走る。


 砂が薄く舞い、月明かりが散る。


 影の腕の狙いが少しずれる。


 光の守りをかすめて、砂を深くえぐった。


「……今のは、当たらない角度にできました」


 美琴の声が短くなる。


 陽翔は札を見る。


 宙の札。


 札の真下の黒い点。


 そこから伸びる影の腕。


 つながっている。


(札が元だ)


 分かったところで、手が足りない。


 影の腕が増えるほど、守りは叩かれる。


 ひびが細いまま残っていく。


 影の腕が角度を変えた。


 正面から守りを叩く腕と、別の腕。


 並木の方向へ、低い位置で伸びていく。


 家へ向かう角度だ。


 陽翔の声が低くなる。


「抜ける……」


 真帆の守りは正面で押し込まれている。


 ひびが増えて、動かせない。


 美琴の風も届かない角度だ。


 陽翔の足が勝手に前へ出そうになる。


 止める手段がない。


 でも止まったら、家側へ抜ける。


 璃子の声が裏返った。


 前へ出たいのに出られない声だ。


 並木側の影の腕が、家へ伸びる。


 縁側の段差に届く距離。


 先端が板に触れるまで、指一本ぶんも残っていない。


 終わる。


 そう思った瞬間。


 並木の影が動いた。


 砂の上を、黒い影が駆ける。


 音がない。


 月明かりの下で、黒い体だけが走る。


 あのオッドアイの黒猫だ。


 黒猫は、家へ伸びる影の腕の進路へ――迷いなく飛び込んだ。


 陽翔の喉が、音にならない。


 次の瞬間。



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