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我々は三年待ったのだ!/アルブラ発売日+1日 月曜日の自宅

 家に帰り着いた俺は、パワスタ2の前に座り込んだ。

 昨日、あれだけもどかしかった部屋着への着替えが、今日は落ち着いてできた。しかし、パワスタ2のスイッチを入れるモチベーションが湧いてこない。

 そりゃそうだろう。

 十五分前に〝あんたもうじき死ぬところでしたよ〟みたいなことを言われたばかりだというのに、〝それはそれ、これはこれ〟と割り切ってゲームができるほど、俺は図太くないのだ。

 そうは言っても、我々は三年待ったのだ! 

 あんな悪霊共に、邪魔されてたまるか!

 三年ぶりのアルブラを半ばで投げ出すなんてとんでもない! 

 もったいなさ過ぎる!

 キミは知っているか? 媒体がDVDになった今でこそ、品切れなんてことは起こらなくなったが、ロムカセットだったころは売り切れても再販されるか不明。よしんば再販されたとしても一ヶ月後。購入さえままならなかったんだぞ。贅沢抜かすとバチが当たるってもんだ。

 だからキミって誰だ。

 そう言えば、その昔、みずほの親父さんが、ファーコン版アルブラⅡを発売日に買いに行ったときのことだ。

 すでに人気作となっていたためにソフトがぜんぜん足りなくて、ジャンケンで勝った人にだけ販売するってことになったらしい。かくして、みずほの親父さんは相手の小学生を下して見事にソフトを手に入れた。小学生は泣きながら帰り、みずほの親父さんは勝利の瞬間、拳を天に向かって突き上げ、回転しながらジャンプ。つまり、今で言う登竜拳のポーズで喜びを表したそうだ。

 今から思えばかわいそうなことをしたなと遠い目をして語っていたが、みずほの親父さんはそのころすでに所帯持ち。反省すんのが遅せぇよ。ガキをジャンケンで負かして喜ぶとは、海辺湖畔のようなヤツだ。

 みずほの親父さんの武勇伝を思い出して、なんとなく落ち着いた俺は、深呼吸して、パワスタ2のスイッチを入れた。

 用心深いというより小心者の俺は、データ消失のリスクを減らすため、だいたい一時間ごとにセーブデータをとっている。

 例えば、十個までセーブデータが作れるゲームなら、ゲーム開始一時間目のものから十時間目のものまで、セーブデータを十個作る。

 そして、十一時間目のデータは一時間目のものに上書きしていくのだ。

 こうすれば、いちばん進んだデータが消えても、一時間のロスで済む。

 また、すでに終わってしまったイベントで、してはならない選択をしてしまっていたことに後で気がついた場合にだって有効だ。

 例えばアルブラⅥにあったような、返事の仕方によっては金輪際仲間にならなくなるキャラクターがいることに後で気づいた場合なども、十時間前までならやり直すことができるのだ。

 実は、この、攻守に優れたセーブ方法は、元々、みずほの親父さんの勧めによるものである。

 みずほの親父さんが言うには、ファーコンはデータが消えるのが当たり前みたいな不安定なマシンで、箸が転んでもデータが消えるような有様だったらしい。

 意味は分からんが、とにかくすごい時代だったのだ。

 その時代を生きてきた親父さんとしては、当然の自衛策と言えよう。

 それはさておき、俺としても巷間あまねくお勧めしたいこのセーブ方法だが、現実には隣家ですら統一見解に至っていない。隣家というのはもちろんみずほの親父さんとみずほのことであるが、みずほの親父さんの薫陶が行き届かなかったらしく、みずほは一個しかデータを作らずにゲームをするという。

 いくらパワスタ2がファーコンほど不安定じゃないといっても、そんな、命綱なしで綱渡りするようなマネがどうしてできるのか、不思議でならない。

 ある日電源を入れたら、セーブデータが“身”とか表示されていたらどうするのだ。

 脱線はそれくらいにしておこう。

 俺は、昨夜、というか本日午前にセーブしたデータをローディングした。プレイ時間は八時間になっている。物語は当然のことながら、かつまが島を出るところからだ。

 しかし、島を出ようと船着場まで行ったが、桟橋に船頭が立ちふさがっていて舟に乗れない。船頭に声を掛けると、”まだ出航の準備中だよ”とか言いやがる。

 出向が可能なら、”出航してもいいかい? はい/いいえ”などという選択肢が出る局面だから、どうやらフラグが立っていない模様。

 つまり、この村でやり残したことがあるのだ。

 この類のゲームでは、次の街にたどり着くこと自体はそれほど難しくはない。多くの場合、ほんの三画面分ほど移動すれば、次の街に着いてしまう。

 難しいのはむしろ、その町に行くためのフラグを立てる作業だったりするのだ。

 フラグを立てるために必要なもの。

 それはなにかのアイテムだったり、誰かを仲間にすることだったり、街の有力者の言葉だったりと様々だが、とにかくそれを手に入れない限り物語は前に進まない。次の街に行くフラグを立てるために、今いる街をベースキャンプとして周囲の塔や迷宮からヒントを探すというのが、多くのRPGの基本ラインなのだ。

