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思わずユリイカと叫びそうになった/アルブラ発売日+1日 月曜日の朝

 翌日、俺は教室に入るなり、みずほの席に目を向けた。

 しかし、思ったとおりみずほはまだ登校していないらしく、椅子は机の下に納まったままだった。みずほとはいろいろ話したいことがあったので、残念に思いながら、俺は、窓際の自分の席に向かった。

 俺のクラスは全部で三十人で、机は横に六列かける縦に五列の形で行儀よく並んでいる。俺の席は一番窓際の前から四列目で、よくマンガやライトノベルの主人公が座る席だ。

 前には小学生のころ地方から越してきたという三原、後ろには休み時間はいつもケータイをいじくっている安並という女子生徒、右隣には他人のことには敏感なのに自分のことには気がつかない清水という男子生徒が座っている。

 また、みずほの席は廊下側から二列目の、前から四列目である。

 共に前から四列目だが、この位置は意外と目立つようで、授業中にメモの受け渡しをしたりしていて、何度か教師に怒られた。

 むしろ窓際の最前列、このクラスで言えば大峰の席の辺りは死角になっているし、教壇の位置からは逆光のためシルエットになることから、穴場だといえる。

 なんの穴場だ。

「……ねむー」

 自席に着いたものの予習をする気は微塵も湧かないので、あくびなどしながらみずほの席を見遣ったところ、ちょうど俺とみずほの席の中間の位置に座っている宇山さつきが、注意して見なければそうと分からないくらい、小さくあくびをしていた。

 宇山さつきは、セミロングの黒髪に、黒縁の野暮ったいメガネがトレードマークで、なんとなく委員長の雰囲気がある。しかし、残念ながらわがクラスには、完全無欠の委員長が存在するため、宇山は図書委員に甘んじている。

 もっとも、本人は図書委員を天職だと感じているようなので、〝甘んじている〟というのは、単なる俺の妄想だ。

 高校の委員というのは、小学校のように教室の壁に貼り出されたりはしない。

 委員長こそ投票で選ばれるが、後は好きこそモノの上手なれ、やりたいヤツにやらせとけってなもんで、委員長に自己申告することによって任命されるか、やりたいヤツがいなければ委員長が独断と偏見によって任命するため、誰を選ぶかは委員長の胸三寸である。このあたり、議院内閣制に似ていないこともない。

 よその学校はどうか知らないが、我がひだまり学園ではこうだ。

 だもんで、急に誰かの気分が悪くなったときなど、実際に名乗り出るまで、そいつが保健委員だなどということを、委員長と本人以外誰も知らなかったりする。

 状況としては、飛行機の中で病人が出て、キャビンアテンダントが血相変えてお客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかって叫ぶヤツに似ているが、当たりが確実に入っているだけマシだ。

