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あんまりだァァ!/アルブラ発売日+2日 火曜日の自宅

 晩飯の後、俺は海羽が淹れてくれた沸騰寸前のお茶の処遇に困っていた。

 何の理由があって、鍋つかみがないと持てないような温度で淹れるのか。

 それも緑茶を。

 またいつもの前衛料理の一環か、さもなくば、ただの嫌がらせなのか?

 海羽というのは俺の妹だが、普通の妹とは少しだけ違っている。

 海羽と俺は、クラスは違うものの、同じ学校の同級生だ。こう言うと、よく、双子かと思われるが、双子じゃない。

 では、どちらかが養子の、血が繋がっていない兄妹かというと、多分そうじゃない。ましてや、互いに兄妹と呼び合っているだけのニセ兄妹などであるはずがない。

 実は、俺が四月生まれで、海羽が翌年の三月生まれという、非常に単純な理由なのだ。

 種明かしをすると誰もが〝つまんねぇ〟と言うが、俺は最初に〝少しだけ違う〟と断ったはずだ。現実の世界には、そんなにドラマチックな出来事なんてありはしない。

 普通と違っているのは俺との続柄ではなく、むしろ本人の頭の中のほうである。

 こいつは、前衛料理と称して時々妙なものを作る。

 最近作は〝オカラ豆腐〟。

 廃棄物になっているオカラの平和利用法を考えるとして、豆乳で固めるという方法を思いつき、容赦なく実行した。結果、できたのは、当然のことながら極めて舌触りの悪い豆腐だが、本人に聞くと、

「どちらも大豆が原料なので、相性がいいと思った」

 とのことであった。そりゃいいだろうけどな。

 どうしてわざわざ豆腐屋さんが分離したオカラと豆乳を、再び混ぜてしまうのか。

 有効利用法なら分かるが、平和利用法とはなんの冗談なのか。いつも眠そうな顔をしているので、確信犯なのか故意犯なのか、表情からは読み取れない。

 そもそも豆腐は食材であって料理ではない。

 その前に作ったのは〝真・ホワイトシチュー〟。

 ホワイトコーン、白シメジ、カリフラワー、ジャガイモ、イカを具材としたホワイトシチューなのだが、栄養のバランスはいいし、味も悪くはないものの、見事に真っ白。

 口に入れるまで、なにをスプーンに掬ったのかすら分からないというのは、かなり新鮮な感覚で、まさに真昼間なのに闇鍋状態だった。

 まったく、俺のような常識的な人間の妹が、どうしてこうなんだと首をかしげること然りである。しかし、もしかしたらお隣の非凡なひとり娘に対抗するため、後天的に獲得した形質なのだろうか。

 だとすれば、我らは兄妹揃ってヤツの犠牲者ってことになる。

 なんと不憫なことだろう。映像化したら全米が泣く。間違いない。

 さて、いつまでも茶ごときにてこずっているわけにもいかないので、俺は、早々に団欒を切り上げて直ちに二階の自分の部屋に上がることにした。

 喉を焼きながら激熱の緑茶を流し込む。

 リビングを出るとき、

「緑茶はもっと低い温度で淹れるように」

 と言い残すと、海羽が小さく〝ちっ〟と呟いた。

 舌打ちではなく、あくまでも芝居がかった風に呟いたっていうのが、かわいいと言っちゃかわいい。

 もしかすると、熱い茶を出しておいて、それを持て余している間に話でも振ろうとしていたとか、そんなかわいいことを考えていたのではないかと思い当たったが、そんなタマとも思えない。

 そもそも,今の俺を留めることは何人たりともできないのだった。

 と言うのも、アルブラが、俄然面白くなってきたところだったのである。

 夕食前には、主人公かつまとともに旅をする魔法使いピアチェ、僧侶〝ガラム〟に続く四人目のキャラクター、女騎士の〝サマディ〟が仲間になった。そして、次第に敵ボスの影もちらつき始めて、いよいよ本格的にストーリーが動き出そうとしているのだ。

 これから彼女の装備をチェックして、パーティの装備レベルを合わせる必要がある。

 新加入したキャラクターは、わりと強力な装備を持っていたりする。

 困難を切り抜けて仲間を増やしたご褒美に、また、この先を進めるモチベーションのために。理由は様々だが、RPGではよく使われる手段だ。

 メンバーが増えた上に強い装備を持っているとなれば、パーティの戦力は一気に上がる。仲間にするのに骨が折れたとなると、なおさらプレイヤーは強い達成感が得られるわけだ。

 新加入したメンバーの強力装備を、貧弱なキャラクターにまわしてやることにより、守備力と攻撃力を平均化する。

 そうしておくとダメージ量が計算しやすいので、“こいつはあと一発殴ったら倒せるから、先にこいつをやっちまえ”などと、戦術が立てやすくなる。

 俺はこの作業の、なんか、〝やりくりしている〟って感じが好きなので、職業ごとに専用装備があって、装備のレベルが上がると全とっかえになるような〝フェイタルフレンドリー〟、略してフェイフレタイプより、割とアバウトにキャラクター間で装備を使いまわせる〝アルブラ〟タイプのほうが透きだ。

パワスタ2の電源は入れっぱなしにしてあったので、リモコンでテレビの電源を入れると、グレーのブラウン管に滲むようにゲーム画面が現れた。

 このテレビは、居間のテレビを地デジ対応に買い替えたときに余った二十一型テレビを両親の寝室に回し、そこに元々あった十四型テレビデオがトコロテン方式で俺の部屋にゲーム専用機として天下りしてきたって代物なので、結構古いしビデオ部分は壊れているのだが、まぁそんなことはどうでもいい。

