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西郷さんとこの犬の名前みたいだな/アルブラ発売日+4日 木曜日の朝

「ねぇ、アルブラ、どう?」

 翌日、おれが自席で呆けていると、みずほが朝イチで聞いてきた。

「……ああ、俺はまだミドガルド。おまえは?」

「あたしはゆうべ終わったよ。って、そういうことじゃなくて! ……大丈夫?」

 ソフトの交換を断ったものの、こいつはこいつなりに心配していてくれていたようだ。さすが幼馴染ってところだろう。

 しかし、心配してくれるのは嬉しいが、なんと説明すればいいのか。

 そもそも、確証もないことを騒ぎ立てるのは、男の沽券にかかわる。

 省みれば、今までアルブラ関係で起こっていることといえば、すべてバグなど、物理的に説明できることばかり。たまたま俺自身にマジでヤバい霊が憑いていたというだけで、すべて霊的なものに結びつけるのは臆病に過ぎるってもんじゃないか。

 と思いながらも、今は単に昼間で周囲に人がたくさんいるから強気になっているだけかも知れない。今ここで〝まったく問題ない!〟などと宣言してはみたものの、すぐに後悔することだってありえる。

 実際、昨夜はあれからすぐに布団に入ったのだが、結局、明け方まで眠れなかったのだから情けない。

 俺は熟慮を重ねた末、答えた。

「ああ、快調だよ。まったく問題ない」

「昨日もミドガルドって言ってたわよ? ぜんぜん快調じゃないじゃない」

 速攻でバレた!

「心配してたんだよ。あたしもだけど、まぁ、うん。とにかく、心配してた」

 何を言っているのだ?

「……はい、これ」

 口を尖らせながらみずほが差し出したのはDVDのトールケース。見るとそれはアルブラⅧのソフトだった。

「どうしたんだ? これ」

「あ……あんたが替えてくれって言ったんでしょうが。あたしはもう終わったから、貸したげる。交換じゃないからね? 貸すだけよ?」

 そう言ってみずほは、アルブラを机の上に置き、きびすを返した。

 呆気にとられて無言のまま見送っていると、みずほは、ちょうど宇山の席のあたりで振り返った。そして、俺を指差して言った。

「べっ……別に、あんたのために急いで終わらせたんじゃないからね!?」

 教科書に載りそうなくらいベタなツンデレセリフをありがとう。

 だが、実際夏のコミぱのためっていう理由があったりして、言葉通り俺のためじゃないってオチがつくんだろうから、実質はただの〝ツン〟か? 

