プロローグ③|ポーカー先生、海外の大会に参加する
2024年秋、サトシはついに、海外の大会へと挑戦していた。
飛行機の中で、何度も、決意を繰り返した。ここで優勝、あるいはそれに準ずる結果を残せたら、プロとして生きていく。それができなければ、ポーカーを趣味に留める。そんな覚悟で、この遠征に臨んでいた。
「絶対、結果を残すんだ」
一番大きいトーナメント。世界中のプレイヤーが集まっている会場。大型スクリーンには進行状況が映し出され、ディーラーが手際よくカードを配っていく。
全てのテーブルが、緊張感に包まれていた。
――
初日の終盤、ある中国人プレイヤーと、熱い対決があった。
ブラインドも上がり、チップのプレッシャーが増してきた中での重要な局面。そのテーブルでは、サトシとその中国人が、ほぼゲームをコントロールしていた。とはいえ、そのハンドのちょっと前に、サトシもその中国人も、痛い負けをくらっていた。二人ともチップは原点を少し下回っていた。
サトシの手元には、ポケットスリー(3♠3♦)。サトシはボタンから2.2倍にレイズ。そして、中国人がこれを2.5倍ぐらいにリレイズ。さぁ、どういうプレイをするべきか。
サトシはそれまで、ほとんど時間を使わず、スナッププレイをしていた。そもそも、考えるべきハンドがほとんどきていなかった。ちょっと前の痛い負けも、選択肢は無いものだった。
サトシは、このポケットスリーで、その日初めて、時間をかけて考えた。時間をかけたと言っても、1分もたってはいない、せいぜい数十秒ではあったが、サトシにとっては、数分考えているような感覚だった。
このリレイズに対して、コールをしてフロップが開いたとする。サトシよりもアグレッシブなこの相手は、フロップ・ターン・リバーのどこでベットをしても、恐れず、オールインが返ってくる可能性を感じる。
つまり、スリーカードができない限り、かなりの確率で、ポットを渡すことになりそうだ。本来なら、このポケットスリーに固執するべきかどうかも、十分検討に値する。
ただサトシは、ちょっと前にその中国人が、KKで大きくチップを減らした際に、その中国人が、どういう態度・空気感だったのかを鮮明に覚えていた。
「今回は、プレミアムハンドは、持っていない」
この情報は、今しか活かせない気がした。サトシは、時間をかけて、その確信の正しさを検証した。
「オールイン」
サトシは小さくつぶやいた。 中国人が、既に何回かオールインでチップをさらっていたが、サトシのオールインは、このテーブルでは初めてだった。
対戦相手の表情が、強く動揺した。彼は腕を組み、じっとサトシを見つめる。
「お前は、エースジャックなんかじゃ、オールインはしないやつだ」
「エースクイーンでもしないタイプだよな」
「俺がKKを持ってないと思ってるのか」
どうしたら強そうに見えるだろうか。でも、強そうに見せようとすればするほど、実は弱いポケットペアであることを見透かされそうだ。
一方、中国人も、コールしてもらいたいオールインなのか、してもらいたくないオールインなのか、材料を探していた。
中国人の独り言は、20分にも及んだ。この20分は、サトシにとっても苦痛な20分だった。カードの1点だけを見つめた。
誰も、早くプレイしろとは言わない。このテーブルの誰もが、この2人のどちらかがいなくなることを望んでいた。
20分経って、中国人が言った。
「お前を信用する」
そして中国人は、自分の2枚のカードを投げ入れた。
「それで、カードはなんだったんだい?」
「君が想像しているぐらいには良いハンドさ」
サトシは短くそう言い、震える手で静かにチップを集めた。
――
二人はそのまま生き残り、翌日へと駒を進めた。
トイレに行こうとしたところで、急に誰かに肩を掴まれた。
「おい、握手だ。」
あの中国人だった。サトシは驚きながらも、しっかりと彼の手を握り返した。
「それで、結局……あのハンドはなんだったんだ?」
彼はここでも尋ねた。サトシはそれに対して、にやりと笑い、こう答えた。
「明日、同じテーブルになったら、ティルトさせるために教えるよ」
中国人は、磊落に笑い、再び握手を求め、去っていった。
帰り道、どぎついぐらいのネオンの中で、サトシは立ち止まった。今、自分は海外の大会を満喫している。それを実感した瞬間だった。