 アルブラの話に戻ろう。

 新しくメンバー入りした女騎士のかすみは、予想通り、その町ではまだ買えないような装備を持っていた。

 驚いたことに、いつものシリーズでは物語終盤にならないと登場しない天使の兜だ。

 これは、兜と銘打ってはいるが、属性は帽子に近く、職業に関係なく装備できる。

 しかも、守備力の高さは頭に装備する防具の中では五本の指に入るため、最終決戦には必須となるアイテムだ。少なくとも今までのシリーズではそうだった。

 しかし、まだまだ序盤の段階での天使の兜は、ご褒美だとしても過ぎた代物であり、ゲームバランスを崩しかねない危険なアイテムだ。

 天使シリーズがこんな序盤から登場するということは、今作ではもっとすごいアイテムが登場するのか、または、あまりにも弱い魔法使いのピアチェを強化すべく、バランス取りのために投入されたかということが考えられるが、恐らくその両方の理由だろう。

 天使の兜のような一点ものの名品は、おいそれと手に入るものではないが、名家の出身と思しき女騎士かすみが持っていたとすれば、先祖伝来のお宝という理由もつけられる。そもそも、ほとんどの武具を身に着けられる騎士が、帽子属性の天使の兜を装備しているというのが不自然ではないか。

 ここまで考えると、かすみが天使の兜をピアチェに奪われるのは、製作者の意図するところであると結論付けられる。

 製作者の意図、即ち、ゲーム中においては神意である。

 俺はそう結論付けると、さっさとかすみから天使の兜を剥ぎ取り、そのままピアチェに装備させた。かすみにはかつまのお古の鉄かぶとをプレゼントだ。

 これで、数字の上ではバランスのいいパーティーになった。

 実戦ではどうか試すため、俺は意気揚々と街の外に出た。

果たして、かつまより高い攻撃力を誇るかすみを迎えたことによるパーティの戦力アップは目覚ましく、魔法を使わなくても、まったく危なげない。かすみが剣を振るたびに、確実に敵が減っていく。ピアチェが受ける物理的ダメージも半分くらいになったし、やはり、ほとんどの敵を一撃で倒せるキャラがいるっていうのは心強い。

 血気に逸るわがパーティ,というか俺は,そのまま次の街を目指して旅立った。

 この先に現れる敵の強さは,プレイヤー側が四人揃った状態であることを前提に設定されているのだから,当然のことながら今より格段に強くなっているはずである。

 そう覚悟していたのだが,実際の敵の強さは予想を超えていた。

 アルブラのお約束のひとつに,〝橋を越えると敵が一段強くなる〟というものがあるが,それを勘定に入れた上で,〝あんまりだァァ!〟と思うほどだった。

 敵の猛攻は容赦なくわがパーティからHPを奪ってゆく。

 ガラムの〝ベポイモ〟だけでは足りず,かつまのつたない回復呪文〝ポイミー〟まで動員せねばならない有様である。

 だが,〝このまま疲れきって死ぬだけなのか!〟というなにかのアニメのセリフがちらりと頭をよぎった瞬間,前衛の三人を盾代わりにして放った、ピアチェの現在使いうる最強呪文〝モゲラマ〟が見事に決まり,なんとか戦闘を終わらせることができた。

 しかし,命ながらえはしたものの,わがパーティは,次の街が画面隅に見えているというのに,まるで地雷原に迷い込んでしまったかのように一歩も進むことができなくなってしまった。もう一度,さっきくらいの敵が出たら,確実にやられる。それほどまでにパーティは疲弊していた。

 進退窮まったわがパーティは,結局,次の街へは指呼の間の位置であったにもかかわらず,移動の呪文〝マルーロ〟でミドガルドへの帰還を余儀なくされてしまった。

 すぐに宿に泊まり,継続の書にセーブする。

 これで一安心だ。

 そこで俺は考える。もう一度次の街を狙うか,ここに留まりレベル上げをするか。

 確かに,多少のリスクを犯してでも次の街にたどり着き,装備を整えればパーティは強くなる。しかし,全滅とリセットなどを繰り返していると,いつまで経ってもカッパーは貯まらないし強くもならない。それよりも,いまここで,簡単に倒せる敵を相手にがっつりレベルを上げておけば,後が楽になる。

今日よりも明日なのじゃ! 

 ミスミの爺さんの声に励まされた俺は,寝るまでここでレベル上げをすることにした。

「……あれ?」

 しばらくモンスターを倒していると、なにか違和感を覚えた。

 そして、同時に、なにかを忘れている気がした。

 なんだろう?

 しかし、はっきり分からないということは、そんなに重大なことではないのだろうし、忘れているってことは、そんなに大事なことじゃないのかもしれない。

 元来小心者だが忘れっぽくて楽観的という複雑な性格の俺は、気になりつつも数時間モンスターと戦い続け、この辺りではほとんどダメージを受けない強さにまでレベルを上げた。とりあえず次の街に向かっても大丈夫そうなので、そういう精神衛生上よろしくないと思われるわけの分からないものは、すべてレテの川に流してしまうことにした。

 今回のフラグはかすみを、……かすみを仲間にし、かすみに“次の街に手がかりがある”と言わせることだったから、この街でのイベントはすべてクリアして、次の街に向かうフラグが立っている。俺の理論でいくと止め時ってことだ。

 部屋の明かりを消すと、真っ暗になった。

 カーテンの隙間から外を覗くと、みずほの部屋の明かりも消えている。

「……勝った」

 どうやら今夜は、隣の勇者より長く戦い続けたようだ。


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