第16話 属性の癖と、ゆいのマブイ
「出た、属性システム!」
ナミの口から「火」とか「水」とかいう単語が出た瞬間、璃子の目がきらんと光った。
「お前、即座にゲームに変換するな」
陽翔が反射でツッコむ。
「だってさ、火水地風に光影まで来たら、どう考えてもバトル物の初期設定でしょ?
にぃにぃはたぶん補助系、私はアタッカー系、真帆ねーねーが――」
「ちょっと待って。なぜ私は自動的に補助枠に放り込まれているのか説明してもらおうか」
真帆が即座に抗議した。
「だって、“ゆいのマブイ”ってサポート職っぽい響きするし……
後ろでばしっと全体バフかけるタイプ」
「サポートをなめるな。パーティの生命線なんだから、なめないで」
珍しく語気を強める真帆に、玉城が妙に感心したように頷く。
「いいですねえ。“支援の重要性”はどの現場でも軽視されがちですからね。
今のセリフ、うちのゼミでそのまま引用したいくらいです」
「先生、ゼミにマブイ持ち出すのやめてください」
真帆が頭を抱える。
「私は……」
おずおずと、美琴が手を挙げた。
「火とか水とかいろいろありましたけど……
さっきナミさんが“流れ方の癖”っておっしゃってたので、
どの名前も、暮らしの中の現象や感情を、分かりやすい言葉でまとめた“あだ名”みたいなものなんでしょうか」
「おお、ちゃんと授業聞いてるの美琴だけ説」
璃子がこそこそ言う。
「りこちゃん、声。先生に聞こえます」
美琴が小声で窘めると、玉城がにやりと笑った。
「私は風が気になりますね。
南風原さん、名字にも風が入ってますし、相性良さそうじゃないですか」
「え、名字で決まるんですか。そんなゆるいルールなんですか、属性」
「ゲームだと、そういうネーミングボーナスありそう」
璃子がうんうん頷く。
「じゃあ私は水かな。名字に“根”があるし。水やって根っこ張るタイプ?」
「それはさすがにこじつけすぎだろ」
陽翔が呆れた声を出す。
「はいはい、いったん落ち着きなさい」
ナミがちゃぶ台をとん、と指で叩いた。
「さっき美琴が言った“癖”って表現が、だいたい合ってる。
火とか水とかは、神さまが分類した“本物の属性”ってより、
人が暮らしの中でよく見る現象に名前を借りて、
マブイの流れる方向を分かりやすく言ってるだけさ」
そう言って、指を一本ずつ折っていく。
「火はね、“一気に燃え上がるとき”の流れ。
怒ったとき、好きって気持ちが爆発したとき、
『今だ!』って体が前に出る瞬間。そういう勢いに名前借りてる」
「感情ゲージ一気に真っ赤になるやつだ」
璃子が即座にまとめる。
「水は、“和らげる”“洗い流す”流れ。
泣いてすっきりしたあととか、
風呂入って『あー生き返った』ってなるときの感じね」
「それ、分かりやすいです」
美琴が頷く。
「地は、“腰を据える”流れ。
ここで踏ん張るって決めたときとか、黙って仕事続けるとき。
足の裏がちゃんと地面つかんでる感じ」
「玄武くんっぽいですね」
玉城がちらりと玄武を見ると、「そうか」と短く返事が返ってきた。
「風は、“巡らせる”流れ。
言葉や情報、匂い、空気。その場の“雰囲気”を感じ取って動かすタイプ」
「さっきの“音の層がずれる”って話も、風寄りっぽいですね」
真帆が美琴を見る。
美琴は照れたように、胸の前で指を組んだ。
「影は、“見えないところで動く”流れ。
見たくないものを心の奥に押し込んだり、
気配を消してやり過ごそうとするときに、よく使われる」
「悪役属性、ってわけじゃないんですね」
璃子が身構えると、ナミは首を振った。
「影があるから、光が分かるさ。
怖さをちゃんと陰に置いておく力も必要。
ただ、奥に押し込みすぎると、泉みたいなところで一気に噴き出す」
「うわ、それ一番怖いやつ」
璃子が肩をすくめる。
「光は、“今ここをはっきりさせる”流れ。
ごまかしてたことが急にバレるときとか、
自分で見ないようにしてた気持ちを、直視せんといけなくなるときね」
「それもけっこう怖いですけど」
美琴が苦笑する。
「だから言ったさ。良い悪いじゃなくて、どれも使いよう。
火で立ち上がることもあれば、光で真実見たほうがいいときもある。
水で流さないと腐るものもあるし、地がないと全部ひっくり返る」
「属性格付けランキングとか、やらないほうがいいやつですね」
玉城がしみじみと言う。
「学生もすぐやりますからね。
『炎最強、水地味』とか」
「今さらっと水ディスりました?」
璃子が抗議する。
「水は地味じゃないさ。
いないと全員死ぬ」
ナミの一言で、座敷に小さな笑いが起きた。
「で、さっき言った六つとは別にね」
ナミが、もう一本指を立てる。
「ちょっと変わった流れ方をするやつがある」
「変わった、っていうと?」
真帆が身を乗り出す。
「昔と今の境目、みたいなもんに触りやすい流れ。
時間とか、記憶とか、“本当は一列に並ばないもの”を無理やり並べちゃう力」
ナミはそこだけ、言葉を選ぶように口調を落とした。
「それはね、うっかり名前をつけて呼ぶと、向こうから勝手に寄ってくるって言う人もいる。
だから、今日は説明しない。覚えなくていい」
「説明しないって言われると、逆に気になって仕方がないんですけど」
陽翔がぼそっと呟く。
「気になってるぐらいは、まだ安全ラインだよ。
“分かったつもり”になって、雑に触りたがるのが一番危ない」
