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三倍早い人専用/アルブラ発売日+5日 金曜日の自宅

 昨日は新しい装備を試してみようとして、試しに街の外に出ただけだったのに、香澄がふわふわしてるのを発見して、それが怖くてガンガンレベル上げする羽目になったのだ。

 だから、ファナではまだ何も話を聞いていない。

 それにしても、昨日はあんな騒ぎがあったのに、よくセーブするのを忘れなかったもんだ。自分で自分を褒めてやりたい気分だぜ。

「ところでおまえ、なんで冬服を着ているんだ?」

 ゲームを疎かにするとかすみが怒り出すので、視線は画面に向けたままだ。

「あたし、今年の四月に死んだから」

 へヴィなことをあっさりと言いやがった。

 まぁ、これは俺が無神経だった。想像できてしかるべきだよな、すまん。

 香澄が言うには、今年の四月頃、付き合っていた男に振られて、ぼーっとして道を歩いていたら車にはねられたらしい。

「なんかさ、気がついたらあたし、事故現場に立ってたわけ。あれ? さっき、あたしに向かって来た車はどこに行ったんだろう? とか考えていたら、そこに友達が向こうから歩いて来たのね。でもさ、あたしが〝おーい〟って言ったのに、その子、ガン無視なのよ。そのうえ、泣きながら〝自殺するほど悩んでたなんて知らなかった〟なんて言うじゃない? だからあたし、こりゃ死んじゃったんだなって気付いたの。それはいいのよ。ううん。ほんとはぜんぜん良くないけど、まぁいいの。こっち置いとくの。でね、なんか誤解されてるみたいなのね。振られたことは、そりゃ、ショックはショックだったけど、自殺しようなんて、これっぽっちも考えてなかったのに……」

 一気にしゃべったあと、香澄はうつむいて目を細めた。

 当然のことながら、今のこの状況は、香澄にとって不本意なものなのだろう。

「……でさ、少しは責任感じてるかと思って、あんたのせいじゃないよって言ってやろうとしてあいつの、……あたしを振ったヤツの家に行ったら、もう新しい子と仲良くしてたのよ。……悔しかったから、脅かしてやろうと思っていろいろやったけどさ、こっちはティッシュ一枚揺らすこともできないし、姿を見せて脅かしてやろうとしても、鈍感なヤツにはあたしの姿は見えないし。……結局、バカにはなにしたって通じないのよね」

 苦笑いする香澄。

 そんなバカと付き合っていたことに対する悔恨なのか、何もできなかったことに対する自嘲なのか、その意味は分からなかった。

「それで、俺を脅かしに来た、と。ちょっと待て。ものすごく話の展開に無理があるんじゃないか? おまえ、ほしかげの生徒なんだろ? それがなぜ、俺なんだ?」

 俺の家から小春日市と星詠市の境まで、優に十キロメートルはある。

 ほしかげ学園までなら、さらに十キロメートルだ。

 香澄の家がどこにあるかは知らないが、ほしかげよりひだまりに近いってことはないだろう。それは、俺の中学の同級生でほしかげに行ったヤツなんて、ひとりもいないのと同じ理由だ。

 そりゃそうだ。近くに姉妹校のひだまりがあるのに、ほしかげまで通う意味がない。あえて量産型と呼ばれたいというのなら、話は別だが。

 結論。俺とほしかげの間には、何の因縁もない。

「あはは。勝馬って自意識過剰ー。さっきも言ったでしょ。なんか吸い寄せられる感じがして,ここに来たら、たまたま勝馬がいたんだって。わざわざ脅かすためだけに、イモ学の生徒の家を探して来たりなんかしないって」

