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教え子たち  作者: 編人
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第十四話 記念日

日曜日、俺は以前から読みたかった本を探しに複合施設に足を伸ばした。


読書に集中することで、頭の中から少しでもみずきがいない時間を作りたかった。

別に読書じゃなくても良かったが、何か他の事はやる気が起きない。



沢山のテナントが入っている店の中で、家具から食品まで様々な商品が置いてある店舗に目がいった。

日本全国どこのショッピングモールにもあるような、有名な店だ。俺もそこで家のベッドや、インスタントのカレーを買ったことがある。



そういえば、七下みずきはここの店の服をよく着ていた。

シンプルな柄に、質の良い生地。よく似合っていた。


いけない、また頭の中がみずきでいっぱいだ。

頭をぶんぶんと回し、それを振り払う。

違う事を考える為に、ここへ来たんだ。



「ねー、あれ可愛くない?」


「いや、絶対こっちでしょー!」


他の客が陳列された様々な商品を見ながら話している。

会話の内容は雑踏と一緒で頭に入ってこなかった。


早く俺も、そういう日常を戻りたい。

ごく普通で、今起きていることに目を向けて、目の前の人を大切にできる、そんな日常に。




しかし、書店までの通過点と思っていたその店舗に驚きの人物がいた。

現実かと疑うようにしばらく目が離せなかった。


あの人は、絶対そうだ。



地底からエレベーターで一気に上空まで打ち上げられたかのようなその衝撃に、俺はしばらく息をするのを忘れていた。

時間が止まる、という感覚はこの事を言うんだろう。



七下みずきの母親が、その店舗で買い物をしている。




この時、双眸に焼き付けられた光景を俺は一生忘れないと思う。



買い物先で保護者や子供と会う事なんて珍しいことではなかったが、生活圏が違ったり時間帯が違ったらすると全く出会わない保護者もいる。


七下みずきの保護者とは、一度もそういった場で出会ったことがない。



さて、どうやって、話しかけようか。

でもみずきと違って逃げる事はないだろうし、この方は俺のことは信頼してくれているはずだった。2年連続でみずきの担任に決まった際「この子は人生の運を全て使い果たしたんじゃないか」とまで俺に言ってくれた人だ。本心かお世辞かは分からないけれど。

しかし、普通に素知らぬ顔で「こんにちは」と話し掛けるのも何かよそよそしい。



俺は店の什器を潜り抜けて背後からバレないように忍び込み、無防備な双肩に手を置いて「わっ!」と声を掛けた。



一瞬ビクッとして、何事かと振り返るみずきの母。


その後すぐに低姿勢かつ笑顔で「こんにちは」と話し掛ける。


まだ驚いたままでいるみずきの母、あれ、掴みに失敗したか?


「ご無沙汰しております。お元気でしたか?」


「せ、先生!久しぶりですね!」


「久しぶりにお会い出来て、すっごく嬉しいです。実は七下さんにお会いしたかったんです。」


「えぇ、私に?」


みずきの容姿は父親似なので母親にはあまり似ていないが、話し方や身振り、目線の使い方にどことなくみずきを感じた。


「みずき、元気でやってますか?あの子、登校中ずっと下向いてて、話しかけようとしても逃げるし、気になってたんです。」


「気に掛けてくださってたんですね。ありがとうございます。あの子、気難しいところがありますからね…。」


そこからは少しの間、みずきの近況などを聞いた。

そこに幼稚園時代のみずきの思い出話に花を咲かせる。

多分賞賛する言葉が多かったが、別に母親におべっかを言うつもりではない。俺の本心だ。

あの子は、特別な子です。特別な才能がある。でも、それを抜きにしてもあの子は良い子です。



あまりみずきの話ばかりするのも変だと思われるので、俺は共通の話題を探して話続けた。

母親もそれに乗っかり、店先で立ち話だと言うのに長い時間付き合ってくれた。


こういう時多趣味は役に立つ。大抵どんな保護者とも話を合わせることができる。



「そうそう、夏休みの作品展でメンダコ見ました。凄く良くできていて、笑っちゃったんですけど、あの子らしく頑張ってる様子が嬉しくて泣いちゃいました。」


「ほんとですか?!ありがとうございます。あの子、実はすごく苦労して作ってて…」


「みずきらしいですね。でも俺はそれが嬉しかったです。」


「帰ったら、伝えときますね。先生に褒められたら、あの子すっごく喜ぶと思います。」


「いつも、逃げられるんですけどね…。そうだ、連絡先交換しませんか?」


「え、いいんですか?」


みずきの保護者はスマホを取り出し、連絡先を教えてくれた。

さすがに偶々出会った保護者に連絡先を聞くことは少し度胸がいることだったが、スムーズに聞けた。



「買い物中にお呼び立てして、すみませんでした。お話できて凄く嬉しかったです。」


「いえいえ、こちらこそ!ありがとうございました。」


「また時間があったら、お茶でもいきましょう。」


笑って手を振って、その場を離れた。


俺は本来自分をシャイな方だと自覚していたが、教師生活を続けるうちにいつの間にか軽い感じも出せるようになっていたことに驚く。



とにかく、みずきの近況を聞けて、結果人づてになってしまったがエールも送ることができた。

今までで最高に気分が晴れやかだった。



俺はそのままの足で、当初の目的だった書店に向かった。

みずきの母と会う事で、目当ての本の他に、もう一つ買うものができた。


さて、それを買ってどうするかは、もう一つ度胸が必要だ。

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