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24/30

同じ方向にシゴくんです/アルブラ発売日+6日 土曜日の放課後

「中村さんは、霊の声が聞こえているのではありませんか?」

 と、横瀬が話しかけてきたのは、その日の帰宅途中の路上だった。

「聞こえてるけど、気が付いていないのかも知れないな。幽霊の声って、どんなふうに聞こえるんだ? 人間の声と同じような感じなのか?」

 俺はぎくりとしながらも、平静を装って答えた。

 横瀬が香澄のことを知ったら、無理やり成仏させるかもしれない。だから、香澄のことは横瀬に知られちゃいけない。

 もちろん、俺だって、ずっとこのままでいいなんて思ってはいない。

 いずれ成仏しなくてはならない“とき”が来るだろうが、いま少しだけ、この世にいさせてやりたかった。

 “その時”は、香澄自身に決めさせてやりたいと思った。

「霊魂の重さは三十五グラムといわれていますが、ご存知ですか?」

 俺がしらばっくれていることに気付いているのかいないのか、真顔で横瀬。

「いや、知らなかったな。どうやって量ったんだ?」 

「それは存じませんが、人間サイズの大きさで三十五グラムしかないなんて、殆ど空気みたいな密度です。そんなものが空気に振動を与えて〝声〟にするのは不可能ですから、普通に言う〝声〟とは少し違います。声として聞こえていると思っているものも、実際は頭の中に直接届いているわけです」

 分かるような、分からないような。

 要するに、例え人ごみの中でも、香澄の声は俺にしか聞こえないということか。

「……幽霊の声が聞こえる人と聞こえない人の違いって、なんなんだ?」

 今日に限って無視するというのも不自然なので、適当に話を合わせたほうがいいだろう。香澄のことを気取られないように、俺は、言葉を選んで言った。

「本人に素質があれば、霊の声は聞こえます。そうじゃない場合でも、よほど鈍感でない限り、霊が〝この人に私の声を聞かせたい〟と思った相手には聞こえます」

「俺は横瀬のおじいちゃんの声が聞こえなかったけど、それは鈍感ってことなのか?」

「霊の声は、頭に直接問いかけるので、複数を相手にするのは不得手なんです。恐らくおじいちゃんは、より私に聞かせたいと思ったのでしょうね」

「……じゃ、幽霊が見える人と見えない人の違いも、そういうことなのか?」

 これは、俺が本当に聞いてみたかったことだ。

「そういうことです」

 なるほど。香澄の元彼は、〝よほど鈍感〟の部類に入るわけだ。

 俺としちゃ、とびきり鈍感と言われるくらいなら、少しくらい幽霊が見えたほうがマシだが、まぁ、怖い思いをしなくて済むのなら、それはそれで幸せだろうな。

 俺がそのカテゴリーに含まれないことは、とりあえず喜ばしいことだが、そういう素質があるとも感じたことはない。

 ということは、俺に香澄が見える理由は、恐らく後者なんだろう。〝磁場がいい〟とかいうのも関係しているのかもしれない。

「見え方としては、服くらいなら変えられますけど、自分の本体を偽ることは、まず無理ですね。イメージが強すぎますから」

「イメージ?」

「よくいるでしょう? 死んだときのままの姿で現れる霊が」

「俺は実際には見たことはないから〝よくいる〟かどうかは分からないが、心霊写真なんかで見るヤツは、なにもそんな顔で写らなくてもって思うような、思いっきり怖い顔をしているな。血を流していたりとか」

「ええ、ああいう顔です。死んだときのイメージが強すぎて、変えられないんです。なにかを伝えたいだけなのに、怖がらせたくなんかないのに、怖がらせてしまう。かわいそうですよね、そういうの……」 

 その言葉を聞いて、俺はずきんと胸が疼いた。

 いまさらだが、横瀬は、思っていたよりずっとまともだった。

 噂を真に受けて横瀬を敬遠していた俺は、霊の姿に怯えて言葉を聞いてやれない者と同じだったんだ。

 横瀬にはそんな気は毛頭ないだろうが、責められている気分になる。

 しかし。だとしたら、香澄の姿はどうしたことだろう。

 本当に香澄が事故死した女の子なら、血まみれのボロ服姿で現れたっておかしくないわけだ。俺は生前の香澄を知らないから、推測するしかないのだが、透き通っていることを除けば、多分あの姿は生きていたときのままの姿なんじゃないか?

