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〝メイルシュトロームⅣ〟/アルブラ発売日+7日 日曜日の昼

 そういうわけで、客観的には俺、主観的には俺たちは、電車を乗り継いでオゼニーランドにやってきた。

 観光シーズンの日曜日ということもあり、開園前には長蛇の列ができていた。

 思ったとおり、周囲は恋人同士や家族連ればかりで、単独で来ていると思しき者はひとりもいない。

 俺だってひとりじゃないと声高に叫びたかったが、そんなことをしたって逆効果だ。寂しい人という評価に、危ない人という尾ひれが付くだけだ。

 正直言うと、俺が現在置かれている〝単身オゼニーランド〟という罰ゲームのような境遇も、昨夜ほどは嫌ではなくなっている。

 もしもアルブラが未練で成仏できなかったのだとしたら、アルブラが終われば香澄は成仏してしまう道理だ。だから、香澄が俺の前からいなくなるのが一日延びるかと思えば、罰ゲームも甘受する気分になっていたのだ。

 香澄は念願かなったのがよほど嬉しいらしく、今は俺の頭の上で妙に明るくふわふわ飛んでいる。その嬉しそうな顔が見られただけでも、来てよかったなと思った。

 香澄は、最初はデートらしく俺の隣にいたのだが、あいにく香澄の姿は俺以外には見えないので、頻繁に他の客に重なられたり、中を通り過ぎられたりするのだ。

 そのたびに香澄は、蹴りを入れたりジャブで牽制したりしていたわけだが、攻撃を受けた側からは見えないし、触られもしないものの、なんとなく違和感があるらしく、一旦は不審そうな顔で俺のそばから離れていく。

 しかし、かなり混雑しているため、すぐに別のヤツが入って来てしまうので、ついに香澄は業を煮やし、頭の上に浮かぶことにしたのだ。

 俺にも経験があるが、香澄と重なると、なんだか生温かい感じがする。

 この陽気のうえ、わけも分からず生温かいと不快だろうな。

 よく、幽霊が現れる前に生温かい風が吹くっていうけど、あれは幽霊の体温なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、開園時間が来たらしく、列が動き始めた。

「……勝馬、あれ」

「わかってるよ」

 香澄に促され、俺は小声で答えた。

 〝あれ〟とはもちろんフォトスタンドだ。

 みずほの写真を使った場合、万一バレると命にかかわるし、遠目には女の子に見えない恐れがあるので、海羽との写真を入れてある。

「マネーマウスと写真撮ろうよ。あ、でもあたし写っちゃうかなぁ。あはは、写ったら、ちょっとした心霊写真だね!」 

 “ちょっとした”どころか、まごうかたなき心霊写真だ。

 しかも、フォトスタンドの女の子と違う霊が写っているという、不可解な写真になるだろう。心霊番組で紹介されたら、俺は目線を入れられて、

 〝この男はどれだけ業が深いのだろう……〟

 とか、不本意なキャプションを付けられたりするんだ。絶対だ。

 嫌すぎる。

 さらに、香澄がVサインなどを出していたりすると、ますます混迷が深まる。

 真相は誰にも分からないだろう。

 ていうか、分かってたまるか。

 写っても写らなくてもろくな結果にはならないので、マネーマウスとの写真は諦めさせ、アトラクションの列に並ぶことにした。


 計画通り、暗い眼をしてフォトスタンドを抱いてうつむき、時おり香澄と話したり、香澄の冗談で笑ったりしていたところ、当然のことながら傍目には気味悪く見えたようだ。かなり混んでいるにもかかわらず、スタッフは誰も隣に座らせることはなかった。

 次々にアトラクションをこなすことができたのも、同じ理由で俺の周りから人がいなくなったためだ。危ない人と思われたのか、哀れみを買ったのか分からないが、俺と同じ境遇の方がいるなら、是非参考にしていただきたい。

 それはそうと、入園したときにもらったパンフレットによると、どうやらオゼニーランドでは、大き目のアトラクションには〝山〟の字が付いているらしい。相撲取りか。

 パンフレットを見たときから嫌な予感がしていたのだが、雷電山、宇宙山、飛沫山とこなしてきた辺りで、俺の不安感はピークに達していた。

 ここまで山シリーズで来たのなら、次はアレしかない。

「次はね、渦巻山」

 あっさりと言いやがった。とうとう来たか、その恐怖の乗り物が。

 渦巻山ってのは、要するに観覧車だ。

 パンフレットによると、高さ百五十メートルだか百六十メートルだかで、日本最大とかそうでないとからしい。あんまり俺に観覧車の話をさせないでくれ。

 あちこちふわふわ飛んでいられる香澄には分からないだろうが、高所恐怖症の人間にとっては、要するに、さしあたっては俺のことだが、一般的にはロマンチックな乗り物に分類されているであろう観覧車が、ヘタな絶叫マシンより絶対的に怖いのだ。