 さて、前振りがやけに長くなってしまったが、なぜ宇山が図書委員などというマイナーな役職に任ぜられていることを知っているかというと、俺だって図書室には行くからだ。

 数は少ないが、学校の図書室にも漫画は置いてあるし、たとえ学習漫画だったとしても文字ばかりの本よりはマシだし。

 漫画もあるし、はたまた、漫画もあるし。

 ……まぁ、要するに漫画を読みに行っているわけだが、図書室の当番表によると、宇山は毎週金曜日にはカウンターの向こう側で本の貸し出し手続きをやっているらしい。

 それ以外の日も本の整理や修復などを行っていたりするし、たまにノートになにかを書き写しているのも見かける。

 もしかしてあれが、漫画でしか見たことのない、〝図書室で勉強する〟ってヤツなんだろうか。

 テレビのニュースで、本当に〝アルヨ〟を語尾につけてしゃべっている中国人を見たときと同じくらいの衝撃だ。

 衝撃といえば、とっておきの話がある。

 宇山がカウンターの中で、膝の上に絵本を置いて読んでいるのを見たときのことだ。宇山は膝小僧の先端に絵本を置いて読んでいた。

 普通なら腿から膝の辺りに本を置くだろうし、そうしたほうが安定するはずだ。

 斜め後ろから見ていてその不自然さが気になった俺は、何気なく、真横に回って衝撃を受けた。思わずユリイカと叫びそうになった。

 普通のポジションに置くと胸が邪魔になり、絵本の下のほうが見えなかったからなのだ。

 それほどまでに胸が大きい、もとい、本が大好きな宇山だから、同じ寝不足でも俺とは理由が違いそうだ。

 話したことだって数えるくらいしかないんだから当たり前だが、宇山がゲームするなんて話は聞いたことがない。きっと、ナントカ文学なんて本を手当たり次第読んでいるのだろう。昨夜はつい興が乗って、夜更かししてしまったんだろうか。

 ……しかし、我ながら、ナントカの部分がいっこも例示できないのが歯痒いな。

 いつしか俺は机に頬杖をつき、あくびをする宇山をぼんやり眺めつつ、〝ちゃんと顔を見たことはなかったが、改めて見ると結構かわいいんじゃないか?〟などと考えていた。

 そのとき、少し強めの風が、開け放された窓から吹き抜け、宇山の柔らかそうな髪を乱れさせた。あわてて髪を整え、恨めしそうに風が吹いてきた方向に顔を向ける。

 当然、その方向には俺が、アホ面を晒して座っていた。

 宇山は、俺と目が合った瞬間、ハロゲンヒーターだってもっと時間がかかるぞと思うような反応速度で顔を赤くして、目を逸らした。

 別に照れる必要なんかないのにな。

 みずほなんか、きっと今日はあくび三昧だろうし、このクラスにも俺の知らないアルブラプレイヤーがいるだろうから、今日あたりはあくびするやつが五割増しだぞ。……多分。

「おはよ……」

 聞き覚えのある声に振り返ると、教室の後ろの入り口から、みずほが緩慢な歩調で教室に入ってきたところだった。あの鉄の女でも眠気には勝てないと見えて、あくびこそしていないものの、かなり眠そうな顔をしている。

 しかし、素早く駆け寄る俺に気付くや否や、先ほどまでのゆっくりとした動きとは裏腹な、蟷螂拳のような鋭い動きで俺の口に手刀を当て、言った。

「ネタバレは絶交だかんね?」

 口ではそう言っているが、目は〝このまま首を掻き切るぞ〟と語っていた。

「その赤い目、怖いよみずほサン……」

 このように“アルブラ”は、漫画の虫のみずほが、読むのも描くのも忘れて、目を血走らせてプレイするほどのゲームなのである。本作を知らない人でも、これがよほどの話題作であることを推し量っていただけるだろう。

 実際、ゲームはほとんどプレイしないが、アルブラだけは別という者も多い。

 みずほも含め、こういった層はゲーム機に対するこだわりがなく、アルブラがプレイできるゲーム機を買うという選択をする。

 そのためアルブラは、ゲーム機本体の売れ行きを左右する、いわゆるキラーソフトの称号を与えられているのだ。

 しかし、何事も漫画中心で回っているみずほのことだから、アルブラをゲームとしてだけ楽しむとは思えない。

 これをネタに同人誌を作って、羅紗張マッセとやらで開催される夏の同人誌即売会〝コミック・ぱらだいす〟、略してコミぱにでも持ち込もうとか考えているのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。謎はすべて解けた。

 夏のコミぱに間に合わせるために、面会謝絶で早解きしているのだ。

 みずほは友達とふたりで、同人サークルを作っているらしい。

 友達の名前は聞いたことがないから、多分俺の知らない友達だと思うが、その友達が原作を書き、みずほが漫画にするというスタイルなのだそうだ。昨日、友達の家に寄って帰ると言っていたが、もしかするとその友達なのかもしれない。

 実際のところ、俺はコミぱには行ったことがないので本当なのかどうかは分からないが、みずほが言うには、みずほと友達のサークルはそこそこ人気があるという。〝ウチのサークルは壁だよ〟とか言っていた覚えがあるから、サークル名は多分〝壁〟だ。

 変な名前だ。意味が分からん。

「起立!」

 委員長西浦朱緒の、凛とした声が響いた。


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