第八話 メンダコ
多数いる教え子達の中から、特にみずきの事を意識しだしたきっかけは、多分夏休みの自由工作のせいだ。
小学校との連携、という計らいで幼稚園の子供達を連れて、小学校の体育館で開かれている自由工作展を見に行った。
夏休みの自由工作が、学年ごとに無機質に並べられており、その中には自分の教え子達の名前もあった。
一人一人の名前を見れば子供達の顔と様子が目に浮かんだ。
幼稚園を卒園した後も、あの子達はあの子達らしく頑張っている様子が、自由工作の中身に表れていた。
園児だったあの子達が、児童になり、学年と共にその階段を一つ一つ登っている。
その様子を確認する度に、俺は目を細めた。
その中で、一際異彩を放っていた手作りの「メンダコ」の模型。
下に添えられた名札に、みずきの名前があった。
みずきらしいな、と思った。
メンダコ自体は深海に住むタコみたいな生き物ぐらいの認識しか無かったが、それを自由工作にチョイスし、手作りで作り上げるあたりがあの子らしい。
女子らしい受けとか、夏休みらしい研究とか、そういった物を無視した、自分の趣味に全開に行くスタイル。
多分一人で作りきったんだろう。細かい部分にやり直した跡や工夫した跡が見られた。
良かった。あの子の事は心配してたけど、あの子らしく頑張っている。
そう思うと、自分の両目から涙がこぼれた。
なんで手先はこんなに器用なのに、心はあんなに不器用なんだろう。
まさか、メンダコで泣く時がくるなんて思わなかった。
そのまま作品を眺めながら歩き続けると、その近くには、光田さゆ、の名前と共に、いかにも女子受けしそうなアクセサリーケースを見つけた。
それも同じく手作りのものだったが、メンダコとは対照的で、周りを煌びやかにデコレーションされ、ケースの中には、それも自分で作ったであろうカラフルな指輪や腕輪が収納されていた。
でもさゆは、別に女子受けを狙ったわけではないだろう。
元々、そういう子だった。
可愛いものや美しいものが大好きで、よく幼稚園でも俺が用意したビーズやスパンコールに目を輝かせて工作に使っていた。
女の子、をそのまま具現化したような子だった。
本当に対照的な二人だ。
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少し大きくなった教え子達の作品展を見ながら、俺はふと思った。
みずきに、作品展すごく良かったよ、と伝えたい。
多分あの子のことだから無茶苦茶苦労してこだわって作ったはずだ。
出来自体は器用だったので、小学校3年生にしては素晴らしいものだった。
きっと、褒めてくれる人も多数いるだろう。
でもそれはさゆの作品のように、友達から無条件で褒められるものでは無いのだと思う。
題材が、題材なだけに。
本当の意味で彼女のことを心から褒められるのは、俺なんじゃないか。
彼女のことを小さい時からよく知っていて、尚且つ肉親ではない他人。
彼女は忘れてしまったかもしれないが、パパだったら良いのに、と思ってくれた。
その言葉はいつしか呪いとなって俺の心に突き刺さってしまったが、今これを伝える為にあったんじゃないか。
今ようやく、鍵を見つけた気がする。
でもそんな俺の気持ちをあの天の邪鬼は直球では受け取らず、はぐらかし続けるんだろう。
そこで俺は手紙を書くことにした。
直接的伝えるよりも、手紙で伝える方が効果的なことだってある。
古典的な方法かも知れないが、手書きの手紙には特別感を感じるはずだ。
俺にしか伝えられない、大切な教え子へのメッセージ。
そういえば、在園中はみずきが良く俺に手紙をくれたのを思い出した。
あの時、返事が出来なくてごめん。
この手紙が、時計の針を進めるきっかけになれば良いのだが。




