かわいい妹は好きですか?/アルブラ発売日+5日 金曜日の自宅
家に帰り着くと、海羽がとてとてと、猫のように玄関まで迎えに出てきた。
「遅かったな、兄者」
「ああ、ちょっとボランティア活動に精を出していたもんでね。……それより、〝兄者〟ってのはなんだ? 俺の記憶が確かなら、昨日までは〝お兄ちゃん〟と呼ばれていたと思うんだがな」
「月替わりにした。今日から七月だから、兄者と呼ばせてもらう」
来月はなんと呼ばれるのか、今から怖いんだが。
「それより、かわいい妹は好きですか?」
いつものことだが、いきなりなにを言い出すかわからんな。
「……まぁ、かわいくない妹よりは」
〝しかし、きれいなお姉さんがどうとかいうコマーシャルはあったが、それが妹になると急に妖しい感じになるのは、俺の心が汚れているからだろうか。やはり俺の中にも妹萌えの遺伝子が受け継がれているのだろうか〟
「……おい、かわいい妹よ。勝手に俺の心の声を代弁するな」
ニヤリと笑う海羽。
確かに、かわいいとは思うんだが、どうも持て余してしまう。
「デートしようではないか」
俺は思わず上がりかまちに躓きそうになった。その日の内に、もうひとりのブラックリスト登録者に誘われるとはな。
「……おまえもか」
「おまえもとは?」
みずほからのデートのお誘いは、幸いなことに1時間目の休み時間に取り下げられた。
なんでも、ご要望に沿えそうにないからだそうだが、そんなことは最初から分かっていたことだろうに。
「……なぁ海羽、いい加減に俺を心霊スポットに誘うのはやめてくれないか?」
こいつとみずほは、どうして揃いもそろって普通のオンナノコが行くようなスポットに行かないのだろう。もしかして、反発しあっているようでいて、本当は〝ティムとジュリー〟みたいに仲よくケンカしているんじゃないのか。
「心霊スポットじゃない。今度のは、ただの廃墟だ」
「それは屁理屈だ。同じだ。見た目同じ」
俺は海羽と向かい合って、その両肩に手を置いた。
「この際だからはっきりと言わせてもらうが、オーブとかいうヤツは心霊現象とはまったく関係ない単なる空気中のゴミだ。〝オーブが見えて、かつ、近くで過去に人が死んでいる場所〟を心霊スポットだとするならば、そもそも、地球上にそうでない場所なんてどこにもない。空気があってゴミがない場所なんか半導体工場のクリーンルームしか思い浮かばないし、歴史を紐解けば征服欲や冒険欲や名誉欲や知識欲に燃えるがしんたれが、北極南極砂漠高山地の底水の底と、ありとあらゆる場所で屍を晒している。従って、地球そのものが心霊スポットと言えよう。誰も言わなければ俺が言う。言うともさ!」
という長セリフを聞かせている間に、例の写真が変化する脳トレみたいに、海羽の口が見る見る尖ってきた。
面白いなぁ、みずほもおまえも。性格はぜんぜん違うけど、本当は似たもの同士なんだなぁ。……ああ、あれは宇山だったっけ。
「だから、無理して廃墟や心霊スポットなんかに行く必要はないんだ。止めとけ。俺だって命が惜しいし、単純に怖いし」
横瀬によって〝憑かれやすい〟との太鼓判を押されてしまった俺が心霊スポットなんかに行こうものなら、身なりのいい老人や裸の美女がスラムを歩くようなものだ。
ただでは済まないことは火を見るより明らかだ。
「そういうところじゃなかったら、俺はいつでも付き合うぞ。かわいい妹の頼みだからな」
俺はみずほの親父さんの顔を思い浮かべ、それを参考にして思い切り男前の顔で言った。
「……わかった」
「そうか、分かってくれたか」
俺のなりふり構わぬ説得が通じたようだ。これで一安心というところか。
「兄者、いつか軍艦島に行こう。あそこは廃墟マニアのメッカだから、兄者の認識も変わるだろう」
「わかってねぇ!」
俺の頭の中を、賽の河原の石積みという言葉がふと過ぎった。