因果地平のルルルとラララ/後日
あれから香澄は、日を経ずして退院した。
ケガはすっかり治っていたし、リハビリもほとんど必要ないことは、目覚めてすぐに本人が証明したからだ。
しかし、長期欠席していたせいで、ほしかげの授業についていけなくなったとかなんとか言って、なんと高校三年の二学期から、ひだまりに転校してきた。
ほしかげとひだまりにそんな学力の差があるなんて聞いたことがない。
編入試験に合格するなら、充分授業にもついていけるはずだが、それには触れないほうがいい気がしたので、〝そりゃ大変だなぁ〟とだけ言っておいた。
なにをトチ狂って、ヤキイモみたいだとか言ってた制服を着ようと思ったんだかな。
香澄が編入されたのは3‐Cだった。
3‐Cと言えば、そう、横瀬と同じクラスなのである。
これはヤバいことになった。
不倶戴天の敵同士になるんじゃないかと心配していたのだが、先日、俺の家の近くで、因果地平のルルルとラララのように談笑しながら歩いているのを見かけた。
家が近いのか、横瀬の家に遊びにでも行くところだったのか。
それは分からないが、どちらにしろ、過去のことは忘れ、意外と仲良くやっているようである。よかったよかった。
横瀬は命の恩人のようなもんだから、誤解さえ解ければ、打ち解けるのは早かったんだろう。それにしても香澄、大丈夫か? 卒業できるのか?
もちろん俺は、すぐに横瀬に謝った。
彼女は、分かっていただけてよかったですと言って、にっこり微笑んでくれたのだが、最近どうも連れない。学校の帰りに会っても、挨拶するだけで走り去ってしまう。
業を煮やした俺は、横瀬をとっ捕まえて聞いてみた。
猫のように襟首をつかまれた横瀬は、観念した様子で、俺を超える素質を持った人間を発見したことを白状した。だから今は、そいつの育成に掛かりきりなんだそうだ。
ひどい! 横瀬は俺の身体だけが目当てだったんだ!
……なんてな。
誰かは知らないが、ご愁傷様なことだ。
それはさておき、退院後、香澄は、何日間か俺の家に日参した。
初めて生身の香澄が俺の家に訪れた日、それを見た海羽は、パトロールに出た間に部屋の模様替えをされてしまった飼い猫のように警戒し、〝なんだこの女?〟みたいな顔で睨んでいたが、それに気付いているのかいないのか、香澄はお構いなしに家に上がりこみ、
「そう言えば、玄関から入るのははじめてだね」
などと口走って空気を凍りつかせた。
確かにその通りだが、あまり海羽を刺激せんでもらいたいな。
感慨深げに部屋のあちこちを眺める香澄を見ていると、俺も胸が熱くなった。
こんなときが来るとは思わなかった。
……それはいいんだが、押入れを開けたりベッドの下を覗いたりして、現場検証を始めたときにはさすがに止めた。
香澄が俺の家に通ったのは、別に色っぽい理由じゃない。
実は、アルブラⅧの結末が気になったからだ。
いまさらソフトを買うのは癪だし、最初からやるのも面倒だしってことで、俺の家でエンディングを見ることにしたらしい。
香澄が退院したころには俺はアルブラⅧを終わらせ、新たな冒険に旅立っていたから、わざわざ来なくてもデータとソフトを貸してやると言ったのだが、
「ここまで勝馬がやるのを見ていたのに、ここから私をひとりで放り出すつもり?」
などと、わけの分からないことを言うので、仕方なく付き合うことにした。
ああそうだ。
アルブラⅧと言えば、言い忘れていたが、アルブラⅧの結末がどうなったかは、まだ終わってない人がいるといけないので言わないでおく。
だが、あの後、雲の上にある魔王の城に乗り込むときに、もう一度フーライの世話になるということと、最後の選択でちょっと迷ったことだけ言っておこう。
こんなことを言うと早合点するヤツがいるかもしれないが、残念ながら、ピアチェとサマディのどちらを選ぶか、なんて簡単な問題じゃない。
自分の目で確かめてくれ。
俺はと言えば、みずほの家で見たメイドさん。
もちろん、黒い服を着た、みずほじゃないほうの、胸の大きい、正体不明の、かわいいほうのメイドさんだが、いまだに彼女のことが忘れられないでいる。
コミぱに行けば会えるかもしれないと思い、彼女のことは伏せて、それとなくみずほに聞いてみたところ、夏のコミぱ会場は初心者にとってかなり辛いところなんだそうだ。
なんでも、会場内は動物園のツチブタ舎のような臭いがするし、気温は金星なみだし、湿度は腐海なみで、五分で肺が腐るらしい。
ツチブタってどんな臭いなんだ? 金星や腐海で人間が生きられるわけねーだろ、などなど、突っ込みどころは多々あるが、とりあえず、俺をコミぱに来させまいとしてめちゃくちゃ言っているのがありありと分かる。
これは本当に行ってやらねばならんようだな。
みずほと言えば、不思議なことに、みずほの部屋の明かりが一晩中点かない日の翌日に限って、宇山があくびをしているという法則を発見した。
だが、みずほが言うところの〝キュウリじゃなければサンマ理論〟というヤツで、まぁ、要するに単なる偶然だろう。
アルブラは終わらせたものの、先送りにした進路については、いまだに結論が出せないでいる。
今はただ、面白いゲーム、特にアルブラシリーズなどをプレイするといつも罹患する、〝ゲーム作りたい病〟の発作に見舞われ、発表する当てもなく、書式もいい加減な企画書などをしたためつつ、もしもそんなものがいるのならば、だが、ゲームの神様が憑依してくれないかなどと考えているところである。
漫画の神様の期待には添えなかったが、ゲームの神様になら、できるだけお応えしたいと思っている今日この頃なのだ。