表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/30

うっすらと静脈が透いている/アルブラ発売日+4日 木曜日の自宅

 本棚の裏、机の下、押入れ、天袋、ゴミ箱の下。

 そして、そろそろ手がだるくなってきた十数分後、ベッドの下に隠した秘蔵コレクションの向こう側に隠れているのを発見した。

 テレビの画面を見ながら場所を確認しつつ、秘蔵コレクションを脇に退かし、ゴクリとつばを飲み込んで問いかける。

「……お前は何者なんだ?」

 返事はない。

 長い沈黙。

 俺にはそう感じられたが、実際には十秒もなかったかもしれない。

 だが、返答がなかったために、緊張の糸がふっつりと切れてしまった。

「………………………………なんてな」

 と、照れ隠しに近い呟きを漏らした、まさにそのとき、

「かすみだよ」

 耳のすぐ近くで声がした。

 それと同時に、ベッドの下から白い煙が勢いよく噴出した。

 バラエティ番組の罰ゲームで、炭酸ガスボンベを噴射して断熱膨張によって顔を凍りつかせたり、霜を降らせたりする趣向があるが、ちょうどアレくらいの勢いだ。

「!!?」

 驚いた。

 声にならなかった。

 今までのことは気のせいで片付けることもできただろうが、明確に人語での返答があったとなると、霊的なものが絡んでいるとしか考えられない。

 慌ててベッドの下から手を抜くと、脇に退かせるためにつかんだ秘蔵コレクションが手に握られたままだった。恐怖のためか腕が硬直し、放すことができない。

 頭の中に〝秘蔵コレクションは呪いで離れない!〟というメッセージが表示された。

 さらに、アルブラプレイヤーならトラウマ化しているであろう例の恐ろしい効果音までが、どこからか聞こえてくる気がして俺の恐怖心を煽る。


「うわわわわわわわわぁ!」

 腕を思いっきり振ると、やっと秘蔵コレクションは俺の手から離れ、白い噴流の中に舞って、部屋中に散らばった。

 今までいい気になっていたのが嘘のように心臓は縮み上がり、再び腰が抜けそうになった。この恐ろしさ、心細さには抗いがたく、ここには横瀬もいないという寄る辺ない状況も手伝って、俺は恐慌状態に陥ってしまった。

 テレビにつまづきながら這うように窓際まで行くと、窓を開けて窓枠に飛び乗り、みずほの部屋の窓下に設けられた小屋根まで、約3メートルをジャンプした。膝のクッションも何も考えずに着地したため、小屋根はすごい音をたて、瓦が何枚か砕けた。

 その瞬間、カーテンと窓の向こう側、明かりの燈った部屋の中から、女の子の〝ひっ〟という短い悲鳴が俺の耳に届いた。

 〝誰かいる〟

 その安心感の甘美なることこの上なく、みずほに面会謝絶を言い渡されていたことも忘れて、俺はサッシの窓枠に手を掛けた。

 ペアガラスのはまった重厚な窓は、幸い鍵はかかっておらず、シュルシュルという軽い音を立てて開いた。俺はこの後訪れる悲劇を予感することもできないまま、室内に飛び込み前転の要領で文字通り転がり込んだ。

「みずほっ!!」

 一回転した俺が顔をあげたとき、目の前にいたのはメイドさんだった。

 もっと正確に描写すると、胸を強調したコスチュームに身を包み、俺のほうに脚を向けて、少し上体を起こした状態で仰臥し、下着が見えるか見えないかのところまでスカートをたくし上げた、少しふくよかなメイドさんだった。

 ゆるくウエーブした黒髪が床に広がり、アルフォンス・ミュシャの絵のような雰囲気を漂わせていた。短い黒のスカートと、白いオーバーニーソックスの間の柔らかそうな生足部分は餅のように白く、うっすらと静脈が透いている。

 誰だろう。見覚えがある気がするが、どう見てもみずほじゃない。

 年は俺と同じくらいに見えるが、みずほの部屋にいるんだから、当たらずしも遠からじというところか。俺のご入来に、おびえた顔でスカートの裾を握り締めている。

「……みずほ?」

 俺の呟きを聞いた少女の目がすっと右に動き、その顔は驚愕を張り付かせて固まった。俺も釣られて同じ方向を向くと、目の前に赤いメイド服を着た鬼がいた。

 床が抜けそうなほどの震脚とともに、鬼は黒のニーソックスを履いた足を踏み出し、俺のふところで上体をひねって背を向けた。

 腰のリボンがふわりと舞う。

 後ろ回し蹴りにしては間合いが近いと思ったら、鬼はそのまま、自らの提灯のように膨らんだ肩からフリルに飾られた肩甲骨にかけての部位を、俺の胸に食い込ませてきた。

 しまった、鉄山靠だ。

 そう思うより先に、胸を突き上げ、背中まで抜けるような衝撃が、一瞬、俺の心臓を止めた。肺が潰され、強制的に息を通された声帯から、

「きゅん」

 という、音だか声だかわからないものが漏れた。

 そして、再び胸に鼓動を感じたとき、俺の身体からゆっくりと意識が離れていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