 フラグが立たないうちに次の街に行こうとしても、今回のように船が出なかったり、”いま、この街を離れるなんてとんでもない!“などという表示が出て、押し戻されたりしてしまう。

 誰が“いま、この街を離れるなんてとんでもない!”などと言っているのか、誰がパーティを押し戻しているのか分からないが、そういうことになっているとしか言えない。

 これが非常にイライラする。

 こういう、風を吹かせて桶屋を儲けさせるようなイベントを数多くこなさなくてはならないRPGは、よく〝お使いRPG〟などと揶揄されたりする。

 辺境国の王や錬金術師や宿屋の親父に、なけなしのプライドや個人的な欲求や瑣末ないさかいのためのくだらないお使いをさせられ続けていると、こいつらは世界の危機をどう考えているのかと小一時間問い詰めたい気分になってくるが、現実の俺だって温暖化や海洋汚染といった危機が叫ばれている世界の中で、晩飯に供する南高梅の梅干が切れたので買ってこいなどという、まことにどうでもいいお使いをさせられ、ゲームの中断を余儀なくされることも少なからずあるので、理不尽さ加減では大差ない。

 ただ、俺が梅干を買いに行こうが行くまいが、世界はどうにかなったりはしないが。

 俺としては、やはり、街と街の間に広大な砂漠があるとか、前人未到の深山幽谷が横たわっているとか、つまり、ハイランディアシリーズのように、移動自体が困難であるような仕様のほうが冒険しているって気分になる。

 しかし、残念ながら、そういうタイプのRPGはあまりない。

 そのとき俺は、ピアチェに挨拶をしていないことに気が付いた。ピアチェのために旅に出ようとしているのに、当のピアチェに挨拶していないのは、どう考えてもおかしい。

「いやいや、ピアチェに心配掛けたくなかったから、黙って旅に出たかったのサ」

 などと、声に出してみる。……締まらねぇー。

 気を取り直してピアチェの家に行ってみると、なんと彼女は旅支度をしていた。事情を聞くと、俺の旅についていくと言いだした。

 例えグラフィックの一枚もないデータ上のキャラクターであろうと、むくつけき男より可憐な少女の方がいいのは当然のことだ。

 野郎のベポーマより少女のポイミーが効く!

 リフよりレナ、ウェンデルよりマリアだ。

 間違いない!

 誰がなんと言おうと、これは世界の常識、厳然たる事実である!

 しかし、立場上、かつまはピアチェに思い留まらせなくてはならない。

 病気の少女を危険な旅に連れ出すのは、理性的な者のすることではない。

 これが辛いところである。

 だが、彼女の両親と話してみても、 “日頃大人しいピアチェが言い出したことだから止められない。よろしく頼む”といったお誂え向き、もとい無責任な返答で、ピアチェの面倒をかつまに丸投げする腹積もりらしい。

 結局かつまはピアチェとふたりで旅に出ることになったのだが、恋の道行きなどとしゃれ込んでいる場合ではないのだ。レベル5まで育てたランバーの代わりにレベル1のピアチェと旅をするというのは、まさに苦行。思った以上の著しい戦力ダウンである。

 ピアチェは、魔法使いという、およそ筋肉や健康に縁のなさそうな職業であるのに加えて、ご丁寧にも生まれつき体が弱くてしかも病気という設定を背負った薄幸少女である。

 もう一本折れたらバンバン入れて満貫なのである。

 当然のことながら貧弱な装備しか身につけられず、HPが極めて低い。

敵の攻撃が二回続けて当たるだけで意識不明になる始末であるから、基本戦術は〝ぼうぎょ〟一本槍。

 本職の魔法を使うより、自分に薬草を使っているほうが多いくらいなので、レベルが低いうちは稼いだカッパー(アルブラ世界の通貨単位)はすべて薬草代に消えてしまっているという、自転車操業的プレイヤー泣かせなキャラクターである。

 だが、それがいい。

 いつか来る幸せを信じて、体の弱い幼馴染を労わりながら冒険を続ける。この拘束プレイが標準装備されたようなストーリーが、俺の心の柔らかい場所を鷲づかみにするのだ。

 隣家の乱暴者も、もう少し病弱にならないもんかね?


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