ナミは、そこから先には踏み込ませない、というように軽く笑った。
「さて、話を戻すよ。
さっきから“ゆいのマブイ”って言ってるやつが、今日の本題」
「ゆい、というのは……」
美琴が慎重に尋ねる。
「マブイ同士を“繋げる”流れさ。
人と人、人と土地、人と動物……
別々に流れてるものを、そっと近づけて、一緒に動けるようにする」
「さっきの“線で結ぶ”って言い方より、もうちょっと……」
真帆が自分の喉元に手を当てる。
「溶け合わせる、というか。
別々の記録を、一つのノートに書き直す、みたいな」
「そう、それ」
ナミが満足げに頷いた。
「前に話したさね。
真帆は、人と人の話、土地の記憶、昔の出来事、
そういうのを勝手に一冊にまとめたがるところがあるって」
「勝手にって言わないでください」
真帆が眉をひそめる。
「少しは相手の了承は……」
「にぃにぃの進路とか恋愛とか、勝手に整理しようとしてたよね」
璃子がすかさず刺した。
「ちょ、待って。なんでそこで私の名前が出てくるんだ」
陽翔が慌てる。
「だって、ねーねー、にぃにぃの昔の話になると、
いつも説明会モード入るじゃん。
『ハルトはこういう子で』『小さい頃はこうで』って」
「それは……データ共有です」
真帆が耳まで赤くなる。
「誤解のないように、第三者に対して適切に――」
「はいはい、“ゆいのマブイ用 公式説明書”ね」
璃子がにやりと笑う。
「でもさ、それ聞いてたら、
にぃにぃのこと好きになっちゃう人、出てくるかもしれないじゃん?」
「な、何の話をしているんだお前は」
陽翔の声が裏返る。
美琴は、慌てて両手を振った。
「わ、私は別にそういう意味で聞いてたわけじゃなくてですね!」
「みこっちゃんは大丈夫。今んとこ“泉こわい”が最優先だから」
璃子がさらっと言い切る。
「問題は、ねーねーのほう」
「問題扱いはやめてくれる?」
真帆が頭を抱えた。
「ゆいのマブイの厄介なところはね」
ナミが、そんな三人をまとめるように口を挟む。
「繋げた本人の気持ちも、一緒に混ざりやすいところさ。
“研究対象として気になる”と“人として気になる”の線、
ちゃんと分けとくの、けっこう難しい」
「ぐさっときますね、それ」
真帆が小さくうめいた。
「でもまあ、その分、誰かが一人で沈みそうになったとき、
他の流れと繋いであげられるのも、そのタイプ」
ナミの視線が、ふっと陽翔のほうへ向く。
「ハルトが、変なところで線を切ろうとしたら、
ゆい寄りの人間が止める役になるわけさ」
「……責任重いな、それ」
真帆が苦笑する。
「こっちの胃もたれも、誰かと分け合えればいいんですけど」
「それは水の人に流してもらいなさい」
ナミがさらっと言う。
「りこ。あんた、感情波立つの早いけど、落ち着くのも早い。
そういう人は、人の不安も少しずつ薄めてあげられる」
「え、私、そんな高性能だった?」
璃子が目を丸くする。
「にぃにぃが変な顔してるときも、一番先に気づくのは璃子だよ」
美琴がそっと付け足した。
「さっきも、呼吸の途中で」
「でしょでしょ」
璃子がどや顔になる。
「だからにぃにぃ、もっと私を頼っていいから。
真帆ねーねーばっかりに相談しないで」
「相談してねえよ」
「心のログはだいたいねーねーに送ってるくせに」
「送ってない」
「ほら、そーやってすぐ否定するところがもう」
好き勝手に盛り上がる二人を見ながら、
玉城が「いいですねえ」としみじみ呟いた。
「何がですか」
真帆が若干警戒気味に訊ねる。
「いや、“属性の説明”って言いながら、
結局人間関係の話になるあたりがいかにもフィールドっぽいなと」
玉城はメモ帳をぱらぱらとめくる。
「火がどう、水がどう、って理屈より、
『あの人はすぐカッとなる』『この人は空気読んで疲れる』
そういう日常の話を、あとから火とか風とかって言い換えてるだけなんですよね」
「最初から属性ありきじゃなくて、暮らしの観察が先、ってことですね」
真帆がうなずく。
「そうそう」
ナミが指を鳴らした。
「だから、“私は火です”“俺は地です”みたいに一個に決めんでいい。
だいたいの人は、いくつか混ざってる。
その中で『ここがよく動くな』って場所が、ちょっと強めに出てるだけ」
「ハイブリッド型ってやつだね」
璃子がまとめる。
「みんな複合ジョブで、
どれか一個だけ極振りすると、だいたい痛い目見る」
「ゲームの話に戻すな」
陽翔がツッコみ、
「でも実際そうなんですよねえ」
と玉城が嬉々として同意し、
「先生が一番属性遊び楽しんでる気がするんですけど」
真帆が締め、といつもの流れになった。
「とにかく」
ナミがちゃぶ台の黒糖をひとつつまみ、ぽいと口に入れた。
「今日話した属性も、ゆいのマブイも、
全部“自分のマブイの流れ方を知るための言葉”だと思っときなさい。
名前だけ覚えても意味ないさ」
「じゃあ、どうしたら身につきます?」
陽翔が尋ねる。
「明日からだよ」
ナミがにやりと笑う。
「自分の流れと、隣の流れと、泉のほうの流れ。
どれがどう動いてるのか、体で確かめてもらうさ」
「実技編、本格スタートってことですね」
璃子が小さく呟いた。
このときまだ、誰も知らなかった。
ここで聞いた“癖”や“繋がり”の話が、
泉の前で、文字どおり命綱みたいな意味を持ちはじめることを。




