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かすみ、完全復活である/アルブラ発売日+6日 土曜日の自宅

 髪だ。髪なんだ。

 俺はどすどすと階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んだ。

 部屋のドアを開けると、ドアのすぐ向こうで、香澄がさかさまにぶら下がっていた。

「どあぁ!」

 ぶつかるわけはないのに咄嗟に反りかえってしまい、結局、止まることもできずに香澄を通り抜けたうえ、反ったのが災いして俺は後ろ向けに倒れてしまった。

「あっはは。びっくりした?」

 俺の上に浮かんで、悪びれずに香澄が笑った。

「したわっ!」

「しっかし、ドアを開けた途端に脅かされて〝どあぁ〟って、結構余裕あるよねー」

「シャレ言ってるつもりは微塵もねぇよ」

 むしろ、余裕があるのはこいつのほうだと思う。

 能天気なんだか、それを装っているのか、本気で分からないときがある。

「それより、アルブラだアルブラ!」

 初日より慌しくテレビとパワスタ2の電源を入れた。

「どうしたの? 女の子と一緒にゲームするっていうのが、いかに幸せな状況かってことに気付いたわけ?」

「違う。そんなの、最初から知ってるよ。わかったんだよ,命のかけらのありかが」

「隣の子に教えてもらったの?」

「違うよ。自分で思いついたんだ」

 横瀬の言葉がヒントになったんだが,教えてもらったわけじゃない。

 ファナで〝試し〟を受けたとき、かすみはかつまの指に自分の髪の毛を結びつけた。

 あの髪はどうなったのだろう。あれが鍵を握っているはずだ。

 試しはかつまひとりでダンジョンに入る儀式だったため、かすみたちは宿屋で待っていた。そして、試しが終わった後で合流したのも、宿屋で、だったはずだ。

 俺は、ファナの宿屋に向かった。

 泊まっていた部屋に入ると、床の上に光るものがあった。

 調べてみると、”金色の髪の毛”が落ちていた。

 かすみのものに間違いないだろう。

「髪の毛?」

「俺の考えが間違っていなければ、これが命のかけらってやつだ」

 かつまがこの部屋に帰ってきたとき、仲間たちには三者三様の歓迎をされた。

 ガラムはいかにも坊主らしく、これに慢心することなく人道を重んじ善行を奉行し……などと説教くさいことを言い出すし、かすみは少し微笑んですぐに視線をそらしてしまった。

 ピアチェはしがみついて泣きじゃくったが、どうやらそのときに指に結ばれていたかすみの髪が切れて床に落ちたようだ。

 掃除もしていないのかこの宿は。

 ……まぁ、そのおかげで見つけられたわけだが。

 さっさと移動の呪文マルーロでランの街に飛び、フーライの工房に押しかける。

 工房に入ると、幸いフーライはグラグラと煮え立つ壷の前でウロウロしていた。目の前に立ち、先ほど拾った金色の髪の毛を鼻先に突きつける。

「おお、これがその別嬪さんの髪かい。よく見つけられたな。その娘さんに対する,おまえさんの気持ちが痛いほど分かるぜ」

 いらぬことを言うフーライ。

「じゃあ,早速生き返らせてやるとするか。娘さんも待ちかねているようだからな」

 そう言ってフーライは、大きな壷に髪の毛を放り込んだ。

 どうやら準備して待っていてくれたらしい。ありがたいことだが、壷の下からは火が轟々と焚かれており、中の液体はボコボコと沸騰している。復活した途端に大やけどしてしまいそうな気がするが、こんな熱々の液で大丈夫なのだろうか。

 と、つまらぬ心配をしていると、液がいっそう沸騰し、辺りにピンクの蒸気が立ち込めてきた。うろたえるかつまたちを制してフーライが叫ぶ。

“よっく見てな!”

 その瞬間、壷が激しく振動し、大音響と共に画面に光があふれた。壷が爆発したのだ。

 フーライの言うとおり恰目して待っていたかつまたちは、目映い光芒と朦々たる爆煙に視界を奪われてしまった。いっそううろたえるかつまたち。

“だから、よく見てなって!“

 爆煙が晴れ、視力が戻ったかつまたちの前に現れたのは、一糸纏わぬ姿のかすみだった。なるほど、よく見てなってのはこういうことかと納得。

“きゃあああああ! 見ないで!!“

 ピアチェ以外はすっ裸のかすみに殴り飛ばされ、左右の壁に張り付く。

 その一撃で、かつまとガラムのHPは1になってしまった。

 かすみ、完全復活である。

 あまりコミカル過ぎるのも考えものだが、ここしばらく鬱展開だったので、今はこの振れ幅が心地よい。

“こほん。……みんなが私のために奔走してくれていたのは、ずっと見ていました。フーライ殿、あなたにも礼を申します。ありがとう“

 殴り飛ばしておいてありがとうもないもんだが、この台詞にももちろん意味がある。

 フーライがやっているのは、要するにクローニングだ。

 しかし、独裁者のクローンが必ずしも独裁者になるわけではないと言われるように、クローンは一卵性の双子と同様に、遺伝子や姿かたちは同じでも別の人間である。双子が意識を共有しないのと同じように、クローンもまた、元の人間と同じにはならない。

 記憶や魂は身体が死ぬと身体とともに失われ、複製した身体には、その身体から生まれた魂とその身体が培う記憶が宿るものだからだ。

 少なくともリアル世界ではそうである。

 だから、仮に香澄の身体をクローン再生したとしても、いまここでふわふわしている香澄の魂が、その身体に戻れるわけじゃない。

 もしもそうだったら、どれだけいいかわからない。

 しかし、アルブラ世界はファンタジーだ。

 フーライにかすみの魂が存在することを明言させ、依代としてかすみの身体をクローン再生する。その上かすみ本人にすべて見ていたと言わせれば、以前と同じかすみが復活したことは疑いようがないわけだ。

「よかった……」

「そうだな」

 予想が当たっていたことよりも、香澄が喜んでくれたことが嬉しかった。

「勝馬っ!」

 香澄が俺に向かって輝くような笑顔を見せた。

「ん?」 

「もしかしたら、あたしも……!」

 香澄はそこまで言って言葉を切った。

 その口がなにかを言おうとして、言葉にならないままぱくぱくと動いた。

 いつしか顔からは、花がしおれるように笑みが消えていった。俺は、空気が凍りついたように感じた。

香澄は、〝生き返るかも〟と続けたかったに違いない。

 でも、昨日、香澄自身が言ったように、香澄の身体はすでに失われているはずだ。そんなことあり得ない。

 俺は、何も答えられなかった。

 凍りついた時間を打ち砕くように、香澄は音もなく立ち上がると、真上にジャンプした。そして、慌てて見上げた俺に何も告げることなく、そのまま天井を突き抜けていった。

 一人残された俺は、コントローラーを握り締めたまま、まんじりともできずにいた。


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