「中村さん?」 

 いやいや、あんな姿をしてはいるが、もしかしたら、この前の〝顔〟や〝おぼろな米ナス〟など、比べ物にならないほど質の悪いヤツで、俺を油断させるために女の子に化けているのかもしれないぞ。

 油断すると、封印したはずの〝最近のコンピューターウイルスの傾向説〟が頭をもたげてくる。いっそのこと横瀬に相談してしまおうか。などと思ったりもするが、横瀬が香澄を見たら、成仏させようとするに違いない。

 もしも香澄が本当に、単なるかわいそうな女の子だったときのことを考えれば、そうするわけにもいかない。

 香澄がこの世で彷徨っているということは、なにかしらの未練があるからだろう。それを解消させてやることなく無理やり成仏させるってのは、やはり間違っていると思う。

「中村さん、どうかなさいましたか? 急に黙り込んでしまって……」

 気がつくと、横瀬が俺の顔を見上げていた。

 その瞳は吸い込まれそうなほど黒かった。

「ああ、いや、なんでもない。この前見たホラー映画はどうなってたかと思ってね」

 ここはやはり、横瀬には内緒にしておいたほうがいいだろう。

「……仮定の話だが、もしも俺に、今まで見えなかったものが見えたり、聞こえなかった音が聞こえたり、出っくわしたら腰を抜かしていたほどの出来事がちっとも怖くなくなっていたとしたら、なにが原因だと思う?」

「……それは、仮定の話ですか? ほんとうに?」

 いぶかしげに、俺を見上げる横瀬。

「まごうかたなき、仮定の話だ」

「そう、ですか。……実は私、中村さんに細工をしました。いえ、していました」

「細工?」

 またなにか、とんでもないことを後で聞かされるというパターンか?

「はい。会うたびに少しずつ、中村さんの霊能力を励起させていました。昨日、タコ公園に行ったときに、偶然おじいちゃんに会ったのでレベル1クリアです」

 横瀬はそこで言葉を切り、意味ありげに微笑んで後を続けた。

「も・し・も、心霊現象に遭っても怖くなくなっているとしたら、それが原因だと考えられます」

 明らかに見透かされているが、認めない限り大丈夫だ。多分。

「またそんな、大それたことを勝手にやってくれちゃってたのかよ」

「そんなに大したことではないんです。誰でも霊能力は持っています。でも、普通の人は心の向きがばらばらなので、力を発揮することができないんです」

「心の向き?」

 うかうかと横瀬のペースに乗せられる自分が憎い。

「集中力と言っても構いません」

 それは無理な注文だ。

 俺の注意力のなさは、小学校の通信簿に〝注意力が散漫です〟と書かれなかった学期がなかったほどの筋金入りなのだ。

 多分、きっと、絶対、俺に集中力などはインストールされていない。

「例えるなら、本来鉄は磁力を持っていますが、磁力の向きがばらばらなので、互いに打ち消しあってしまい、磁石にはなれません。その向きが統一されたものがだけが、磁石になれるんです」 

「分かるような、分からないような……」

「磁力の向きを統一する手っ取り早い方法って、ご存じですか?」

 口ごもっていると、横瀬がぐいぐい突っ込んできた。

「……いや」

「別の磁石で、同じ方向にシゴくんです」 

「……つまり、この場合それは?」

「私が中村さんを、密かにシゴいてたってことです」

「なんで?」

「最初にお会いしたときに申し上げましたが、中村さんは憑かれやすいタイプです。ウイルス対策ソフトを入れずにインターネットに接続するようなもので、それは非常に危ない状況でした」

 この子の口からインターネットなんて言葉が飛び出してくるとは思わなかったな。

「そこで、いざというときに慌てないように、また、危険から少しは身が守れるように、そして、とても危険な状況に陥ったとき、私が感知できるように、細工をさせていただいたんです。例えるなら、ウイルス対策ソフトをインストールしたり、OSの設定を変えたりしたようなものです」

 俺はパソコンを持ってないので、微妙に分かりづらい例えだったりする。 

「本当に、困った体質だなぁ」

「ですが、大きなポテンシャルを秘めているということでもあります。おじいちゃんも申していましたが、中村さんには素質があるんです」

 ああ、言ってたね、灰色のおじいちゃんが。

 ……ほんとに困るなぁ。

 

 俺の家が近づいてきた。

 俺は別れ際に、聞くともなく横瀬に聞いてみた。

「……なぁ、命ってなんだろう?」

「命は、力です」

 即答だった。その言葉には、揺るぎない信念のようなものが感じられた。

「なら、命はどこにある?」

「体中なら、どこにもです。足の先から頭の先まで」 

「足の先から頭の先まで、か」

「はい。人の身体は、すべて命から生み出されたものなのですから。それで、それは、なんの話なんですか?」

「足、頭……。髪、髪か!」

 分かった。髪だ。髪だったんだ!

 俺は横瀬に向き直ると、小さな肩を両手で掴んだ。

「ありがとう横瀬! 横瀬には色々感謝しなくちゃならんことがあるが、今回のはとびっきりだ!」

「……は、はい?」

 掴まれた肩をがくがく揺らされて、横瀬は目を白黒させた。


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