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教え子たち  作者: 編人
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第十七話 幸せ

みずきは習い事から帰宅して、ポストに入っている異様な包装紙に驚いたらしい。


しかも、それが自分に宛てた物だと知って、もう一度驚いたと聞いた。



『プレゼント、ありがとうございました!大好きなウミウシで喜んでます!どうして分かったんですか?』



母親からのLINEを何度も読み返す。

俺の中の黒い奴が天に昇って行くのを感じた。



──良かった。報われた。



行き場のなかった思いが、何の運命か本人に届いた。

俺は部屋の中、スマホを抱えて一人で歓喜の渦にいた。

届かなかった思いも、彼女を思う心配も、あの時幼稚園で言われた「パパだったら良いのに」という掛けられた呪いも、独りよがりだった全てが一つ一つ形を成して、意味が無かったわけじゃないと知らせてくれているようだった。



どうしてか涙が止まらない。

人って本当に嬉しい時は涙が出るんだ。


何かの本で涙は消毒作用があって塩分が含まれるからしょっぱいと聞いたが、今の俺には消毒なんていらない。むしろ甘いんじゃないか、とすら思う。

それぐらい、「幸せ」という言葉を具現化したような感情が湧き出ていた。



母親への返事を丁寧に打ち終わっても、俺はどこか

夢見心地だった。

紆余曲折したが自分の思いを本人に届けられた。しかも、プレゼントまで贈ることが出来た。

本当にあの時、あの店に行っていて良かった。

母親との出会いには運命めいたものを感じた。



──────────



あれからしばらく経った。


頭の中に常にみずきがいる状況から脱出し、少しずつ俺は普段の日常に戻りつつある。

もちろん、みずきのことを忘れたわけではないし、普段の生活でもどこかに彼女を思い出したり、彼女と会えることを期待してしまう自分がいたが、少し前までの気持ちと比べると軽くなった。



俺はいつものように出勤して園の周りの落ち葉を掃いている。

季節が少し過ぎたことを、落ち葉の色が物語っていた。



ちりとりに集めた葉っぱをゴミ袋へ入れる繰り返しの作業の中、懐かしい顔が目の前に入った。


光田さゆ。そういえば、毎日のように会いに来ていたさゆが来るのは久しぶりだった。

しかし、俺が見知った彼女とは、違うものだった。




「さゆちゃん?髪、切ったの?」


光田さゆは俺が近付くと恥ずかしいとも、不機嫌とも、怒ってるとも何とも言えない表情を浮かべていた。


何かあったんだろうか?

いつも満開の花のように笑う彼女のイメージと少し違う。


バッサリとショートカットに切った髪型も、今まで見たことが無かった。

長い髪を一つか二つに括って、それを揺らしながら遊んだり、些細なことでニコニコと笑っているのが俺の中の彼女のイメージだった。




俺の方を見つめたまま近付いてくる。

ハグしようと両手を伸ばすわけでもなく、話したいことを相談しようとするわけでもない。


そのいつもと違う様子に俺はドギマギしながら、ただ佇んでいた。



(もう…この先生は。あれから私が悩んだことも何も知らないし、気付かない。)



つかつかと歩き、ついに俺の前に来た。

どうしたんだろう、何かあったんだろうか。




「…似合うかな?」


指先で短く切った首元の髪を触り、さっきまで見つめていた目を逸らせてさゆが言った。



そうか!髪型のことで悩んでいたのか!


女の子らしい悩みだ。

たった一束の髪が決まらないだけで、その日の気分が憂鬱になり、テンションが50%下がる。


女の子にとっては見た目が思い通りに行かないことが学校を休む程の理由になるって聞いたことがある。


それならばいつもキラキラと輝くような笑顔を俺にくれていたさゆが、あんな思い詰めた表情を浮かべていたことにも納得がいく。


一束の髪どころか、これだけバッサリと切ったんだ。周りの目が気になるよな。



「似合ってるよ!世界一可愛い!」


俺はさゆの両頬を抑えて、真っ直ぐ目を見て褒めた。


そして、彼女の小さな肩をぎゅっと抱きしめた。

大丈夫だよ、というエールを込めて。



(あ…。)



さゆは恥ずかしそうに目線を逸らして、顔を赤らめた。

これまで散々ハグを求めてきたくせに、今更こんな事で顔を赤らめるなんて可愛い奴だ。



「さゆは世界一可愛いよ!」



言い聞かせるように、腕の中でもう一度言う。



自信を持って、さゆ。


君はきっと、君が思ってる以上に素敵で、本当に可愛い子だよ。


俺にとっても、みづきとはまた違った意味でだけど、可愛くて大切な存在。




──────────


元担任に抱かれたまま、光田さゆは訳のわからない感情に左右された。


私の知らないところで、七下みずきと何かあったであろうと疑念をもった光田さゆは、それを隠す素振りを見せた元担任にも何か蟠りを感じていた。


それは怒りとも悲しみとは違う感情だった。



彼女が生まれて初めて抱いた『嫉妬』という物に近い感情だった。




自分の大好きな先生が、そして自分のこともきっと好いてくれてる先生が、どうして、他の女の子の事で悩んでいるの?


それも同学年の、同じ教室で一緒に過ごした、違う女の子に。



七下みずきは確かに他とは異なる同級生だった。


でも、それは自分だって同じ。




私のことは、特別じゃないの?


みずきちゃんは私よりも大切なの?


どうして、私じゃいけないの?



そんな感情が光田さゆの心を蝕んだ。




しかし、そんな複雑に絡まった感情が元担任のハグと一言によって、全てが一本の糸のように解れた。



別に可愛いと言って欲しくて、髪型が似合うかどうか聞いたわけじゃない。


ただ、この鈍感な大人に掛ける言葉が見つからなくて、こないだ切った髪型について聞いてみただけだった。



ただの鈍感なら、お世辞程度に似合うよと、笑い掛けるだけだろう。





世界一可愛い、彼が何気なく言ったその一言は、光田さゆの自尊心を、自己肯定感を、絶頂へ押し上げるに十分だった。



七下みずきに抱いていた初めての嫉妬も、元担任への疑念も、自分だけを特別扱いされたような充足感で全て吹き飛んだ。




──やっぱり、樹里先生にとって私は特別なんだ。



光田さゆは、抱きつかれて硬直したその二つの腕を元担任の胸に伸ばして言った。



「大好き。」



光田さゆが涙を堪えて絞り出したその4文字には、彼女が生きた8年間で感じた経験の全てが詰まっていた。



この人は一体、何なんだろう。

どうして私は、こんな人をこんなに思ってしまうんだろう。



この人はきっと、表向きはとんでもない嘘吐きで、裏の顔はとんでもない正直者。普通じゃない、歪でちぐはぐ。



彼が今、どちらの顔をしているのかなんて、きっと彼自身にも分かっていない。そういう人なんだ。




光田さゆは、涙を目の奥に隠して、手を振って教室へ向かった。

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