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教え子たち  作者: 編人
12/17

第十二話 不器用な賢さ

最悪の金曜日を終えて、土曜日は何をしたか覚えていなかった。


みずきに会えないという思いが、絶望が広がっている。



驚いた顔、刹那に逃げ出す姿。

あの時、きっとチャンスは一度きりだった。


そのチャンスをものに出来なかったのは、ただ俺が不甲斐ないからだ。

3年の間、何度でも素直にみずきに話しかけるチャンスはあっただろう。

それを、放ったらかしにしていた罰だ。



これ以上みずきを追えば不審がられるのは明確だ。

俺の気持ちが、みずきへの思いが、不審なものだと思われるのは癪だった。

もちろん、自分で気持ち悪いのは分かっている。もう行っては駄目な部分にすら足を突っ込んでいる気がする。




ふいに、瀬下あずさの顔が頭に浮かんだ。


みずきにあと一歩のところで、瀬下あずさから名前を呼ばれ、俺はチャンスをふいにした。

しかし、瀬下あずさのせいにしたり、攻めたりするつもりは無い。


彼女もまた、七下みずきや光田さゆと同じ頃教室で過ごした大切な教え子だ。


一際賢くて、大人びた子だった。


──────────


「なぁ、あずちゃんって、人生何週目?」


「は?先生何言ってんの」


「いや、絶対何回か経験してるでしょ」


「初回だよ。初回限定。」



6歳の女の子が吐く言葉とは思えずに、当時の俺は吹き出した。

このくだりを何度やったか分からない。


何をさせても優秀な成績を残し、かつ友達にも優しく接することができるリーダー。それがあずさだった。


しかし、自分で旗を作って友達を巻き込んで行進したり、自分の作った歌を周りに歌わせようとしたりするなど、時折見せる子供っぽい姿もあった。


そのギャップがおかしくて、俺も子供達も笑ってしまうような、クラスの中心にいた子だった。



そんなあずさの唯一の弱点は、幼稚園で泣いたことが無いことだった。



怪我をしても、寂しくても、あずさは一度も泣いた事が無かった。


泣く事を我慢していたのだろう。

5〜6歳の子は感情の表現が未熟だ。

泣きたくなくても涙出る事なんてザラにある。


それが、彼女には出来なかった。

彼女の賢しさや、プライド、意地が彼女の涙を堰き止めていた。



あずさは泣かなかったのではない。泣けなかったのだ。



俺はそんな彼女の心を見抜いていたし、あずさもきっと俺に見抜かれていることは百も承知だっただろう。


でも、そんな姿をあずさは人前では出せなかった。だから彼女は人目を盗んで、俺に甘えた。


俺が何かをした時ではなく、自分が甘えたい時に甘える、そういう事がよくあった。




「あずちゃん、どうしたの?」


「なんでもない。何も聞かないで。」


「そうか。でもこの状態では、先生は歩くことも出来ない。」


「歩かなくていい。このままいて。」


「そうか。分かった。」



猫のように、自分の欲望のまま彼女は俺に抱きついた。


俺の足にしがみつく彼女を、俺はしゃがんで抱きつき返した。



「先生、それはちょっと恥ずかしい。」


「そうか。じゃあ恥ずかしがらなかったらいい。」


「ちょ、ちょっと痛いよ。はは…痛いって。」


「あずちゃんから抱きついて来たんだろ?先生も、抱きしめたいから、こうする。」



あずさはまるで、教師の仮面を被った俺と同じだった。

子供の仮面を被った、子供。

自分がどうあるべきかを、理解してしまっている子供。




そんなあずさが、一度だけ泣いた事があった。

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