 あちこち振り回されてぎゃあぎゃあ叫んでいる間に終わってしまう絶叫マシンを軽量級ボクサーに例えるなら、冷静なままでじわじわ高所に上げられる観覧車は、単純な高さの恐怖がズシンと響く重量級ボクサーだ。

 たとえ軽量級ボクサーが蝶のように舞い蜂のように刺したところで、重量級ボクサーのテクニックも何もない力任せのパンチを食らえば、一発で決着はついてしまう。

 絶叫マシンが、いきなり切り付けてくる通り魔だとしたら、観覧車は、刃物をちらつかせながら袋小路に追い詰めてくる暗殺者だ。

 同じ殺されるにしても、恐怖感がまったく違う。

 分かってくれるだろうか? それくらいの違いがあるのだ。

 特に、最初から加速をつけて一気に走り出すタイプの絶叫マシンなど、一瞬で理性が飛んでしまうため、観覧車の怖さに比べれば子供だましに等しい。


 しかし、オゼニーランドには観覧車はないって聞いて安心していたのに、俺に無断で、いつの間に作りやがったんだ?

 などと考えていると、ついに俺たちの番が来てしまった。

 どうして来て欲しくない瞬間はすぐに来てしまうのだ。

 あまりにも嫌すぎるので、高所恐怖症の青年勝馬が、どうにかして回転する観覧車から逃げ出す話を考えて逃避してみる。

 題して〝メイルシュトロームⅣ〟だ。

 ⅠからⅢについては〝メエルシュトレムに呑まれて〟で検索してくれ。


「やっぱり昼の観覧車はイマイチだね。あたしは夜のほうがいいな。なんだか、上にも下にも星があるみたいじゃない?」

 子供のようにシートに膝立ちして、外を眺めながら香澄が言った。

 俺に背を向けているので、表情は分からない。

「ああ、俺も夜のほうがいいな」

 と同意したものの、地上が暗いので高さが分かりにくいから、という理由なのだが。

「勝馬……。今日はありがとね」

「いや、どういたしまして。ちょっと恥ずかしかったけど、楽しかったよ」

「ねぇ、勝馬……?」

 香澄が振り返った。

「あー、あんまり揺らすな」

 ティッシュ一枚揺らすことができない香澄が、ゴンドラを揺らすことなどできるはずはないのだが、同乗者が身動ぎするとゴンドラが揺れるという固定観念だ。悪いか。

「あたしね、本当は高所恐怖症だったんだ」

「そうか。それは困ったな。……って、そんなヤツがなんで観覧車乗ってんだよ」

 俺だって、できれば乗りたくなかったのに。

「……それがね、ぜんぜん怖くないの。あんなに怖かったのに、ぜんぜん」

「……?」

「どうしてだか分からない。でも、怖くないの」

 そう言って香澄は、天井を通り抜けてゴンドラの上に座った。

 俺はそんな香澄をハラハラしながら見ていたが、よく考えれば香澄がゴンドラから落ちたりするわけはないし、落ちたからといって死ぬこともないのだ。

「まぁ、考えてみりゃ、そう……」

 そのとき俺は、気付いてしまった。

 高いところが怖いというのは、落ちたら死ぬという恐れだ。

 その感覚は肉体を持つものでないと分からない。高いところが怖くなくなった香澄は、すでに、そういった生者の理からかけ離れたところにいるのだ。

 再び香澄を見上げると、香澄もそのことに気付いたらしく、ゴンドラの上で背中を丸めていた。

 俺に気を遣わせないように、努めて明るく振舞っていた香澄は、今また、俺に気付かれないようにゴンドラの外で肩を震わせている。

 俺は気付いてやるべきなのか? 

 それとも、香澄の意思を尊重して、気付かぬふりをしてやるべきなのか? 

 しかし、どちらにしてもその肩を抱いてやることはできないのだ。

 俺は、それが歯痒かった。

「……ごめん、勝馬。あたし先に帰るね」

 不意に香澄は、そう言ってゴンドラの上から跳んだ。

「香澄っ!?」

 思わず叫んで立ち上がると、ゴンドラが大きく揺れた。

 慌ててシートに座りなおし、再び見上げたとき、香澄の姿はなくなっていた。


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