 西郷さんとこの犬の名前みたいだな。

 しかしまぁ、リスクはできるだけ減らしたいから、ありがたく借りておこう。


第13話 ギャンカノンみたいな格好/アルブラ発売日+4日 木曜日の放課後

「……とても不躾なお願いなのですが、これから、私に付き合っていただけませんか?」

 その日の放課後、俺を待ち伏せしていたかのように電柱の陰から現れた横瀬は、思い詰めた顔をしてそう言った。

「………………は?」

「……駄目、ですか?」 

「いや、構わないが?」

 俺は可及的平静を装って答える。

 カバンの中ではアルブラが、パワスタに突っ込まれるのを待っているんだが、女の子の誘いを蹴ってまで優先することじゃない。そんな寂しい青春は送りたくない。

 オレ会議は満場一致で横瀬に付き合うことを採択した。

 二、三日前は敬遠していた横瀬の誘いに乗るなんぞ、俺も成長したもんだ。

 いろいろあったもんなぁ、経験は人間を成長させるって本当だな。

「……良かった。実は除霊を頼まれているのですが、かなり質が悪そうなので、心細かったんです」

「あ……ああ、そんなオチ?」

 落胆を隠さず、俺は答えた。

「そうです。憑き物をオトすんです」

「………………!」

 突っ込みを入れたい気分だったが、多分、横瀬には駄洒落を言っているつもりはないから、突っ込まれてもきょとんとするだけだろう。

「しかし、俺にはあの(怪しげな)呪文は唱えられないし、(胡散臭い)法具の持ち合わせもないんだが、そんなんで役に立つのか?」

「大丈夫です。中村さんは、身体だけ貸していただければ」

 女の子に〝付き合って〟とか〝身体を貸してくれ〟と言われるのは、憑き物がどうのという前段がなければ、なんと心躍る申し出だろうか。

 しかし、頼りにされているのには違いない。

 そう思いなおした俺は、苦虫噛み潰した顔を噛み潰した。


 十分ほど歩いたところで、横瀬は足を止めた。どうやらここが現場らしい。

 一見人通りのない、ただの街路に過ぎないのだが、確かに俺にも分かる程度に、辺りには〝嫌な雰囲気〟ってやつが漂っていた。

 そう言えば、駅にも近い商店街なのに、こんな時間に人通りがまったくないのは妙だ。

 周辺の商店はシャッターが下りたままで、いわゆる“シャッター通り”になっている。誰もが無意識のうちに、ここを避けているというのだろうか。

 突然、ブーンという、耳の奥がくすぐったくなるような低周波音が響いた。

「来ます」

 一点を見据えたまま横瀬が囁いた。

 俺にはたぶん霊能力なんてないが、今度の悪霊はギトギトした感じで、なんとなくヤバそうな気がする。

 形容するなら、家族四人が思うさましゃぶしゃぶを食べた後の鍋の表面って感じなんだが、却って分かりづらいか。

 前言訂正。

 経験は人間を成長させるってのには補足が必要だ。“死なない程度の経験”は人間を成長させるってことにしてくれ。俺はまだ、成長を止めたくないから。

「大丈夫です。中村さんは、私が守ります」

 横瀬が俺の前に立ちはだかった。

 アニメで似たようなセリフを聞いたことがあるな。

 そんときは、〝女の子に守られるたぁ、なんて腰抜け野郎だい〟とか思ったもんだが、実際こうなってみると、なんて心強いんだろう。〝餅は餅屋って言うもんな。間違いを認めることも大事だ。なけなしの男気のために命を落としちゃつまらん。一生ついて行きますよ横瀬さん〟ってなもんだ。

 しかし、そのとき俺は、とんでもないことに気がついた。

「横瀬、あの、数珠と祓い串は?!」

 正直言って、法具にどんな働きがあるのか、俺には分からない。しかし、なくてもいいものなら最初から使うはずがない。使うからには何らかの効果がある道具だということは間違いないだろう。

 この前の〝顔〟よりヤバそうなヤツと、法具なしで戦おうというのか?

「大丈夫です。ご説明するのを忘れていましたが、今日はいつもの法具の代わりに、中村さんの身体を使わせていただきます!」

「そういうことは先に言え! 忘れるな!」

 しかも、俺はどういう使われ方をするのか聞いていない。暖気もせずに全開運転させるつもりかよ。無茶しやがるなぁ。

 とかなんとか考えていると、ギトギトから黒紫色の塊、例えるなら輪郭のはっきりしない米ナスというか、紫芋のあんが入ったキングサイズの水饅頭というか、そういったようなものが、ひとつ、ふたつ、みっつと、俺たちに向かって飛来してきた。

 これはどう見てもありがたいものではあるまい。

 黒紫色のそれがぶつかると思った直前に、横瀬が両手の指先で素早く二重丸を描いた。その二重丸は、あたかもバリアのように黒紫の塊を受け流す。

「手を前に出していてください!」

 俺は慌てて横瀬の肩ごしに手を延ばした。

「前へ倣えの形で!」

 指示通りにすると、横瀬はさっきのバリア、例えるならシャボン液の膜が張られたフラフープみたいなそれを、俺に持たせた。

 持たせたというのは変だな。〝それ〟は俺の手に触れることなく、俺の指先5センチの辺りでゆっくりと時計回りに回転しながら、黒紫の塊を受け流し続けているのだから。

「もっと手を伸ばしてください! 銃身は、長い方がいいんです!」

 意味は分からないが、従う以外の選択肢は思いつかなかった。

 俺は横瀬の肩越しに伸ばした腕を、さらに、筋が吊るほど伸ばした。

 ガンガルに登場するモビルフォースのギャンカノンみたいな格好〟といえば分かりやすいだろう。自然に俺と横瀬の身体が密着する。その横瀬は、俺の腕の間で、肘を肩の高さに上げて合掌し、例の怪しげな呪文を唱えている。

