Zガンガルと旧ズクくらいの違い/アルブラ発売日+2日 火曜日の朝
朝からぼんやり窓辺にもたれつつ、みずほの登校を待っていると、西浦朱緒が声をかけてきた。
「中村君? なんだか昨日あたりから、眠そうにしている人が急に増えたような気がするんだけど、私の気のせいなのかな?」
西浦朱緒は、明るくて気さくで、非常に男前な性格をした、わがクラスの委員長である。
叙述トリックを仕掛けるつもりはないので、さっさとぶっちゃけてしまうが、名前に〝アキオ〟という、男のような音を持っているが、実は女の子だ。
それも、ただの女の子ではない。極上の美少女だ。
美醜の基準が全世界で共通なら、規格外の容姿をしたものは子孫を残すことができず、人間の容姿は男女一種類ずつに収斂していくことだろう。しかし、現実にはそうなっていない。幸いなことに、好ましい異性のタイプは人それぞれ、多様だからである。
中には少々いきすぎの、ド真ん中の直球ですら〝ボール〟と断ずる悪球打ちも存在するが、そういった蓼食う虫ですら、好みのタイプかどうかは別として、西浦朱緒は美少女であると認めざるを得まい。これは断言してもいい。
性格がよくて容姿端麗、運動神経抜群、学業優秀。おまけに家は大富豪と来ている。着物の着付けができるかどうかは知らないが、いわゆる完璧超人ってヤツだ。
「いやぁ、とんと見当がつかないなぁあ?」
「……ふぅん」
おそらく西浦は、家でもテレビなどは見ないのだろう。少しでも見ていれば、彼女ならアルブラのせいだとピンと来たはずだ。
俺は〝西浦に話しかけられると、声が半オクターブ高くなるという特徴がある〟と、隣の席の清水が指摘した。しかし、それを指摘した清水自身も、同じ症状を呈していたことは言うまでもない。平たく言うと、〝声が上ずる〟って現象だ。
俺も清水も、右斜め前の窪川も、このクラスの多くの男は、西浦には弱い。
苦手とかじゃなく、彼女は眩しすぎるのだ。
極端な理想化は彼女にとっても迷惑だろうが、彼女がこの先誰かと結婚して、子供を産んで母親になる。そして中年を過ぎ、求肥餅のように透明感のあった肌が、冷えたカルメ焼きのようにカサカサボコボコになり、耳の後ろから納豆のような臭いをさせ始める。
俺たちが高校生で、女性経験もなかったって事もあるだろうが、そんな当たり前の、誰にでも必ず訪れる変化が想像できないほどに、彼女は神々しかった。
彼女が誰かと付き合っているなんて話は、聞いたことがない。
それもまた同じような理由である。
本人及び家柄等のパッケージングがゴージャス過ぎて、誰も手を出せないでいるという、人間関係のライデンフロスト現象が起こっているのだ。
われらがみずほサンも、美中年親父の遺伝子のおかげで、そこそこには整った顔立ちをしているのだが、いかんせん相手が悪い。
西浦と比べてしまうと月とフォボス、アーケロンとすっぽん、えくぼとあばた。
米で言えばコシヒカリと藤坂5号、麻雀で言えば九連宝燈と門混ドラ一、モビルフォースで言えばZガンガルと旧ズクくらいの違いがある。
みずほのスペックで西浦を越えるものがあるとすれば、意外とみずほは声がきれいだということと、身長と物理的戦闘能力くらいではないかと思われる。とは言え、前者はともかく、後者は比べるだけ無駄だ。ケンカでみずほに負けたとて、なんのマイナス要素にもならない。むしろ勝つほうが怖い。
「それにしても、みんな怪しからんなぁあ?」
と、半オクターブ高い声で俺。
「何を言っているの。中村君もだよ?」
一瞬あっけに取られたような顔をしたあと西浦は、金色の粒子が飛び散りそうな笑顔を見せた。黙っていれば冷たさしか感じないのに、時折相好を崩すのがたまらないのだ。
きびすを返して自席のほうに歩いていく西浦の背中を見送りながら、髪型は工作自衛隊の伊邪那岐音子をもっとショートにした感じで、色はきれいな栗色をしている。顔は鬼娘のラブちゃんの黒目を大きくして知的にした感じかな。肌色はベビーピンク系。背は高からず低からずで、特に胸や尻が大きいわけじゃない。癖は右わき腹に手を当てること……。などと、いつしかその姿を、頭の中でデッサンしていることに気がついた。
「……あれ? なんで俺、こんなこと」
今までこんなことをした経験はない。少なくとも、自分がこんなことをしていると自覚したのは初めてだ。
「おはよー……」
西浦が自席に着くのとほぼ同時に、みずほが後ろの出入り口から教室に入ってきた。
眠たそうな顔をしているのは、彼女が日夜、世界の安寧のために戦っているためだ。彼女の敵は、この世の理に反して生き続ける〝重合体〟。それを狩る、この世界唯一の肉体を持つ死神、それが穂積みずほの真の姿である。
……って、なんだその設定は?
