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教え子たち  作者: 編人
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第四話 時計

物語の仕掛け上、視点変化があります。

物語の基盤は一人称、さゆのパートのみ三人称になります。

俺だけ時計の針が止まっている気がしている。


周りは、それぞれが前に進み、ぶつかり、悩みつつ、歩を進めている。


俺だけの時間が3年前のあの日で止まっているんだ。前にも進まず、後戻りもできず、ただ悶々と蹲っている。



時間という牢獄に囚われたように、止まっている人間からは、進んでいる人たちは眩しく、輝いて見えた。

自分自身が進んでいる時は、そんな風に思えなかった。



皆が俺を置いて、どこかへ行ってしまう。


俺は進もうと足掻くが、歩き方を忘れて、立ち上がってはまた倒れて、を繰り返していた。

そんなことをしているうちに、俺と世界の距離は取り返しがつかないことになっていた。



自分から出た鎖に、自分が絡め取られているようだった。


────────────


「おはよー、さゆちゃん。」



「先生、おはよう!」



さゆが笑顔でやってきた。

だが、今回は俺が握手の手を差し伸ばしたので、朝のハグを阻止する事ができた。


可愛い教え子が俺に愛を求めているなら、それは万全に受け入れる態勢にあったのだが、七下みずきを頭に浮かべながら彼女に接しているという背徳感が、俺にブレーキを掛けた。


良かった。俺のブレーキはまだ、死んで無かった。




しかし、いつものハグじゃないことにさゆは一瞬戸惑った。



どんな時も誰に対しても、零距離で接する俺が、何かよそよそしい気がする。



(いつもは、抱き締めてくれるのに。頭を撫でてくれるのに。がんばれって、言ってくれるのに。それがわたしの──)



さゆは幼さを残した子だったが、そういうアンテナは非常に鋭かった。




「先生、何かあった?」



さゆのその真っ直ぐな眼差しに肝を冷やした。


何かあったわけではない。何も無いからこうなっているんだ。


七下みずきが、今どうしているのか。

学校で、家で、上手くやってるのか。

蜘蛛の子を散らしたように逃げる、あの天の邪鬼は、俺の大切な教え子は、ちゃんと世間とやっていけているのか。

特別な才能をもった子だったが、特別に心配な子でもあった。



さゆと向き合っている俺の横を通って、当の本人が校門から足早で教室に向かうのがちらっと見えた。


帽子を深々と被り、切りっぱなしのボブは肩上になっていた。俺には一瞥もせず、下駄箱へ向かった。



一瞬、そちらに泳いだ目線をすぐにさゆに戻した。




「え?大丈夫!先生はいつも元気!」



嘘だ。ごめん。

君に嘘をついている。

元気なフリをして、頭の中をみずきでいっぱいにして、君に接している。

ごめん。



君の好きな先生を演じている。

いつも元気で、誰にでも優しいけれど、君には特に優しく感じる先生。

いつも冗談を言っている、子供の中心にいる先生。



自分の本性を笑顔の仮面の裏に隠すことには慣れてしまっていた。



「そうなんだ、良かった!お仕事頑張ってね!」



「ありがとう。さゆちゃんも頑張ってね。また会えるのを楽しみにしてる」



そう言って、登校する教え子達を見送った。



────────────



(絶対、何かある。)




光田さゆは、いとも簡単に元担任の嘘を見抜いていた。

もう彼女は幼稚園の頃の小さな女の子ではなくなっていた。


先生が、あんな顔をしているところは見た事が無かった。



(また会えるのを楽しみにしてる?そんな事、あの先生から?)



普段は自分の容姿や仕草を恥ずかしげもなく直球に褒め、「学校サボって飯でも行く?」と、小学生にかける言葉では無い冗談を平気でかける先生。



普通の感覚では、正気の沙汰ではないと感じるその立ち振る舞いだが、あの先生なら不思議と笑って許せた。



もちろん、さゆ自身も冗談なんてことは分かっていたし、何より子供達に対して子供扱いをせずに、周りの大人と同じように冗談や軽口を言って自分に接してくれることが嬉しかった。



自分をただの子供ではなく、対等な人間として向き合ってくれる、彼女にとって数少ない教師であった。




3月生まれで見た目も幼いさゆは、どこに居ても子供扱いされた。しかし、彼と過ごしている時は、自分が少しだけ大人になった気分でいられる。




その相手が幼稚園の元担任というのは、皮肉なものであった。



光田さゆはそこまで考えていたわけでは無かったが、子供心に心地良い自分だけの居場所をそこに見つけていた。



それが、あんな「また会えるのを楽しみしてる」なんて、誰にでも掛けそうな言葉をギクシャクしながら自分にかけるなんて。



きっと、何かあったはずだ。



でも、さゆ自身には、どうしようも無かった。


相手は大人だったし、何より先生だ。

どこまで考えているのか、それとも何も考えずに本心で接しているのか、それも分からないような人。


彼女にとって彼は、とても近くて、そして何よりも遠い存在だった。




自分が力になれることなんて、きっと無い。

大人はきっと、大人だけで自分達の問題を解決しようとする。




そう思うと、光田さゆは少し心がざらついて、誰かに話したくなった。



普段はあまり話さないけれど、同じクラスに、同じ幼稚園の出身で、同じ先生から学んだ友達がいた。

あの子なら、何か分かるのかも。



光田さゆは、教室についた。



彼女のロッカーの二つ隣には残酷にも七下みずきの名前があった。

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