「行きますよ!」

 横瀬が、ぴったりと閉じあわされた手のひらを静かに離すと、その間からまばゆい光があふれ出した。横瀬はそのまま、ちょうどバスケットボールのチェストパスのようなポーズで、ゆっくりとその光球を持ち上げる。

 そして、自分の顔の両側を通る俺の腕の、ちょうど肘の間辺りに持ってくると、すばやく光球から手を離した。

 光球は新たな主をみつけたかのように、俺の肘の間でとどまる。俺の両腕が、銭湯の電気風呂に入ったみたいに引きつり、ぶるるんと震えた。

 なんだか肘の内側がくすぐったい。

「おおうっ!」

 俺は思わず声を上げた。よく見るとその光球は、俺の肘から前腕の方向に向けて移動している。電気風呂のビリビリ感みたいなものが、腕を移動していく感覚があるのだ。

 いや、動いているだけじゃない。

 手首まで移動したころには、光球は倍くらいの大きさになっていた。光球は俺の両腕の間で増幅されているのだ。

 なるほど、銃身は長いほうがいいっていうのはこういうことか。ガンガルでも、強力なモビルフォースは、砲身がバカ長い武器を持ってたりするもんな。

 そんなことを考えている間にも、光は指先に向かうに従って、さらに、確実に強く、大きくなってゆく。

 横瀬はおもむろにシャボン膜の中央に両手を差し込むと、穴を左右に広げた。

 その瞬間、両腕の間で育っていた光球は、俺の指に静電気のような痛みを残し、ものすごい勢いで俺の手を離れ、ギトギトに向かって一直線に飛んで行った。

 ドーンという空気を揺るがす音と共に、眩い光が広がる。

 至近距離で花火の尺球が破裂したかのような膨大な光量に、思わず目を閉じてしまった俺が最後に見たものは、前方を見据えたまま動かない横瀬の後ろ姿だった。

 

 まぶたを閉じていてすら目がくらむような光が去って、視力が戻ってきたとき、ギトギトは気配もろとも消えていた。

 地面に大穴でも開いたのではないかと思うような激しい爆発だったが、道には街路樹の枝一本、葉一枚落ちておらず、周囲には何の痕跡も残っていなかった。

ただ、あのギトギトした気配だけが、ふるいに掛けられたように消えていた。

 あの爆発は何だったのだろう。現にあの嫌な気配は消えているのだから、夢や幻だとは思えない。だとしたら、あれは、物理的な爆発じゃなかったのだろうか。

 物理的じゃない音と光と爆発? なんなんだそれ?

「やりましたよ、中村さん!」

 横瀬が振り返り、輝くような笑顔を見せた。

「あ、ああ、なんか、やっちまったみたいだな」

 俺は震えた。

 これはまごうかたなき霊能力だ。それにしても、気になるのはあの呪文だ。あんな出鱈目な呪文で、よくも悪霊が祓えるものだ。

 そう聞くと、横瀬は、悪霊を退けるのは心の力で、呪文はあくまでも精神統一の手段なのだと答えた。なるほど。いわしの頭も信心って言うもんな。 

「悪霊の好物は命ですが、それに対するのも命の力です。命の力、それは即ち悪霊が持ち得ない心。心の力なんです」

 敵の好物で戦うわけか? 

 ……だめだ。

 硬いカボチャをぶつけたり、太いゴボウで殴ったり、煮た大根で熱がらせたりというビジュアルしか浮かばない。常識的思考の限界だ。

 物理法則の中で生きる者が、その外の力を行使する。

 その矛盾を超越するのがあの光、〝命の力〟なのだろうか。

 俺は今日、紛れもない奇跡を見た。


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