おかしいぞ俺? どうなってるんだ俺?
「……なぁ、朝っぱらから漫画を描きたくなるような病気は、どうやったら治るんだ?」
俺はみずほの席を詣で、なんとなく先刻から漫画を描きたくてたまらない気分になっているということを話した。
「……? 意味が分からない」
「そうだよな。俺にも分からん。わからんが、無性にコンテ切りてぇ~」
自慢じゃないが、図画工作は三角だったし、それが美術と呼ばれるようになってからも2以下しか貰ったことがない。例えるなら子宮もないのに想像妊娠してしまった男のように、画力も構成力もないクセに、ただ闇雲に漫画が描きたくなっているのだ。
「画力はともかく、構成力のあるなしは描いてみなきゃ分からないでしょ。あたしだって描けるから描いてんじゃなくて、描きたいから描いてるんだから」
みずほは真顔で言った。
なるほど、生きるために夢を持つのではなく、夢のために生きる、みたいなもんか。まったく男前だね、このヤロウは。
「それよりアルブラ。みずほはどこまで進んでるんだ? 俺は……」
みずほは、素晴らしく素早い動きで俺の発言を制した。
「待て。あたしから先に言う。もしもあんたがあたしより先に進んでいるのなら、回れ右してそのまま席に帰れ。ネタバレさせたら鉄山靠入れるからね?」
それはたまらん。この至近距離でそんなものを入れられたらHPを六割は奪われる。俺は苦笑いしつつ、〝お先にどうぞ〟のジェスチャーをした。
「あたしは今、ミドガルドって大きな国」
「そこはまだ行ってないな。俺はレクって村」
みずほは口の端を吊り上げてニヤリと笑うと、座った状態からジャンプして、椅子の上にドンと仁王立ちになった。腕組みをして胸をそらす。
「発売後二日でそこまで進んだ努力は褒めてやろう。……しかし、そこは我々が十時間前に通過した場所だ!」
時間が止まった。ような気がしたが、気がしただけだった。
「あんたにはわかんないだろうけど、あたしの方が街ふたつ分くらい進んでる。何でも聞いていいよ。少なくともあたしはネタバレしなくて済みそうだから」
と、心底愉快そうにみずほ。
どうやらこのヤロウは、自分さえ良かったらいいというお考えのようだ。
「じゃ質問。十時間って、一体一日に何時間やってんだよ? 鷹嘴名人が〝ゲームは一日一時間〟って言ってなかったか?」
「一日一時間じゃ、発売後二日でレクまでは行けないでしょ。あんただってけっこうやってんじゃないの?」
と、椅子から降りつつみずほ。
「ああ、俺だって時間をフルに使って体力の続く限りやってんのに、どうしてそんなに進んでんだ? ……確か我々って言ったよな? 我々ってなんだ?」
「……言葉のアヤよ。あたしがふたりも三人もいるわけないでしょ!」
誰もそんなことは言ってない。それはどこの地獄だ。
「それよりさ、ミドガルドじゃいいことあるよ。なんと言っても……」
「おまえというヤツは!」
俺は命がけで、みずほの口を押さえた。