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マブイロスト  作者: カーシュ
第1章 影の島への帰郷
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第1話 何度目かの終わり

 

 ――暗い拝所。

 潮の匂いが焼けつくほど濃い。

 月のない夜、海鳴りと風の音が重なって、耳の奥がひりつく。


「……また、ここか」


 宮里陽翔みやざと はるとは、湿った石段の上に立っていた。

 背後には倒れた仲間たちの影。

 前方には、黒い海のようなものが、拝所の奥から溢れ出している。


 それは“闇”というよりも、“流れの反転”だった。

 すべてを吸い込み、形のないはずのものが形を持とうとしている。


「くそっ……璃子、真帆――!」


 呼びかけた声に応えるように、足元の黒が動く。

 影が波のようにうねり、陽翔の足首に絡みついた。


 全身が冷たい何かに引きずられる。

 足裏の感覚が消え、膝から下が“自分じゃないもの”に変わっていく。


 黒い波の中央――そこに、女が立っていた。


 長い髪。

 ゆらめく黒衣。

 その輪郭だけが、異様に美しく、異様に恐ろしい。


 陽翔は、その女を知っていた。

 いや、思い出せないのに「知っている」と体が叫んでいた。


 女の唇が、ゆっくり動く。


「お前は……何度、流れを壊すつもりだ」


 低く響いたその声は、耳ではなく胸の奥を叩いた。

 陽翔は、息を吸おうとして失敗する。

 肺が、時間の外へ引きずり出されるような錯覚。


「……誰、だ……お前」


 問おうとした瞬間、女の指先がかすかに動いた。

 影が爆ぜ、黒い衝撃が襲う。


 視界が白く跳ね、音が遠のく。

 世界がゆっくり崩れていく――そんな感覚。


 倒れ込む途中、陽翔は見た。

 涙を浮かべて叫ぶ少女と、血をにじませて駆け寄る女の姿。

 それが璃子と真帆だと理解した瞬間、胸が締めつけられる。


(また……ここで終わるのか)


 遠ざかる意識の底で、誰かの声が重なった。


 ――「息を落とせ、流れを戻せ」


 ――「まだ選び直せる、ハルト」


 二つの声。

 ひとつは、ツルおばぁのような柔らかい声。

 もうひとつは、知らない男の低い声。


 暗闇が完全に飲み込む直前、陽翔はかすかに笑った。


「……何度目だよ、これ……」


 闇が音もなく閉じる。

 次に目を開けたとき、そこは機内の座席――

 窓の外には、朝焼けに染まる雲の海が広がっていた。


 彼はまだ知らない。

 この「終わり」が、また始まりのひとつにすぎないことを。

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