「……いもがく?」

「そう、イモ学。勝馬んとこの制服。エンジ色と茶色とこげ茶色って、焦げたヤキイモみたいじゃない? ほしかげじゃ、みんなそう呼んでるよ」

「ヤキイモって……。〝三倍早い人専用〟とかじゃないのかよ?」

「なにそれ?」

 まぁ、女にはわかんねぇか。俺が小学生のころは、赤いランドセルが欲しくて堪らなかったもんだけどな。それに、カッティングシートでデオン軍の紋章を貼ったりして。

 クゥ~、考えただけでも血がたぎるぜ。

 ……それを〝ヤキイモ〟とは。〝量産型〟のほうがまだマシじゃないか。

「なんかね、ふらふらしてたら引き込まれたのよ、ここに。この部屋っていうか、あんたの周り、磁場がいいっていうのかな、すっごく居心地いいのよ。言われたことない?」

「生憎だが、おまえ以前に幽霊の知り合いは居なかったんでね」

 だが、幽霊以外なら、横瀬には似たようなことを言われたことがあるな。

あと、餅にカビが付くがごとく、憑かれやすい体質だとか。

 しかし、今さらだが、俺の体質を一目で見抜いた横瀬真美。あいつはやっぱり、タダ者じゃないな。

「この部屋には、他にもあちこちに居るよ。……例えばね」

 と言いながらあたりを見回す香澄。そんなの冗談じゃない。

「聞きたくねぇ!」

 口を押さえようとしたが、俺の手はむなしく空を切った。

「安心して。そんなに悪質なのはいないから。いくら幽霊だって言ってもさ、やっぱりタチの悪いのが近くにいたら気分悪いのよね」

 それは人間同士でも言えることだが、幽霊同士でも同じらしい。新発見だ。

 しかし、タチが良かろうが悪かろうが、霊が自分の部屋にいるなんて、決して気分のいいもんじゃないよな。例えるなら、ペニシリンを生むアオカビだろうが、アフラトキシンを生むクロカビだろうが、カビという点では同じだ。餅に生えたら即刻捨てられるっていう結果に変わりはない。

「おまえ、一体なんで成仏してないんだ? やっぱりアルブラが原因なのか?」

「そうなのかな。確かに楽しみにはしてたよ。ほら、最初は三月に発売するって言ってたのに、七月に延期になったでしょ? そんときは結構ショックだったから、やっぱりアルブラに未練が残ってるのかな。よくわかんない」

 なんだそりゃ。ヒントのないクロスワードパズルを解かせられてる気分だ。まさかとは思うが、例の彼氏に未練があるとか?


 香澄が怒るからゲームに戻ろう。

 やっと話を聞けたファナでは、かつまが勇者としての資質を試されることになり、ひとりで試練の洞窟とかいうダンジョンに入ることになった。

 なんでも、ダンジョンは体の部、知の部、心の部というみっつの部に分かれており、それぞれの試練をこなした者に勇者の称号が与えられるらしい。

 無私の心で世界を救おうという勇者を試し、しかも称号を与えようなどとは、思い上がりもはなはだしいぞ愚民ども,何様のつもりだという感じだ。

 とは言え、ゲームも中盤となって、ゲーム内世界では、〝世界が危ない〟〝魔王復活を阻止せよ〟といったニュースが世界を駆け巡っているわけだから、自称勇者は掃いて捨てるほどいるのだろう。

 もしも勇者が世界で一チームしかいないのなら、一般人もいくらかの武器防具は買うとしても、道具として使えるようなハイエンド武具など、持てる者はごく一部。武器屋や道具屋が営業を続けていけるはずがない。

 また、宿屋は勇者様ご一行は宿泊無料になるだろうし、スズメの涙ほどの支度金しかくれなかった王様は、きっと国を挙げて応援してくれることだろう。

 これらを考え併せると、ほかにも無数の自称勇者チームが存在していて、魔王討伐コンペみたいな状態になっていることは想像に難くない。

 かつまが試しを受けるその日、かすみは、かつまの指に、お守りだといって自らの金色の髪を結びつけた。ピアチェの手前、言葉には出さないが、必ず帰ってきて欲しいという気持ちがにじみ出る名シーンである。

 言葉に出すと、きっと思っていることをすべて吐き出してしまうから。平民のピアチェが素直に、〝世界を救う勇者にではなく、私は大好きなあなたに帰ってきて欲しい〟と言えても。貴族のかすみにはそれが言えない。

 誇り高い女騎士は、世界を救う旅に恋愛感情は不要だと、自らに課しているのだろう。

「自分の名前がついてると、なんか生々しいよね」

「言えてるな」

 シリーズ中唯一仲間に名前がつけられるアルブラⅢは、仲間にみずほや海羽の名前をつけてプレイした。しかし、そのときはひとりでプレイしていたし、Ⅲでの仲間は単なるユニットであり、キャラクター同士の交流はなかった。

 今のように、ふたりでプレイして、互いの名前がついたキャラクターの色恋沙汰を見ているのとはぜんぜん違う。

「……しかし、よくもまぁ、データをいじるなんてことができたな。ていうか、そんなことができるなんて、よく思いついたもんだ。前からパソコンとか、やってたのか?」

「ううん。家にパソコンはあったけど、もっぱらネットで買い物したり、Zちゃんねるでカキコするくらいにしか使ってなかったよ。ほとんどケータイで済んじゃうし。この身体じゃ、ケータイいじれないのが一番辛いよね。もぉ、死ぬほどヒマ」

