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ねむってしまうとはなにごとだ……/6月のとある日曜日の午前・自宅

 ひとりで家に帰りついた俺は、敵地に潜入するスネールのごとく、素早く自分の部屋に滑り込んだ。

 家人にみつかると、この佳き日にお使いを命じられる恐れがあるし、妹に見つかると、もっと面倒なことになるかも知れないからである。

 部屋着に着替えながら、ソフトのシュリンクを剥がしつつ、パワスタ2とテレビの電源を入れる。順番にやったほうが早いし、だいいち楽だとは思うが、この、つい同時進行させてしまうもどかしさを分かっていただけるだろうか。

 いや、店を出たらすぐにシュリンクを剥がし、二宮金次郎ばりに説明書を読みながら帰るというのも、あるべきゲーマーの姿ではなかったか。

 うん、Ⅸのときはそうすることにしよう。

 もう三年経ったら、俺は二十一歳だけどな。

 どっかとパワスタ2の前に置かれた座布団の上にあぐらをかいて、アルブラⅧのゲームディスクをトレーに載せる。

 固唾を呑んで見守るなか、軽いシーク音が静かな室内に響く。

 読み込みが始まったことに安心した俺は、コントローラーを手に取った。画面にはメーカー名。スピーカーからはフルオーケストラのオープニングテーマが流れ出す。

 そして〝ARGON BLASTⅧ〟の文字。

 汗ばむ手のひら。

 至福が体中を駆け巡り、感動に鳥肌が立った。

 ストーリーは世界の片隅にある小さな島、〝ハイライ島〟から始まった。

 その島に唯一存在する漁村、〝ドヌ〟で暮らす十六歳の少年、〝かつま〟が主人公である。ドヌでは最近妙な病気が流行っており、かつまの幼馴染の〝ピアチェ〟もまた、その病気に侵されてしまった。

 かくして、かつまは、彼女の病気を治すため、同じく幼馴染の〝ランバー〟とともに、薬草を探して島の中心に位置する魔の山に旅立つのである。

 ランバーとかつまは〝ノラざえもん〟のジャリガンとのぶ太のような関係で、日頃かつまはランバーにいじめられているようだが、仲間になったランバーは非常に頼りになる。

 どうやら、ジャリガンはジャリガンでも、映画版のジャリガンだったようだ。

 しかし、いくらランバーが強いとは言っても、レベル1のふたりがどうにかこうにか戦える程度のモンスターしか出てこず、そのモンスターも、序盤ということもあり、毒や魔法などのトリッキーな攻撃を仕掛けてくることはない。

 子供ふたりで倒せるモンスターなら、現実世界で言うなら野犬以下の戦闘力であり、北海道の山でヒグマに遭うほうがよほど恐ろしい。それをことさらに〝魔の山〟と称するのはいかにも看板に偽りありな感じだが、いくつかイベントをはさむことにより、飽きさせない展開になっているのは、さすが老舗としか言いようがない。

 そして、かつまとランバーは、魔の山の中腹まで登ったところで、ザコモンスターたちが魔王の復活について話しているのを立ち聞きしてしまう。

 その後は、当然のごとく物音を出してしまい、当然のごとくザコモンスターたちに見つかり、戦闘に突入するのも当然のごとくだ。

 なんとかザコモンスターたちを倒したと思ったら、ランバーが、

“俺たちは魔王ふっかつを知ってしまった。いっこくのゆうよもない。そしするために行動をおこさなくてはならない”

 などと主張し始めた。

 しかし、ピアチェの病気を治すのが先だと考えるかつまとの意見の違いにより、ふたりは袂を分かつことになるのであった。

 プレイヤーである俺には、魔王復活と病気発生のふたつがつながっており、魔王を倒せばピアチェが助かることは容易に想像できるのだが、かつまとランバーにそれが分かるはずもない。

 結局、ピアチェの病気が治ったら合流することを約束してランバーと別れ、かつまはピアチェの病気に効く薬を探すため、ひとりで島を出ることになった。

 ランバーが離脱した後、道具袋にはランバーの装備品が残されていた。

 メンバー離脱の時には毎度ある展開だが、いつも不思議に思う。

 あいつは裸で出て行ったのか? 

 ランバーも旅をするはずなのに、どうするつもりなんだろう?

 ついでに気がついたが、乱暴者なのでランバーなのか? 

 ……それはどうでもいいか。

「今日はこれくらいにしといたるわ……」

 俺はひとり、エセ関西弁をつぶやき、パワスタ2の電源を切った。

 セーブを忘れたなんてオチは無しだぜ。

 この手のゲームは、面白いときに止めるのが一番いい。

 まさに現在の俺のように、島でのイベントをすべてこなし、次の街はどんなところだろうなどと、ワクワクしているときが最良の止め時なのである。

 例えば、このままゲームを続け、次の街にたどり着いて、一通り話を聞いた後などに止めたとしよう。物語としては確かに区切りがいい。訪れる眠りは安らかなことだろう。

 しかし翌日、電源を入れようとしても、意外なくらいゲームを再開するモチベーションが沸いてこないことにキミは気付くだろう。

 酷いときにはそのままディスクはゲーム機の中に入りっぱなしになり、数ヵ月後、次のソフトを買って、ディスクを入れようとしてトレーを開けるときまで、キミはそのことを忘れていたりするのである。

「……キミって誰だよ」

 俺は苦笑しながら部屋の明かりを消した。

 カーテンの隙間から、隣の家の明かりが漏れ入ってくる。面会謝絶だなどと気合の入ったことを言うだけのことはあって、みずほはまだ起きて勇者をロールプレイしているようだ。

「おおかつまよ、ねむってしまうとはなにごとだ……」

 言い終わると同時に、俺は眠りに落ちた。


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