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教え子たち  作者: 編人
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第十三話 涙の理由

瀬下あずさが泣いたのは、卒園式を2週間後に控えたある日だった。




人一倍負けん気が強いくせに、運動会で勝っても負けても泣かなかった。


音楽会では心臓が飛び出るほど緊張していたのに、終始無表情で自分の役割をこなした。

その様子に、あずさの保護者は笑ってたっけ。




「これは、先生から見た、君たちの2年間です。」


卒園式のリハーサルで、2年間の思い出をビデオで流した。

と言っても立派な映像のような編集技術は無くて、ただ俺が幼稚園で撮り溜めた写真をスライドショーにしたものだ。


俺の目線で、この子達の生活を、成長を映したものだった。

こんな物を作ろうと思いついたせいで残業が増えたことは事実だが、俺からの最後のプレゼントだと思えば辛く無かった。




俺の思惑通り、子供達は目を輝かせながらそれに見入った。


沢山の切り取られた思い出が、そこにあった。


それは9分間のようで、永遠のように感じた。


七下みずきや、光田さゆだけでなく、誰もが主人公と言えるような映像。


楽しい事ばかりではなかったが、切り取られたそれは幸せに満ちていた。



最後の写真は、幼稚園最後の行事である劇が終わった後に撮った集合写真だった。

達成感から満面の笑顔で列を組んだ子供達の前に、俺が肘をついて笑顔で横寝をしている。



園生活や子供達との関係を一枚で表したような写真だった。




──────────


「うぇ〜ん…。うぅ…。うぇ〜ん。」


見終わった後、園庭で子供達と遊んでいると、ベンチから拍子抜けしたような泣き声が聞こえてきた。



その泣き声の持ち主は、瀬下あずさだった。



この完璧超人は、泣いたらこんな感じだったのか。


泣き顔を見られまいと突っ伏してはいるが、声をあげて泣いているので、もう泣いている事を隠す気は無いのだろう。



「どしたー、あずちゃん。」


理由は大体分かっているが、敢えて素っ気ないふりをして、あずさの肩を抱いた。


身を委ねるように、その小さな頭が俺の胸に寄り添った。




「そつ…えんするの……やだ」




振り絞ったその一言が、俺の涙腺に突き刺さった。


他の誰に言われても嬉しい言葉だが、強がりのあずさの言葉には重みがあった。


そのまま、俺も同じように泣くことが出来たら楽だったんだろうか。

でも、俺の涙は卒園式まで取っておきたかった。



「そうだよな。幼稚園楽しかったよなぁ。」


頭をポンポンと撫でながら、笑顔で話した。

ビデオで振り返った直後だったので、楽しい思い出ばかりが頭に横切った。

多分、それが余計にあずさにとっては寂しかったんだろう。




しばらく経った後も、あずさの涙は止まらなかった。


それは今まで溜め込んできたものが決壊したように

あずさから流れ出ていた。



「じゃあ卒園やめて、もう1年やるか。」


「それも…やだ…。」


「冗談だよ。もう先生がここで教えることは何も無いよ。」


あずさの涙を止めるきっかけを探しながら、俺は周りの子を見渡した。


どの子も、自慢の教え子だ。

教えることは何も無い、なんて言ったが、むしろこの子達から俺が沢山のことを教わっていた。



「うぅ…うぇ〜ん…。」


「もう泣くなよあずさ。幼稚園からは皆同じ小学校に行くんだから、また一緒遊べるだろ?友達とはお別れじゃない──」



その一言が、虎の尾を踏んだ。



「私は!先生とお別れするのが、いやなの!!」



あずさは、ありったけそう叫んで、また突っ伏して泣き出した。

涙を止めようとしていたのは、まるで逆効果だった。

今までよりも激しく泣き始めたあずさの姿を見て、俺はこの子に言わせちゃいけない言葉を言わせてしまったのだと自覚した。


あずさの言葉が、その姿が俺の心に、突き刺さった。



「そんなこと、言うなよ。お別れなんかじゃない。またいつでも会えるよ…。」


「うぅ…あぁぁ…。」


「ほら、残り少ない幼稚園、せっかくだから楽しく過ごそうぜ。」


「じゃあ、何で先生も泣いてるのよ!」



あずさに言われるまで、俺は自分が泣いていることに気が付かなかった。


卒園式までとっておくつもりだった涙は、6歳の女の子の一言で簡単に解き放たれた。


あずさへの俺の慰めの一言は、俺自身が泣いていることで何の説得力も無くした。

今まで格好つけてたのが水の泡だ。


二人で無言のまま泣いていると、お互い少し気が楽になった。





言葉よりも涙の方が伝わる時もある事を、この子から教えてもらった。


──────────


深酒が進んだ土曜日の夜。

時間だけが無情にも過ぎていた。


過去に囚われ過ぎている、この現状を打破したい。

明日は特に予定も無いし、どこかへ気分転換に出掛けよう。


しかし、翌日の外出で、自分の人生を変えるような奇跡の出会いが起こることを、まだこの時の俺は微塵にも思わなかった。

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