 いいジョークだ。笑えないがな。

「データをいじるって、どんな感じなんだ? キーボードもコントローラーもないのに、どうやって?」

「えっと、重さのない積み木を組み替えてる感じ? ……違うなぁ。んー、もどかしいっ。言葉じゃ説明できないな。勝馬もこうなったら分かるよ」

 それは丁重にお断りしておく。

 俺はこの世で触りたいものはいっぱいあるし、触られたい相手も、きっとそのうちできるだろうからな。

「今のあたしはこんな身体だから、ティッシュ一枚揺らすこともできないけど、電子データには重さがないから、いじり放題。……って言ってもさ、コツをつかむまで結構時間かかったよ。勝馬がアルブラの前にパワスタ2にいれっぱなしにして放り出してたフェイタルフレンドリーのⅧで。ごめんね。いろいろ試させてもらったから、データぐちゃぐちゃになっちゃった」

「あれ? あれは、終わってなかったか? 味方に見せかけた諸悪の根源の女がパーティーに混じってて、そいつを宇宙に放り出してハッピーエンドだから、多分終わってるはずだぞ? ディスクが一枚余ったから鍋敷きに使ったけど……」

「ふ、ふぅん? そうだっけ? あたし、フェイフレはやったことないから知らないけど、勝馬がそう言うんなら問題ないね。でも、やり忘れてることがあるかもよ?」

「なんだそれ? 気になる言い方だな」

 まぁ、問題ないはずだ。

 ……問題、問題といえば、むしろアレのほうが気になる。

「……そうだ、ミドガルドから街みっつ分くらい飛んでたのはどういうわけだ? あんなことして大丈夫なのか? あと,データが一個だけになってたのも説明してもらいたいな」

「ちょっとデータを覗いたら、またお使いやらされそうな雰囲気だったから飛ばしたの。大丈夫。後でゲームの進行に影響するようなイベントはなかったから」

「……なるほど。でも、勝手にやるなよ。ビビるだろ」

 俺が言うと、香澄が目の前に逆さにぶら下がった。

「勝馬ってば、ゲーム進めるのが遅いのよ。隣の子たちは、もうとっくに終わってるのに。あたしがせっかくサクサク進めるようにパワーアップさせたり,お金増やしたり、ショートカットしたり,後戻りできないように古いデータ消したりしてやったのに、ファナじゃ意味もなく五時間もレベル上げやってたりとかしてさ。ぜんっぜん意味ないじゃん。早く次の街に行けっての!」

「遅くて悪かったな。でも、少なくともファナでの五時間はお前のせいだ」

 香澄はぷくんと口を尖らせた。

 かすみに借りた、ゲーム終盤にならないと入手できないはずの天使の装備を身につけ、適正レベルをかなり上回ったかつまは、試練の洞窟においても無敵だった。

 体の部のボスキャラを、Aボタン連打の武器攻撃オンリーで一瞬のうちに屠り、知の部のパズルも俺と香澄、ふたり分の知恵でなんとかクリアした。

 “知恵を出し合いながらのプレイ”ってのがたまらなくいいんだよな。相手が女の子ならなおさらだ。

 あとは心の部だが、心なんてどうやって試すつもりかと期待していたところ、豪華な祭壇の上にまします司祭様だか司教様だかが、さんざっぱら勿体つけた挙句に〝勇者の心は、そなたの内にすでに宿っている〟と来やがった。

 まぁ、確かに、今まで世界を救わんとして苦しい旅を続けてきたんだから、離島出身の一介の若者の中にだって、勇者の心くらい育つだろう。ここまで来て心がないといわれても腹立つが、そんな大岡裁きみたいな結論を出されてもなぁ。

 この、〝やり場のないなにか〟という得体の知れない感情をどうしてくれる。

 洞窟から出てきたとき、ピアチェは涙ながらにかつまにしがみつき、かすみも感情を抑えながら祝福し、労ってくれた。

 だが、実際のところしっくり来ない。

 ほとんど無傷であったため、気分的には〝便所に行って、帰ってきたら褒められた〟に近く、歓迎ムードが高まるほど興が冷めていく感じだ。半分は自らが招いた事態なのであるが、早くゲームを進めて、適性レベルの戦場に向かわねば。最後までこんな調子だったら目も当てられん。

 しかし、これでファナを出るフラグが立ったわけだ。


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