三日前、中村さんは私を/アルブラ発売日+3日 水曜日の放課後
「今日の私は、少し怒っています」
その日の放課後、いつもなら顔を正対にして、まっすぐ俺を見つめてくる横瀬が、少し上目遣いで俺の前に立ちはだかった。
「……いきなりだな。なにがあった?」
「なにがあったではありません。三日前、中村さんは私を……」
そう言って横瀬は、うつむき顔を赤らめた。なんだその反応は?
「三日前?」
「忘れたのですか? 私にあんな辱めを……」
ますます分からない。
「三日前って言ったら、初めて話をした日だぞ?」
初対面の女の子が顔を赤らめるようなことは、いくら俺でもやってないはずだ。多分。
「ちょっと待てよ。やったことといえば、座敷わらしってからかったことくらい……」
「それです!」
俺の鼻先に、横瀬の人差し指が突きつけられた。
「あああごめんなさい、ひとを指差すなんて、お行儀が悪かったですね」
俺に突きつけた指を、慌てて隠す横瀬。面白いやつだ。
「いや、別に構わんが。それより、座敷わらしがどうして辱めになるんだ?」
素早く最初の上目遣いに戻る横瀬。
「私、中村さんの言葉を信じて、道行く人に座敷わらしを見ませんでしたかと、聞いて回ったんです。今から思えば、皆さん変な顔をしてらっしゃいました。私を哀れむような、腫れ物に触るような。きっと、変な子だと思われました。ああ……」
俺は、横瀬の口調に芝居がかったものを感じた。
特に、〝ああ……〟のところは半笑いだ。ずいぶん打ち解けたもんである。
「ごめん。真に受けるとは思わなかったんだ。すぐに、からかわれていることに気がつくもんだと……」
横瀬が本当に怒っているわけではないとわかったが、このほうが面白いと思ったので、ことさら丁寧に詫びてみた。
「冗談です。もう怒っていませんよ」
くすりと横瀬が笑った。
「どうです? 私にも冗談は言えるんですよ?」
そう言って横瀬は胸を張った。
ほんとうに面白いやつだ。多分,さっきの芝居がかったセリフも,俺が通りかかるまで何度も予習していたんだろうな。
「もうってことは、少しは怒ったわけだ?」
「はい。少し怒りました」
「で、なんで自分のことだって気付いたんだ?」
「駆けずり回って汗をかいてしまったので、家に帰ってシャワーを浴びました」
「ふんふん、それで?」
「……洗面所の鏡を見たら、鏡の中に、座敷わらしがいました」
思わず俺は吹き出してしまった。
「それまで気付いてなかったのかよ? 自分が座敷わらしに似てるって!」
「私、自分の容姿にこだわりがありませんでしたから、あまり鏡を見たことがなかったんです」
「それが、たまたま鏡を見た、と。どういった風の吹き回しで?」
「……内緒です」
俺たちは昨日と同じように、並んで歩きながら話した。
みずほに見つかったら、またなにか言われるだろうな。
「……でもさ、その日のうちにからかわれていたことには気付いたんだろう? どうして三日も経って言い出したんだ? あんまり日数が経つと、何を言ったか忘れてしまう。買ったものならクーリングオフも効かんし、アフターサービスも受けられなくなるぞ?」
「昨日と一昨日、言おうと思ってお待ちしていました。……いましたが、その度にとんでもない霊を連れているので、つい言いそびれてしまったんです」
そう言って、横瀬は拗ねたように顔をそらした。
俺は、コミカルな二頭身キャラになった横瀬が、クレームをつけようと俺を待ち伏せしていて、その度に言いそびれる姿を想像した。
自然に顔がにやけてきた。
「確かに。あのイベントに比べたら、大概のことはありふれた出来事になっちまうな」
ふと、初めて会った日に湧いた疑問が頭をもたげてきた。
「聞いていいか? どうして座敷わらしに拘るんだ?」
「……私、座敷わらしに会ってみたかったんです。会って、話してみたかった」
「会いたい? 座敷わらしって妖怪だろ? それに、悪さをするって話も聞いたことがない。おまえの守備範囲外じゃないか?」
と言ったものの、横瀬の守備範囲がどこまでなのか、俺は知らない。
「座敷わらしは、幼くして亡くなった子供の化身だとされていますが、ご存知ありませんか?」
「へぇ、それは知らなかったな。んで、なにを話すって?」
「自らは辛い運命に翻弄されながらも、座敷わらしと化した後は、他人には福を授けています。どうして彼らはそんなに優しくなれるのか、それを聞いてみたいんです」
「……なるほどな」
と、一応の理解を示した風を装ってみたが、実際のところ、俺にはわからない。
そもそも、化身するって、どういう気分なんだろう。
蘇ったとか、生まれ変わったみたいな気分なのだろうか。
しかし、俺には死んだ経験も蘇った経験も生まれ変わった経験もない。いくら考えて結論を出してとしても、それは推測でしかない。
要するに、ぜんぜん分からない。
ただひとつ分かったことがある。それは、横瀬が優しい子で、噂なんて当てにならないということだ。