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教え子たち  作者: 編人
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第二話 七下みずき

七下みずきは、特別な女の子だった。



彼女は他の誰とも違う、特別な存在だった。

ありふれた歌詞のように人間それぞれ一人一人が特別なはずだが、それを踏まえて尚、彼女はその上に光り輝いて立っている。



彼女の特別さ、それは誰にでも気付ける事ではなく、彼女と関われば関わる程、彼女の奥深さに気付くのだった。



肩に乗っかった切りっぱなしのボブに、眉の上に切り揃えられた前髪、色白の肌に大きな双眸、父譲りの眉はしっかりとした印象だが、眉尻が少し下がっている。奥二重だが、笑うと目が細くなる様が可愛らしい。

顔のパーツで言えば中の上ぐらいで、一般的に見れば飛び抜けた美少女、というわけではない。

人見知りと、少しの吃音があり、特に年齢問わず男性に対しては少し心を開き辛いところがあった。




性格はどちらかといえば内向的だが、友達は少なくない。自分の好きな事に対しては突き詰める傾向があり、それは彼女の場合は絵画や生き物に対する興味に向けられていた。

しかし、視野が狭い訳ではなく、自分の興味に合えば歌や音楽も楽しめるような、好奇心に溢れた子だった。

彼女のそういった様子や、知識の豊富さに同年齢の友達は一目を置き、幼いながらに彼女のそういう面に尊敬をもって接していた。



もちろん、友達に対して尊敬の念を持って接するように子供達を育てたのは少なからず自分の力もあるのだが、それは決して彼女を特別扱いしたからではなく、誰が相手でもそうするように育てたつもりだ。



彼女は特別な存在だが、そのクラスもまた、特別な存在ではあった。



自分の人生史上、最高の子供達と言っても過言では無い。自分の理想に近付き、それを超えていく子供達だった。

一人一人の長所、短所、エピソード、友達関係、今でも昨日の事のように鮮明に覚えている。




違うクラスの担任を多数持った今でも、あの時を超えることは無く、それに対して一種の虚無感を感じながら日々を過ごしている。その事実が一層、あの時のクラスや七下みずきを特別たらしめていた。




───────────



七下みずきが俺の元を離れる前のある日、彼女から掛けられた一つの言葉があった。




「先生が、みずきのパパだったら良いのに。」




その言葉は今でも俺の心の重しになっている。

いや、重しと言うよりも呪い、という言葉が相応しいのかも知れない。




その時の言葉を彼女の母に軽く冗談を交えて伝えると、彼女の母は冗談を吹き飛ばして真顔で言った。それは、その通りだと思います。と。


母からは父親に対する愚痴が溢れたが、その内容ははっきりと覚えていない。

それよりも、頭の中に、その通りだと思います、の一言が楔のように打ち込まれた。



彼女から、そう思われた事が何よりも嬉しかった。心を開き辛い彼女の扉が、自分から開かれたような気がした。



俺は彼女にとって、先生であり、友達であり、兄弟であり、父親だったのだ。


実際、どの子に対してもそのように接してきた。

時に優しく、時に厳しく、時に頼り、時に感情を共有して。


そのように関わった子供達から、願ってもない言葉が届いた。

教師冥利に尽きる、の一言を具現化した言葉だった。



しかし、彼女のその言葉が、ただの俺に対する好意()()()()のでは、という疑念が呪いとなってのしかかる。



あの言葉は、もしかするとSOSかも知れない。或いは、自分を試した言葉かもしれない。


人一倍聡明で、甘え下手な彼女から、そんな言葉が出る事に違和感を感じたからだ。



ただの好意なら、どんなに楽だっただろうか。



あの時の俺は、彼女に何と言って返したんだろう。



抱きしめたんだろうか。

彼女の気持ちをしっかりと受け止められたんだろうか。


そこが大事なはずなのに、何故かそれが思い出せない。



────────────


その後、クラスの子供達ほとんどが涙を流して嗚咽した、保護者曰く伝説の別れを終え、あの子達は進学した。




俺だけがそれをこの場所から見送っていた。




未練は全く無かった。




自分のやりたいことはやったし、子供達も自分の想像を超えて大きく育った。



あのクラスを2年間受け持てたことは自分にとって最大の幸せであった。

それに対しては胸を張って言える。

どの子も俺の生徒達から、可愛い教え子へと昇華した。



それぞれが新しい生活を楽しみ、新しい出会い、新しい学びに旅立っていった。



俺は近くからそれを見る事が楽しみで、会うたびに成長している彼女達と、小さい頃から変わらない部分とのギャップにどこか安心感を得ていた。




しかし、心のどこか奥底に、また完全燃焼していない火種が残っていた。




きっと、その正体は彼女に掛けられた呪いだった。





その火種はあっという間に膨らみ、自分ではもうどうしようもない事になっていた。


自分の心が、みずきに侵食されている。


あれからもう3年近く経つのに、今頃になって尚熱く燃えている事に気付いてしまった。




あの時の呪いを解く鍵は俺はもう無くしてしまった。

みずきはまだ、持っているんだろうか。

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